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片腕の棋士

作者: カルロスアキラ

「バカヤロウ!」

夕食時、高田家には、男の怒声が響いていた。高田家は木造二階建ての建売り住宅である。

食卓では、父親の高田次郎が声を荒げていた。次郎は大手建設会社に勤めるサラリーマンである。入社三十二年目になる。

長男の透は父・次郎を睨み返していた。

次郎は、リモコンでテレビを消す。

「せっかく苦労して入った会社も辞めて、シナリオライターになりたいだと!」

「俺の昔からの夢なんだよ!」

透は、反論する。

「夢で飯が食えるのか? 一部の恵まれた人間だけだ!」

次郎がテーブルを叩くと、湯呑みが倒れて、お茶がこぼれる。

透は歯をくいしばる。

母の高田節子が、咄嗟に、こぼれたお茶を拭く。高田家の良識人である。

「お父さんも大声出さないの。透も今日はもうねなさい。明日ゆっくり話しあいましょう」

透は席を立ち、

「俺はどうしても、シナリオライターになりたいんだよ! アニメが好きなんだ!」

透は、ドアをバタンと閉め、階段を駆け上がり、自室へ向かう。

次郎は舌打ちし、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。会社人間の次郎には、透の行動が理解できない。缶ビールを開け、一気に飲みほす。

「どうして、あんな風になっちまったんだろうね」

節子が透の食器を台所へ運んでいる。

「今まで透は、いい高校、いい大学、いい会社ときたじゃない。初めて自分の意思を示したのよ」

「だけど夢だけじゃ・・・」

節子が振り返り、

「お父さん。今日はもうお終い。明日、話しあいましょう」


透は、二階の自室に入った。薄暗い部屋には、漫画やアニメのDVDが.うず高く積んである。壁には美少女キャラのポスターが貼ってある。透はベッドに横たわっている。

「畜生!」

透は起き上がりDVDプレイヤーのスイッチを入れる。アニメの主題歌の画像が流れる。透はくいいるように画面を凝視する。


遅目の朝。居間では節子がテレビのワイドショーをみながら、朝食を摂っている。

そこへ透が階段を降りてきて、ドアを開ける。

「おはよう。・・・昨日はごめん」

節子は振り返り、

「おはよう。お父さん。もう仕事行ったわよ。昨日は言い過ぎたって言ってたわ」

透はテーブルの椅子に座り、

「上野の将棋道場へ行ってくる。昨日のこと先輩に相談してみる」

節子は透の食事を出し、

「そうね。熊谷さんなら信頼できるもんね」

「いただきます」

透は朝食のご飯と目玉焼きをかきこんだ。

節子は透をじっと見つめる。


十一時台の山手線は朝の通勤時間と違い、混んでいなかった。透にとっては新鮮な驚きだった。中づり広告を読みながら、幾ばくかの不安に襲われていた。自分は本当にアニメのシナリオライターになれるのだろうか。昨夜の父の次郎の言葉が、透の頭の中に反芻される。

やがて電車は上野で停まった。

上野駅から十分位の裏通りに上野将棋道場はある。雑居ビルの一階だ。

席主の熊谷は、透が大学一年の時に四年生だった。卒業後、商社に就職した。が、去年彼の父が急死し、商社を辞め、将棋道場を継いでいる。

透にとっては頼れる先輩で、何かと相談にのってもらっている。が、今回の会社を辞めた件は、熊谷にも言わなかった。

やがて、上野将棋道場の年季の入った看板が見えてくる。

ドアを開けて中に入る。

「こんにちは」

平日なのに中では、十数名の高齢者が対局をしている。

熊谷が透に気づく、

「よう。高田。久しぶり。去年の夏の合宿以来か?」

「ええ」

「ところで、お前。会社辞めたんだって。お母さんから電話があってな。心配してたぞ」

「母さんのやつ。余計なことを・・・」

「まあ、高田。お前のことが心配なんだよ。生きててくれるだけでありがたいぞ」

「・・・」

客の一人が、透を見て、

「席主。その若い人は?」

熊谷が灰皿を掃除し、答える。

「大学の将棋部の後輩です。高田っていいます。全国大会経験者です」

「高田といいます。今は全然やってなくて・・・だいぶ弱くなってます」

「じゃあ高田。久々、お手並み拝見といくか」

熊谷が笑っていう。

先程の客が頭を下げる。

「是非、一局教えてください」

「こちらこそ。よろしくお願いします」

透も、頭を下げ着席する。

客が振り駒をする。と金が三枚。

「お兄さんの先手だね」

年配の客がにっこり笑う。

お互いに駒を並べ始める。

「お兄さん。手ぬかないでね」

「いえ。いえ」

駒を並び終え、透が、初手を指す。


吸い殻で、いっぱいになった灰皿に手をやり、客は投了した。

「負けました」

透も頭を下げる。

禿げた頭に手をやり客は、

「いやあ。本物はやっぱり違うね。こっちなんて全然いいとこなかった」

「いえ。こう指していれば・・・」

透が中盤の局面を再現する。感想戦は十分程続いた。

熊谷がお茶を持ってくる。

「高田。さっきの件だけど・・・」

「はい」

「シナリオだっけ?」

「シナリオライターです」

「お前。昔から、アニヲタだったもんな」

「ええ。好きなんです」

二人は向かいあって、お茶を飲む。

その時、道場の入り口が開いて、ホームレス風の高齢の男性が入ってくる。よくみると、右腕の肘から先がない。

道場の雰囲気がいっぺんに悪くなった。

「お、俺。もう帰ろうかな」

客の一人が道場を出ていった。

透はヒソヒソ声で熊谷に尋ねる。

「誰です。あの人?」

「元奨励会員らしくてな・・・。鬼頭っていうんだが・・・。道場破りみたいなもんだ。営業妨害だよ」

鬼頭は盤上に駒を並べ、詰将棋を解いている。

「返り討ちにしてやりましょう」

透が鬼頭の背後から近づく。

鬼頭は目をつむり熟考している。

透が後ろから、「角を不成ですね」

鬼頭が目を開いて、

「おおっ。成る程!」

鬼頭が振り向いて、

「あんちゃん。なかなかやるね!」

透が反対の席に移動する。

「一局教えてください」

「おう」

鬼頭が左手で器用にカップ酒を開け、一気に飲みほす。

「ぷはぁー。振り駒頼む」

透は、手の中に歩を五枚とると、盤上に投げ落とした。表が三枚。

「俺の先手ですね.。お願いします」

透が頭を下げる。鬼頭も頭を下げる。

数人の観客が取り巻いている。

「若い人はW大の将棋部出身らしいよ」

「こっちの人は元奨励会員だって噂だよ」

透が初手を指す。

鬼頭も震える手で一手指す。

息詰まる中盤戦。

道場の壁時計は二時を指していた。

鬼頭が、二本目のカップ酒を開けて、ニヤリと笑う。

取り巻きのギャラリーがヒソヒソ話をしている。

「将棋部。ちょっと悪いね」

「いや。いい勝負だよ」

鬼頭が左手で駒を激しく打つ。

透が困惑の表情をする。

ギャラリーが歓声をあげる。

「へえ。そんな手があるのかい」

鬼頭は、竜を切って、見事に寄せ切る。

透が投了する。

「負けました」

ギャラリーから拍手が起こる。

透が終盤の局面を並べる。

「いやあ。強いですね。特に終盤が」

「あんちゃんは学生さん?」

「いえ。昨日で会社を辞めました。シナリオライターを目指しています。親には反対されてますけどね」

鬼頭も遠い目をする。

「俺も親に反対されて将棋指し目指してな。奨励会に入ったけど二十九歳の年齢制限にひっかかって退会してな・・・」

透がうなずく。

鬼頭がさらに続ける。

「紹介された印刷工場で右手をやっちまってな」

鬼頭が右手を見せる。

「いまは生活保護と障害者年金でやっている。もう俺の人生、燃えカスみたいなもんよ」

透は、ゴクリと唾をのむ。

「・・・」

「あんちゃん。シナリオ何とかになりたいとか言ってたな」

「・・・は、はい」

「夢を追いかけるのは自由だ。だけど叶わなかったときの覚悟はできているんだろうな。俺みたいに一生を棒に振ることになるんだぞ」

透が質問する。

「・・・あ、あの。将棋指し目指したこと、後悔してますか?」

「・・・さあ。もう昔のことだから忘れちまったよ。今日は、あんちゃんといい将棋が指せてよかったよ。ありがとうな」

鬼頭が透の方へ左手を差し出し、透と握手する。

「すっかり暗くなっちまったし、もうか帰るわ。今日は、うまい酒が飲めそうだ」

「あんまり飲みすぎないでくださいね」

透が鬼頭に声をかける。

「じゃあな」

鬼頭が、左手を振り、道場から出ていく。

透と熊谷が鬼頭を見送る。

熊谷が透の向かい側の席に座り、駒を並べ、局面を再現する。

「やっぱ、プロとアマの差だよな」

透が一手指す。

「この手なんか神がかってましたね」


公園の自販機で缶ビールを鬼頭が買っている。

雪がちらつき始める。

「今夜はホワイトクリスマスだな」

雪の降る公園のベンチで、鬼頭が横になる。ほろ酔い気分である。

「ははは。今日は愉快、愉快」


道場の営業時間が終わり、最後の客が帰る。透と熊谷の二人だけだなった。

「高田。次の仕事、みつかったのか?」

「いえ」

「会社はもう辞めたんなら仕方ない。ここで手合い係をやりながら、シナリオライターを目指すのはどうだ」

「ええっ! 先輩。いいんですか!」

「その代わり、絶対シナリオライターになれよ。さっきの奨励会員みたいになるなよ」

「はいっ!」


警官の本田が公園を巡回していた。この時期は、ホームレスに凍死者が多い。

本田がベンチに横たわっている鬼頭を見つけた。

「もしもし。こんな所で寝てたら風邪ひきますよ」

本田が鬼頭の体を揺する。

「あっ、死んでる」

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