闇の存在
「お待ちしておりました。お嬢様。さあ、お屋敷にお戻りください。」
黒い服に身を包んだ男は、ユキに対して深く敬礼し、そう言った。
「お、お嬢様?」
「ユキ様はこの国の貴族、エルミナス家のご令嬢にございます。」
……ユキが、貴族の令嬢?突然判明したユキの状態に俺は驚きを隠せない。
「ごめんなさい。隠すつもりはなかったのよ。改めて自己紹介するわ。私の名前はユキ・エルミナス。よろしくね。」
俺は驚きすぎて声が出なかった。まさか、この世界にきて初めて出会った人間が貴族のお嬢様だったなんて。
「お姉様。こちらの方は?」
「さっき出会った魔法使い、シュートさんよ。少し変わっているけど、悪い人じゃないわ。」
「そうでしたか……。では、シュート様もお屋敷でおもてなしいたします。どうぞいらして下さい。」
「え?いいのか?」
すると男は何も言わず頷いた。本当にいいのだろうか。俺は別に、ユキを助けたわけではない。むしろ助けてもらったのは俺の方だ。
まあ、いいと言っているのだから、お言葉に甘えてお屋敷に招待されるとしよう。
__「凄い」俺はその言葉しか出なかった。お屋敷と聞いてだいたい想像はしていたが、実際に見てみると、やっぱり凄すぎる。
中央にある建物は純白で、絵に描いたような豪邸だ。そして庭は、まさに花の国といった感じで、色とりどりの花が咲き乱れていた。
俺が屋敷に目を奪われていると、前方から一人の女性が近づいてきた。
「あら、ユキ。帰ってたの。このまま戻ってこなければよかったのに。」
「アンナお姉様。お帰りなさい。」
どうやら、この感じの悪い悪い女性がユキのお姉様らしい。
「全く……あなたは出来損ないなんだから外を出歩く暇があったら魔法の勉強やお稽古をしたらどうなの?」
「ごめんなさい。お姉様。」
一体何なのだろうか、この女性は。帰ってくるなり実の妹に嫌味を言うなんて。俺は腹が立ってきた。しかし言い返す勇気は、俺にはない。俺は自分の不甲斐なさに嫌気が差した。
__その後、俺は応接間に通された。外見に違わず中も豪華絢爛といった感じで、壁にはよくわからないが高そうな絵画が飾られており、天井には大きなシャンデリアが付いていた。
「さっきはお姉様がごめんなさい。気分を悪くされたのなら謝るわ。」
「いや、気にしなくていい。それよりあのお姉さん、なんでユキに嫌味を言うんだ?」
するとユキは、お茶を一口飲み、それからゆっくりと話し出した。
「お姉様は名門魔法学校の首席で、魔力も凄く高いの。それに比べて、私は人並みの魔法しかなくて……。だからお姉様は、私をエルミナス家の面汚しだと思ってるみたいなの。」
「面汚しだなんて、そんな言い方……」
「仕方ないよ。実際私は出来損ないのダメな子なんだし……」
ユキは、表情こそ笑っていたが、その手は小刻みに震えていた。本当はとても辛いのだろう。俺はそんなユキの姿を見て堪えきれずに大きな声を上げてしまった。
「ユキは出来損ないなんかじゃねえよ!凄く優しいくて思いやりのある子だ。さっきだって、俺を助けてくれたじゃねえか‼︎」
「シュート……」
「もっとちゃんとお礼が言いたかったんだ。俺、魔法も使えなくて、凄く心細かったんだ。だから、お前が助けてくれて、本当に嬉しかった‼︎」
「……ありがとう。」
すると、ユキは悲しそうに俯いた。もしかして、傷つけてしまったのかも知れない。碌に事情も知らない俺があんな事を言って、ユキにとっては余計なお世話だったのかもしれない。
「……そ、そうだ。シュート、一緒に神器を探しに行きましょう。」
「あ、ああ。そうだな。」
__それから、俺とユキは屋敷を出て、この街のどこかに眠る神器を探しに行った。
しかし……曖昧な伝説だけでは当然どこに神器が眠っているのかなどわかるはずもなく、一向に見つかる気配はない。
しかもその間、俺とユキは一言も言葉を交わしていない。気まずい空気が流れる。
そんな俺達が街の中心、噴水広場を訪れたその時……不意にユキが口を開いた。
「シュート、さっきは励ましてくれてありがとう。私、あんなことを言われたの初めてだから、少し戸惑っていたの。」
「そ、そうだったのか……」
「シュートは、本当に優しい人なんだね。やっぱり、あなたは……」
ユキが何かを言いかけたその時。
「あ〜あ、マジムカつく。もう少しで世界を闇に染めることができたのに。」
声がした方を見ると、そこには水色の髪をしたツインテールの少女が立っていた。否、浮いていた。
「他の奴らは目覚める感じなさげだし、あの方もどこにいるかわかんないし……イライラするからとりあえずこの街メチャクチャにしちゃお!」
少女はニヤリと笑うと、パチンと指を弾いた。すると掌から黒い球が放たれた。その球は地面に着弾すると爆発し、周囲にある民家などを吹き飛ばした。
「ま、街が……おいお前‼︎一体何者だ‼︎なぜこんなことをする‼︎」
「はぁ?アンタ誰。あたし、マキア。ムシャクシャするからこの街ぶっ壊してんの。」
このマキアとか言う少女、宙に浮いていたり、呪文も唱えずに強力な攻撃ができたりと、どうやら普通ではないようだ。
「炎よ!焼き払え‼︎フレイムバーン‼︎」
俺はマキアに向けて炎を放った。炎の球はマキアに向かって一直線に向かっていく。しかしそれに気づいたマキアは、炎の球が当たる直前に、指を弾き、バリアのようなものを発生させて簡単に防いでしまった。
「……ねえ。それ、魔法ってやつ?そんなちっぽけな力で、あたし達の「闇の力」に勝てる訳ないじゃん。」
「闇の……力?一体何なの?魔法とは違う力なの?」
ユキの問いに対して、マキアはこう答える。
「……世界の物理法則を力づくで捻じ曲げ、不可能を可能にする力。アンタ達の魔法とは全然違うし。」
世界の物理法則をねじ曲げる……そう言えばユキは、魔法の説明をするときにこんなことを言っていた。魔法とは世界に対して祈りを捧げる事で、世界からの助けを得る方法だと。故に世界の意思が望まない現象を起こすことはできないようだ。
「闇の力……お前がかつてこの世界を襲った闇か‼︎」
「は?そうだけど。なんであたし達「闇の存在」について知ってんの。」
マキアは自分の事を「闇の存在」だと言った。どうやらルシェーラが言っていた「闇」とはこいつらのようだ。
__「やめて……私達の街を破壊するのはもうやめて‼︎」
ユキは怒りに満ちた声で叫んだ。自分の生まれ育った街が蹂躙されていくのが許せなかったようだ。
「は?なにアンタ。あたし達に楯突くとかチョームカつくんですけど。」
マキアは再び指を弾き、黒い球を作り出した。マキアの手から放たれたそれは、まっすぐに進んでいく。
……その対象、ユキに向かって。
「……フレイムバーン‼︎」
考えるより先に足が動いていた。黒い球がユキに当たる直前、俺はユキの前に立ち、全力で炎を放った。
ドカーーーーーン‼︎
黒い球と炎がぶつかり合い、爆発する。
……なんとか相殺はできたものの、俺はその爆発の余波に巻き込まれてしまった。
「……っ⁉︎そんな……シュート‼︎‼︎」