部下と過ごす日々[8]
前回までのあらすじ
○部下が独り立ちしようとしている
◎嫁に逃げられそうになっている
キースに理由を問われた部下は、唇をきっ! と引き締め ―― 言い辛い理由なのは分かったが、理由そのものは分からなかった。
―― きっとシャフラノフなら、聞かずともすぐに分かるのだろうな……ちっ……
人の心が読めるのではないかと噂され、実際自分の心も読まれたかのように、考えを当ててきた、世界でもっとも嫌いだが尊敬している男のことを思い出し、内心舌打ちをする。
部下はマッシュポテトを口へと運んでいたスプーンを置き、真剣な表情で思考を巡らせ「あっ! いいこと思いついた!」 ―― 表情をくるくると変えて、
「何人かとシェアして家を借ります」
訳の分からないことを言いだした。
「シェアする相手は?」
もちろんキースは「一軒家を複数人で借りる」ことは意味を理解しているが、その相手が問題だ。
部下がシェアする相手としてあげるのが女性の親戚や友人たちだとしたら……女しかいない一軒家は、防犯という面から考えると頼りない。
「同期や独身の先輩たちと借りようと思います」
かといって男と一緒に住めばいいというものでもない。
「北方司令部にいるお前の同期は全員男だが」
「はい!」
”はい!”があまりにも良い返事で、思わず頭を叩きたくなったキースだが、そこは堪えた。
「却下。それが許されるのなら、お前を最初から男性独身寮に突っ込んでる」
「あ……」
「まったく。家族でもない男と一緒に住むなんてのは、夫婦だけだろう」
「閣下のお言葉ですと、閣下と小官が夫婦になってしまいますが」
脳天気に笑う部下の言葉に、
「……」
キースはコーヒーカップをソーサーに置きゆっくりと立ち上がり、軽く頭を叩いてから席を離れた。
「先に車に乗っている。食い終わってから来い」
言われた部下は急いでマッシュポテトをかきこみ、注文していたサンドイッチを受け取ってキースの後を追いかけてきた。
◆◇◆◇◆◇◆
「払い下げ犬か?」
帰宅後、部下に一軒家を借りたい理由を隠さず言えと命じたところ ――
「はい。試験に合格できなかった犬が、近々処分されると聞き、見に行ったら懐いてくれて可愛くなってしまって」
「そう言えば近々新しい犬を購入するという書類がきていたな」
軍において軍用犬は消耗品の一つ。
軍用犬として立派に働いた犬は、専用の施設へと送られ余生を過ごせるが、軍用犬として育てても、適性がなければ払い下げられる。
部下が飼おうとしている犬は、大人しくて吠えもせず、気が弱く「かかれ!」という命令をうけても、伏せてしまうような犬なのだという。
「なんか番犬としても使えなさそうな、大人しい犬でして」
「それは払い下げ先もないな」
北方司令部の兵站部に配属された同期と話をしていた部下は、適性無しと半年以上前に判断されたが、引き取り手がなくこのままでは殺処分になる犬がいると聞き、休憩時間のさいに見に行ったところ懐かれ、殺処分を回避したいと一軒家を借り引き取ろうと考えた。
そういう理由なら朝のうちに言えばいいだろうとキースは思ったが、よく考えてみれば司令官の官舎で「護衛任務」という形態で暮らしている部下が「犬を飼いたいです」と申し出るのはおかしい。
飼いたければ一人暮らししろと言われて然るべき事柄。
部下の行動におかしいことはなく、普段のキースであればそう言うのだが、
「あの……」
若くて美しい部下を、番犬として役に立たない犬と共に一軒家に住ませるのは危険。とくにこの部下は、男性に対して警戒心が薄い。
部下自身が強いということもあるが、初見では男と間違われる容姿なので、女としての危機感がない。
―― 女だと分かっている相手からしたら、困ったものだがな
「まあ、わたしも犬は嫌いではない。飼ってもいいぞ」
「よろしいのですか?!」
「ああ。下働きの従卒を常時待機させて、世話をさせよう」
「世話は小官もできますが」
「お前は犬の世話だけをしていればいいわけではない。二人とも帰りが遅くなったとき、腹を空かせていたら可哀想だろうが」
「従卒……よろしいのですか?」
「ああ。わたしにとっては必要ないので従卒の派遣を断っていたが、必要になれば派遣要請するだけだ」
部下は笑顔になり ―― 先日見た部下の妹の笑顔とよく似ているなと、キースも釣られて微笑んだ。
「ほ……」
「どうした?」
「あ、あの、閣下の笑顔が、その」
「ん? ああ、そんなに笑わないから珍しかったか」
「え、ええ、まあ、そんな感じです」
「そうか」
その後、犬にかかる費用をどちらが払うかなど ―― 部下は全額自分が持つと申し出てきたのだが、
「わたしの官舎でわたしの従卒が世話をする犬だぞ? お前にえさ代を全額出させたら、わたしがお前に犬を飼うことを強要したような形になる」
「…………」
結局えさ代の一割を部下が負担することになり、
「散歩はお任せください!」
犬の散歩は部下が担当することになった。
こうして翌日、従卒の手配と払い下げ犬の譲渡手続きをすぐに行い、とくに人と会う予定のないキースは、笑顔で犬をつないだリードを手にやってきた部下とともに、犬の散歩がてら歩いて帰宅する。
「肉屋で餌を買いたいので、少し遠回りしてもよろしいでしょうか」
従卒が配属されるのは二日後のため、それまでは部下とキースが犬の世話をしなくてはならない ――
「そうだな。ところでコイツの名前は?」
軍用犬として適性はなかったものの、しっかりと躾けられているので主人よりも先に出ることなく並んで歩くドーベルマンの頭を撫でてやる。
「ユエンです。ほら、ユエン、キース閣下にご挨拶するんだ。閣下のおかげで住めるんだからな」
部下に言われたドーベルマンは、嬉しそうにキースを見上げてきた。軍用犬として断尾と断耳しているのにも関わらず、耳は垂れているし尻尾は振っているように見えてしまう黒いドーベルマン ――
「ここまで適性がない犬なら、最初から分かっていただろうに」
キースはユエンにまったく軍用犬の適性を感じることはできなかった。




