部下と過ごす日々[6]
前回までのあらすじ
部下がひいたコーヒー豆で二杯目のコーヒーを淹れたが
あまり美味く淹れられなかった
「昨日は楽しんだか」
部下が同期とともに先輩に街を案内された次の日、カフェで朝食をとりながら、昨日のことについて軽く尋ねた。
上官の権限の範疇外の質問なのは自覚していたが、
「はい。酒亭をいくつか梯子してまいりました」
若い娘なので、少しは気を付けてやるべきだろうと、キースらしくもなく自分に言い訳をしながら問うと、シナモンロールを頬張っていた部下は笑顔で答えた。
「随分と遅かったようだな」
「はい。もしかして起こしてしまいましたでしょうか?」
「いいや」
部下の話では、同期と先輩を含めた四人に送られてきたと ――
「別に送ってくれなくても良かったのですが、女の一人歩きは危険だと言いだして押し切られました。小官が女に見えないのは、全員身を以て知っている筈なのですが」
”ははは”と笑って四つ目のシナモンロールを食べ終えた部下に、
「送るのはあたりまえのことだ。送ってこなかったら、出世を一年遅らせるところだったぞ」
「閣下、それは」
「送り届けたのだからいいだろう。お前もしっかりと送ってもらえ、ただしあまり信用するな。男なんてものは、若くて美しい女を前にしたら、下心しかないものだからな」
女としての自覚を持てと促す。
「は、はい……」
注意を促された部下は上官相手なので返事はしたが、その表情はあきらかに「あり得ません」と物語っていたが ―― そこまでは深く追求しなかった。
「閣下。次の休みの日に、荷物が届きます。その際、父親がご挨拶をしたいと希望しているのですが、少しだけお時間をいただけますか」
食後のコーヒーを飲みながら、部下にそのように頼まれ、キースは快諾した。
「わたしとしても、会っておきたいからな」
「?」
「男はどうでもいいが、女は幾つで退役するのか確認が必要だ。お前の父親だって、娘の嫁ぎ先を考えているだろうからな」
初めて女性士官の部下を持ったキースは、知り合いたちに「女性士官を部下にした場合にしておくこと」を手紙で尋ね、そのなかに婚期と婚約者の有無を把握しておいた方がよいとあった。
男と違って女は結婚する際に退役する。結婚相手は親が決めるものなので、父親に幾つで退役させるつもりなのか? 尋ねておいて損はない ――
「それはないと思うのですが」
当人が知らないのは珍しいことではないので、父親が来るのならば直接会って話しておくべきだろうと、飲み終えたコーヒーカップをテーブルに置く。
「独身を貫いて退役まで勤め上げるのを、父親は認めているのか?」
「それは……」
「わたしはこういう所は正直だからはっきり言うが、嫁のもらい手がないほど不器量な女の父親には聞かんよ。お前ほどの器量があれば引く手数多だ。きっと父親も嫁ぎ先を考えているはずだ」
「……」
「なんだその顔は? 信用していないのか」
「い、いいえ」
「そうだ、クローヴィス。お前の父親の歳は幾つだ?」
「父の年齢ですか? 四十七歳です」
「わたしと十歳しか違わんのか。歳を感じるな」
「いえいえ、閣下はお若いです!」
「司令官としては若いほうだが……そうか、お前の父親と十歳しか違わないのか。そうだよな、二十歳だものなあ」
そんな話をして登庁してから数日後 ―― 警備がついているキースの官舎に荷馬車と馬車が各一台ずつ停車した。
荷馬車から部下の荷物が降ろされた。
「姉ちゃん!」
「カリナ!」
馬車から飛び降りた、白いシフォンのスカートに紺色のオーバースカートを重ねたワンピースを着た美しい少女が部下に抱きつくが、すぐに母親に剥がされ、
「カリナ、ちゃんとご挨拶なさい。挨拶できるって言ったから連れてきたのよ」
まずは挨拶をしなさいと注意され ――
「ご免なさい。初めまして閣下。イヴ・クローヴィスの妹カリナ・クローヴィスです」
ぺこりと頭を下げた。
挨拶を終えると「もういいよね!」とばかりに姉である部下に抱きつき、
「姉ちゃん、抱っこ」
せがんで抱き上げられ ―― 部下の頬に何度もキスをする。
キースの人生で見たこともないような美少女が、美術館を代表する彫刻と表してもいい部下にキスをする。
「申し訳ございません」
父親が娘の非礼を詫びてくるが、
「いいや、可愛らしいものだ」
美女と美少女が「大好き」と言い合っている姿は、キースとしても見ていて微笑ましいものであった。
二人を残し、両親とともにホールへと移動し、部下の結婚について話を聞く。
「正直なところ、来年、再来年に結婚させる予定ならば、こちらとしては育てるつもりはない」
新人を一人前にするのには、相応の時間が必要。どれほど優秀であろうとも、経験を積ませなくてはならないので、一年や二年で退役するのが決まっている士官となれば、それらの機会は与えず、軍に残る者に回すことになっている。
「娘の結婚については、娘に任せるつもりです」
「は?」
「最近流行の恋愛結婚もよいかと思っております。なあ」
父親はそう言い、隣に座っている妻にも同意を求める。
「ええ。もちろん継娘には結婚して欲しいと思っておりますが、継娘の選んだ人生も応援したいので無理には。そうは申しましても、二十五を過ぎたら結婚を考えて欲しいなと思っております。その相手が継娘が好いた相手ならば、よほど酷い相手でもない限り認めるつもりです」
夫婦のみごとに合致した意見を聞き ――
「クローヴィス本人の意思確認だけで良し、それでよろしいか?」
「はい」
「クローヴィスは司令官であるわたしの側にいるので、職務に相応しくない男はわたしの一存で追っ払わせてもらうが、それでよろしいか」
「もちろんでございます」
父親の許可を得て、キースは部下のまわりをうろつく男に目を光らせることに ――