部下と過ごす日々[5]
前回までのあらすじ
自分の服を着た部下にふわっとしたものを覚えた
第二副官の部下は新任ながら、なかなかに優秀で仕事をこなしていた。
「指摘にも笑顔でこたえてくる素直な性格ですね」
間違いがあればアンデルが指摘し、しっかりと教えると空返事ではない返事が、綺麗な瞳と共に返ってくる。
「素直なあ。新任のころのわたしには、なかったものだ」
教えれば「はい!」と良い返事をし、次からは間違わないように休憩時間にノートに指摘をメモしている姿は真面目そのもので ―― ただ笑顔を浮かべているので、悲壮さや堅苦しさはなく、やる気とともに余裕も感じられ、見ていて楽しいものだった。
「良い上官だからこその素直さだと思います。新入りをよってたかって虐めるような上官の下でしたら、もう表情は死んでいるかと」
「心配することはない。クローヴィスはそういう上官の下についたら、当時のわたし並に抵抗し噛みつくさ」
「大佐並みとは怖ろしい」
「そのくらい苛烈な性格でなければ、軍で生き残れないし、卒業もできん。それでアンデル、手配は?」
「一両日中に」
「分かった」
「それにしても馬鹿ですねえ。総司令官の官舎に忍び込むなんて」
「全くだ」
先日キースの官舎で不法侵入者が捕まった。
捕まえたのは風呂から飛び出した部下 ―― 不法侵入者の目的は部下が本当に女かどうかを確認したかったので、覗こうとしたと証言した。
証言を聞いたキースは「そんな下らん理由で、司令官の官舎に不法侵入するやつはいないだろう。嘘に決まっている。吐かせろ! 手段は問わん」と命じ ―― かなり痛めつけたがそれらしい証言はなく、本気で入浴しているところを覗こうとしていたとなり、
「女と分かったらどうするつもりだったんだ? 言え!」
キースの更なる怒りを買い、顔面を床や壁に叩きつけられた。
ただ部下の名誉(女かどうか確認したい)を考えて、不法侵入者は盗みに入ったところを捕まったこととなり、刑罰についてもそのように取り計らわれた。
当事者である部下は、
「いつものことですので!」
そうは言っていたものの、傷付いていないわけではないことは、一目瞭然だった。
「そもそもクローヴィスが女と偽って、なにか得することがあるのか?」
軍は究極の男社会。そこにわざわざ性別を偽って入学する必要性は全くない。
「馬鹿なので仕方ないのです、大佐」
「……確かにな」
女性に対する覗き行為を受けて、キースは官舎に巡回兵を配置することを許可した ―― いままで男の一人暮らしなので必要ないとしていたのだ。
「美しい娘がいるとなると、こういう事件は起きますので」
「世の父親たちが、男を目の敵にする理由を垣間見た気持ちだ」
「父親の気持ちなのですか」
「父親だろう。十七も離れているしな」
不法侵入者対策を兼ねて、官舎の警護を命じた。
もともと警護される立場の役職なので、アンデルは「やっと許可して下さった」と警備課の責任者たちとともに胸をなで下ろした。
◆◇◆◇◆◇◆
休日の朝キースが寝室から出ると、仄かなコーヒーの香りが、まだ眠気が残っている鼻腔をくすぐった。
キッチンへむかうと、コーヒーを淹れていた部下と目があう。
「お早いですね、閣下」
部下は当座を凌ぐようにと渡したキースの服を着ていた。
「お前のほうが早いだろう。出かけるのか?」
本日は外出なので部下が持ってきた唯一の私服、白いシャツに黒のズボンに、キースが「当座を凌げ」といって渡した濃紺のベストと深い緑色のアスコットタイを身につけていた。
やや暗めの色彩は、きらめく金髪にくすみのない白い肌、透き通った緑色の瞳に、なめらかな珊瑚色の唇という色彩鮮やかな部下の美貌を、より鮮やかなものにしている。
「はい! 同期とともに先輩に街中を案内してもらう予定であります。閣下、よろしければコーヒーはいかがでしょうか?」
部下は淹れたてのコーヒーがなみなみと入っている、マグカップを差し出す。
「自分用に淹れたんだろう?」
「そうですが、また淹れますので」
「じゃあもらうか」
部下からマグカップを手渡されたキースは、キッチンに腰をかけて口元へと運ぶ。
「美味いな。わたし好みの味だ」
「ありがとうございます」
部下は再びコーヒーミルで豆をひいたのだが ―― ひき終えたところでドアノッカーが鳴り、同期たちが迎えに来てしまった。
「閣下、よろしければもう一杯お飲みください」
「ありがたくいただこう」
「ではイヴ・クローヴィス。外出してまいります!」
「行ってこい」
元気よく駆け出していった部下を見送ったキースは、官舎が随分と静かになったなと ―― 部下は騒がしいタイプではないので、静かさは変わらないのだが、
「人がいるとのといないのとでは、違うものだな」
そんな言葉を漏らして、部下が淹れてくれたコーヒーを飲み干した。