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極夜が終わる夜  作者: 剣崎月
出会い
4/21

部下と過ごす日々[4]

前回までのあらすじ


部下がきらきらして眩しい



 部下は新人としては飲み込みがよく、このまま育てば一廉の軍人になるだろうという気配がすぐに漂ってきた。


「どうしてお前は軍服を着ているんだ? クローヴィス」


 会合を終えて帰宅したキースを出迎えた部下は軍服姿。


「え……あの……」

「任務外のときは脱げ」


 先に戻りシャワーを浴び終えたはずの部下が(髪が濡れているので分かる)軍服着用で出迎えた。


「……」

「どうした?」

「実は小官、私服を一着しかもってきておりませんでして……」


 寮になるはずだった下宿が焼失したことで、どこに住むのかも分からぬままやってきたため ――


「手荷物を最小限にした結果、普段着を一着しか持って来られず」


 忙しくクリーニングに出しそびれたため、他に着るものがなく、仕方なしに軍服を着ていた。

 ちなみに部下が大きめなトランクに入れて持ってきたのは軍の平服セットが二着、軍礼装、乗馬服、戦闘服、正装に私服が各一セットずつ。他は下着の類い。


「確かにトランクにこれ以上詰めて来るのは無理だったな」


 乗馬用ブーツやドレスアップ用ヒールなども詰め込まれており、むしろよく詰め込んできたなとキースは感動すらしてしまうほど。


「はい。近々家族が着替えを持ってきてくれると連絡がありましたので、それまで室内では軍服着用の許可をいただきたいのですが」


 キースは男で軍人、さらには前戦を経験したこともあるので「そんなにこまめに私服を洗濯しなくても良いのではないか」と ―― ほかにも「毎日風呂やサウナに入っているから、臭いもべつに」などと思いはしたがもちろん言わず。

 相手が同性や同年代なら言ったかもしれないが、まだ新人の二十歳の娘に言ってはいけないだろうと。


「付いて来い」


 自分のウォークスルークローゼットへと連れていった。


「着替えが到着するまで、これで凌げ」


 キースは仕立てたがまだ袖を通していないシャツを五枚ほど投げつける。


「え?」

「私服を事前に送れなかったのは、こっちの責任だからな」


 これが普通の体型の娘なら「服を買ってこい」と札束を投げつけるところだが、既製の婦人服ではどうすることもできない体型。

 紳士服売り場にいったところで既製服でこの体型は賄えないのは、キース自身よく分かっている。


「あ、いえ」


 部下ほどではないが、キースも足が長い部類で既製のズボンは裾出しが必要で、ものによっては裾出しをしても足りない。

 自分ですらそうなのだから、車を運転するときあれほど足を窮屈そうにしている部下は、注文服以外は着られない。

 しばらくして余裕ができたら、服を注文しにいくだろうが ――


「まだ袖は通していないから、きっと大丈夫だろう」


 当座はこれでやり過ごせと、ズボンも同じく五本ほど放り投げる。


「大丈夫……とは?」


 投げられてくる服を部下は上手にうけとめる。


「中年男性の体臭が漂うことはない……と言いたいが、着用と未着用を同じクローゼットに押し込んでいるからなあ」


 言われた部下は、服に顔を突っ込み、盛大に息を吸う。


「そんなことありません! よいコロンの香りが仄かに漂っているだけです! 大事に着ます! あとで新品でお返しします」


 ほかにアスコットタイとベルトを三本、ベストを三着渡し、洋服の山を持っている部下の姿にくすりとした。


「そう気にするな」

「ありがとうございます、閣下」


 早速! と着替えた部下は、上半身はどうにかなったが、


「足長えなあ」


 キースも足は長い方だが、部下はさらに長く、裾が足りてはいなかったが、


「乗馬用ブーツを履きます!」

「その方が見た目がいいだろうな」


 なんとかなりそうだった。


◆◇◆◇◆◇◆


 この時代、上官は部下を育ててやるのも仕事のひとつ。

 キースは部下に車を出させ、街に出て路上の靴磨きのところへ。

 靴磨きは横に一列に並んでおり、車から降りてきた紳士が自分の台に足を置いてくれるのを待つ。


「できる限り靴は磨いておけ」


 キースは台に足を置き自分の靴を磨かせたあと、部下の靴も磨かせ、


「料金はあの看板に書いている通りだが、それ以外にチップも必要になる。チップは料金分のコインを紙幣で包むのが最近のやり方だ」


 チップの配り方などについて説明もしてやる。


「はい! コインを包んで上を捻るのですよね。実家のメイドもよく作っておりました」


 ぱっと出せるよう、幾つか作って持ち歩いている人もいる。

 キースもどちらかというと、作られたのを持ち歩き、終わったらさっと払って立ち去るタイプだが、本日は部下の教育のため、事前に作らせるようなことはしなかった。


「そうだ。お前に持たせたわたしの財布から、二人分の料金を千フォルトス紙幣二枚で包んでみろ」


 この先、あらかじめ作っておくようになるかどうかは、部下次第 ―― 


「小官のぶんは自分で」

「料金とチップの支払いはさっと済ませるもんだ。どうしてもというのなら、あとでお前の分は受け取る」

「はい! いま、作ります」


 部下は五百フォルトス硬貨四枚を紙幣で包み、上を捻った……ところ、部下の気合いが入りすぎて紙幣が裂けてしまった。


「あああ! 裂けちゃった!」

「ぶっ……」


 その後キースが支払いを済ませ ―― その日の夜には、部下がコインを紙幣で包んだチップを数種類作っていた。

 失敗しても、取り戻せるくらいには部下は優秀だった。



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