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極夜が終わる夜  作者: 剣崎月
出会い
3/21

部下と過ごす日々[3]

前回までのあらすじ

毎日朝食をカフェで一緒に取ることになった


(※オットマン:背もたれのないソファー。ソファーの足置き的なやつ)

 家具店に到着した二人はベッドを買いに来たと店員に告げ ――


「いいのがないな」


 既製品をみたものの、所詮は既製品。規格外の部下が体を伸ばせるようなベッドはなかった。

 部下の表情は”分かっていたんですけどね”と物語り ―― 分かりやすいやつだなと、若いころから表情が読みづらいと言われて久しいキースは、素直な部下を眺めていると、ソファー売り場のほうを指さす。


「足下にオットマンを置きます」

「そう言えばお前、ベッドの高さを測っていたな」


 部下が荷物を置きに官舎に立ち寄った際に測っていたのは、このためだった。


「はい。幼いころ身長が急激に伸び始めたとき、父が急いで用意してくれたことがありましたので」

「当面はそれで凌ぐか」


 ベッドは業者に注文するとして ―― 深みのある緑色のオットマンを購入し、乗ってきた車の後部座席に押し込み、キースは助手席に座る。


 再び官舎に引き返しオットマンをベッドの足下に置き、寝心地を確認してから司令部に戻り、


「このメモと領収書を経理に持っていけ。それが終わったら、ガソリンを満タンにした車で帰宅しろ。念のためにガソリンを二缶積んで、ガレージに保管しておけ。わたしはこれから会合に出席する」

「はっ!」


 キースはメモに新人なので仕事の流れを教えるよう、指示をしたため ―― 部下は大股で執務室を退室していった。


「どうですか?」


 副官のアンデルがキースに新人はどうかと尋ねる。


「悪くないな」

「なかなか前途有望な新人ですな」


 アンデルが想像していたのとは違う回答で、副官はおどろいたものの、上手くやって行けそうなら越したことはないと、ダイヤモンドダストをまとっているかのように錯覚させる美貌の新人に心中でエールを送った。


「だが随分とおっとりしているな」


 男社会である軍に割って入ってくる女性は「男に負けてなるものか」と気負い、やたらと噛みついてくる者や、気を張り詰めているものが多いのだが、買ったオットマンを抱えるように持って笑っていた新人の部下には、そういう気負いがなかった。


「聞いた話では今年卒業した女性士官五名のなかで、もっともおっとりしているそうです」

「そうなのか」

「最年少なので、他の女性士官から可愛がられていたらしいですよ。あと男性士官を圧倒できる実力があるので、気負わないのではないかと」

「そう言えば実科はトップだったと言っていたな」

「はい。さきほど在籍が被る人たちに聞いてみましたが、”あれは凄い”と口を揃えて称賛していました。学内の射撃と乗馬大会では敵なしだとも」

「大したものだ」

「護衛としても優秀かも(・・)しれません」


 成績は充分だが、実践ではどうか? となると、初日の新人はいまだ未知数。


「かも……な」


 部下が戻ってくるまえに、キースは会合が行われるホールへ ―― タクシー馬車で帰宅すると、玄関灯が柔らかなあかりを灯していた。


「……」


 小切手を切りタクシー馬車を降りて門扉を開けて玄関前にたどり着く。ドアノブに手をかけると ―― 鍵がかかっていた。

 ポケットから鍵を取りだそうとすると、がちゃりと鍵が開き、


「閣下、お待ちしておりました!」


 黒のズボンと白いシャツに着替えた部下の出迎えをうけた。


「寝てなかったのか」

「まだ早いので」

「初日だというのに余裕だな。明日起きられなくてもしらんぞ」


 部下は家の外に出て、玄関灯を消す。


「ご心配いただき、ありがとうございます。ですが小官、体力だけは自信がありますので!」

「そうか」


 二十数年ぶりに玄関灯が灯る家に帰ってきたなと、おもわず頬が緩んだ。

 部下はキースが思っていた以上に気が利き、領収書の精算を終えてから、会合が終わるだいたいの時間を聞き出し、


「お湯を沸かしておきました」


 キースが帰ってくる前に入浴をすませて、さらにお湯を沸かしていた。


「ありがたくもらうが、あとは下がっていいぞ」

「はい。閣下、ひとつだけお尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「おおまかな閣下の起床時間教えていただきたいのです」


 使命感に満ちあふれた緑色の瞳は、きらきらと輝き ――


「七時から七時半だな」

「ありがとうございます、閣下!」


 深々とお辞儀するその初々しさに目を細める。


「ほんとうに早く寝ろよ。体力に自信があっても、精神的に疲れるものだからな」

「はい!」


 そして翌朝 ――


 七時前に部下は身支度を調え、疲れを感じさせない立ち姿で、玄関ホールに待機していた。


「真面目だな……」


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