部下と過ごす日々[2]
前回までのあらすじ
思っていたより大柄で、想像もしていないほど綺麗な部下が現れた
キースはクローヴィスの手荷物を官舎に置き、室内の間取りを計ってから買いに行くことにし、
「車ですか!」
車で移動することにした。
「運転はできるだろう?」
運転は士官学校では必須科目 ―― キースが在学していた時代はそうではなかったが、この十年で必須科目に加えられた。
「はい! ですが小官は公道を走らせるのは本日が初めてとなりますので、司令官閣下を乗せて走るのは……その」
「新任が初公道なんてのは、分かっている」
「失礼いたしました!」
初々しく声の大きな部下とともに車庫へと向かい、ガソリンを満タンにした車に乗り込んだ。
部下が非常に苦労して長い足を押し込んでいるのを見て、
「初めて見たぞ」
想像もしなかった光景にキースは少しばかりおどろいた。
「なんでしょうか?」
「いいや……行くぞ」
真面目な表情で無駄口をきく余裕もない新任の部下は、キースのナビゲーションに従い無事に官舎にたどり着いた。
「立派なお屋敷ですね」
車を門扉前に止めて下車し、開いてから車を入れてまた車のエンジンを切り、門扉を閉めてから玄関前まで車を走らせる。
「もともと司令官というのは貴族の役職だから、総司令官の官舎も貴族に合わせた造りになっている」
下車し荷物の入ったトランクを持った部下が、玄関を通り抜けた先のホールを見上げ「うわー」となっているところに、キースが解説を入れる。
「あ……ああ! そうでした。キース閣下が初の平民司令官でした。ご栄達おめでとうございます!」
「まあ、そろそろ平民から司令官を出そうとなったとき、たまたまわたしがいた……というだけだ」
「……」
なんと答えていいか分からない! と如実に物語る部下の表情に、思わずくすりと笑い ――
「上層部の思惑などは、まだ考えなくていい。いずれそのときが来てもいいように、しっかりと鍛えてやるがな」
「ありがとうございます!」
にこにこと笑っている部下を連れ、部屋を割り当てた。
「三室もですか?」
「使っていない部屋が多いからな。邸は人が使っていないと傷むから、三室を満遍なく使え」
部下に与えた部屋はどれも子供部屋。
司令官はもともとは貴族で結婚している者が就いていた役職で、キースはそのどちらにも当てはまらなかった。
部下は部屋にトランクを置き ――
「毎朝ここで食ってる」
「はあ」
二人は少し早めの昼食を、官舎からもっとも近いカフェで取っていた。
メニューは二人とも同じで、黒パンのオープンサンド、具材はトナカイ肉の燻製のベリーソースがけとコーヒー。
「ここが一番近いからな」
「官舎にメイドは」
「雇っていない。わたしはメイドを雇うと、大体面倒なことになるのだ」
「面倒」
「そうだ、面倒だ」
食べかけのサンドイッチを持ったままの部下が、軽く首を傾げる。
「掃除や洗濯は週に三回、従卒が行っている」
「近場のクリーニング店は」
従卒はあくまでキースの従卒なので、新任の部下の身の回りの世話は職務外。
「調べていない。そこはお前が自分で調べろ、クローヴィス」
「はい」
「昼食は司令部の食堂でいいだろう。夕食は好きに取れ。台所を使っても構わんし、外食でも構わん、お前の好きにしろ」
「はい」
「寮に入っている場合は朝夕の食事は無料になっているから、領収書をもらえ。経費で落とす。……経費で落とすの意味は分かるか?」
社会に出たばかりの新人は理解できないこともあるが、
「分かります。領収書は必ずもらいますので……領収書が下りないところでは、食べてはいけないということでしょうか?」
部下はそこはしっかりと理解していた。
説明をしなくていいのは楽だなと、コーヒーカップの取っ手に指を通し、残りを口へと流し込む ――
「そこは実費で食え。寮に入っていたとしても、外食はするだろう?」
「はい」
それを飲み下すのを暫し忘れるほど部下の笑顔が、想像よりもはるかに美しかった。
「あの閣下、電報はどこで打てるでしょうか?」
「司令部で打てるぞ」
「私用といいますか、家族に住所を教えるためですので」
「それは私用ではない。こちらの事情で教えられなかっただけだから。司令部に戻ってから打て」
「はい」
食べ終えた二人は席を立ち ――
「サンドイッチを買ったのか」
部下は店に並んでいたサンドイッチを二つ購入した。
「はい。副官は激務なので、食べられる時に食べられるよう、食べものを買っておけと教官に言われましたので」
「そうか」
今日はそれほど激務にはならん……と思ったキースだが、職務に真面目な新人の行動に水を差すつもりはないので何も言わず、二人は路上に停車していた車に乗り込み、家具店へと車を走らせた。
(路上駐車は問題ない時代設定です)