表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極夜が終わる夜  作者: 剣崎月
出会い
14/21

愛犬と過ごす日々[4]


今回のあらすじ


初めての深夜の二人きり共同作業



 片付けるとは言ったものの、ユエンが散らかした衣類は全てクリーニングに出すことにし籠に放り込む作業をクローヴィスに命じ、キースはユエンが散らかした品物の中で、誤飲しそうな小物類の確認をする。

 籠に山積みになった服 ―― 自分が連れてきたユエンがしでかしたことだからと、クローヴィスが費用をと申し出るも、


「小官がクリーニング代を」

「要らん」


 キースはガーターを手に取り数を数えながら振り返りもせずに拒否する。


「あ……」

「弁償となると、この部屋の施錠を怠った従卒にさせるのが筋だ。だが、それは望まないだろう? クローヴィス」


 キースが諭すとおり、根本的な責任は施錠しなかった従卒。

 家主であるキースがユエンが室内で自由に動くことを許可しているのだからユエンには罪はなく、その飼い主であるクローヴィスなど部外者でしかない。


「そうなのですが……」


 クローヴィスは衣類を詰め込んだ籠に再び視線を落とす ―― その脇では「楽しいことしてる!」とばかりに、ユエンが尻尾を振っていた。


「従卒には注意だけで済ませるつもりだ」


 その結果として施錠し忘れた従卒は異動になるのは確実だが、これは司令官の指示通りに動かなかったのだから仕方のないこと。


「……」


 ユエンのお遊びで厳しすぎるようにも見えるが、司令官の私邸で指示されたこと、それも単純なことを完遂できていなかったのだから、力量不足として異動になるのは ―― 取り返しがつかないような大きな失態を犯す前に異動になったほうが、その従卒のためでもある。


「それにな、クローヴィス」


 数え終えたガーターを棚に置き振り返って、


「お前の希望をきかないのが、お前に対して下せるもっとも重い処分だ」


 ”弁償させてください”と顔に書いている状態のクローヴィスに微笑を向ける。


「……」

「お前が何が何でも弁償を逃れようとしていたら、弁償させただろう」


 もっとも責任逃れをしようとするような性根であれば、キースは即座に栄転という名目で更迭していたことだろう。

 この責任から逃れようとしないまっすぐな性格は、好ましいものであった。

 キースの言葉を聞いたクローヴィスは、意図を理解し最後の悪あがきをする。


「あ、あの! 弁償したくないです! 絶対弁償しません!」


 下手な小芝居どころではない発言を、


「じゃあ弁償しなくていい」


 キースは淡々と却下する。


「ああああ……分かっていたけれど……」


 ユエンが引きずり出した衣類を詰めた籠の側にクローヴィスが崩れ落ち、がっくりと項垂れる。

 キースの返事がそうなるのは分かってたのにも関わらず、それでも僅かな可能性にかけて果敢に攻めてきたクローヴィスを眺め”面白い娘だ”と。

 ポーズや駆け引きではなく純粋に、だが無理なのは分かっているのにもかかわらず ―― 馬鹿馬鹿しいやり取りでしかないのに、何とも憎めない。


「そろそろ顔を……」


 ”上げろ”と言おうとした時、クローゼットから大きな音がし ―― 散らかしの元凶であるユエンが、いつの間にか移動しまた(・・)キースの私物を引きずり出した。


 二人が気づかなかったのは、クローヴィスは下を向いていて、キースはクローヴィスを見ていたため。

 項垂れていたクローヴィスは機敏に立ち上がり、


「ユエン!」


 大股で音のしたほうへと向かう。

 クローゼットの中にいたユエンは、大きめな袋を引きずりだしていた。その袋の口は緩かったようで、硬く小さな何かが床を転がりクローヴィスのつま先に。

 拾い上げたクローヴィスはそれ(・・)がなにかは分からなかったが、


「マウスピースだ」


 荷物の持ち主であるキースはすぐに分かった。


「マウスピース? ですか」


 クローヴィスの脳裏には、格闘技の試合などをするときに噛むマウスピースが思い浮かんだが、


「ああ、サックスのな」


 クローヴィスの手にあるのはサクソフォーンという楽器のマウスピース。

 短い尻尾をちぎれんばかりに振っているユエン ―― ユエンには叱られることをしたという自覚はない。

 二人の動きが止まったので、今度は代わりに自分が手伝っている! という気持ちしかないはず。

 そんなユエンが引きずり出した袋から零れ落ちた品。

 マウスピースには持ち主の名前(アーダルベルト)ではなく、女性の名前が記されている。

 それは珍しい名前ではなく、クローヴィスの親戚や同級生にもいるのだが、キースの持ち物でその名と言えば ―― クローヴィスも噂だけだが知っている、キースの恋人だった女性の名。

 サクソフォーンはかつてキースが趣味として吹いていたこと、そして今は吹いていないことも同期から聞いていた。

 副官のアンデルからこのことについて注意はされなかったが、絶対に触れてはいけない事柄なのは知っている。

 非業の死を遂げた上官の恋人についてなど、触れるつもりはない! と気楽に考えていたクローヴィスだったが不可抗力で触れるハメに。

 このような事態に遭遇したことのないクローヴィスは、


「……あ、その、本当に申し訳ございませんでした!」


 頭を下げて謝ると、口が緩んだ袋の中身を見ないようにしてマウスピースを押し込み、元気に尻尾を振っているユエンを抱き上げた。


「ユエンと共に、独房で頭を冷やしてきますので! 失礼いたします」


 そう言い残し、クローヴィスはまさに風の如くキースの部屋を出て、大型犬を抱き上げているとは思えぬ速さで階下へと降り、更に降りていった。

 取り残された ―― 自分の部屋なので取り残されたというのもおかしな表現だが、取り残されたというのがもっとも相応しい状況に置かれたキースは、


「この家に懲罰房はないだろう」


 寝室から毛布を一枚とクッション一つに明かりを灯したランプを二つ持ち、クローヴィスが向かったであろう場所へと向かう。

 メイン階段を降り、コーヒーを淹れるのとユエンの餌作りがメインになっているキッチンへ。


 ”よくこの暗い廊下をぶつからずに抜けていったものだ”


 感覚の優れているクローヴィスは、体で覚えているので暗くて辺りが見えなくても苦もなく進める……らしく、廊下の官舎備え付けの家具が蹴飛ばされた形跡もなく、


 ”もしもあの勢いで何かにぶつかっていたら、大きな音がしただろう”


 異音も届いていなかったので、無事だろうと ―― 

 几帳面に閉められているキッチンのドアを開ける。

 司令官の官舎のキッチンは、大人数のホームパーティーにも対応できるように作られているのでとても広い。

 そのキッチンから続いている下へと降りる階段は、地下食料庫と続いている。

 この邸でクローヴィスが「独房」と表現して篭もるとしたら、空の食料庫しかない。

 キースはゆっくりと階段を降り ―― 足音に気づいたユエンが「ここにいるよ!」とばかり鳴き、予想は当たったな……と、鉄飾りがついている木製のドアをノックする。


「クローヴィス」

「はい、閣下、ここにおります」


 ドア越しに聞こえてくる硬さを含んだ声。


「わたしは反省しろなどとは一言も言っていない。お前の勝手な行動だな」

「はい」

「するなとは言わない。だがお前が勝手にやったことなのだから、明日……いやもう今日か。とにかく仕事に響かせるなよ。クッションと毛布は置いていく、使えよ」


 ランプも一つ、一緒に置きキースは食料庫から立ち去る。

 寝室へと戻り、ナイトテーブルに乗せたランプの明かりを消さずに、ベッドに横になりぼんやりと天井を眺める。

 キースは疲れていても寝付きの良い性質ではないが、今夜はそれを差し引いても眠れそうになかった。

 無造作に袋に放り込んでいたサクソフォーン。

 持ち主はキースだが、もう十七年は吹いていない ―― 二十歳のクローヴィスが知る筈もないのだが、あの表情から「知っている」のは明らかだった。

 キースは自分の過去を知られていることに、特に何も感じはしないのだが、今日は堪えた(・・・)

 ただ何が(・・)堪えたのかは気づきたくはなく、答えを出す前に目を閉じる。


「……捨てるか」


翌朝――


「お早うございます、閣下」


 いつもと変わらぬ隙のない軍服姿のクローヴィスが階下から敬礼し、ユエンもぴしっとした姿で付き従う。

 キースは欠伸をしながら階段を降り、


「ああ。出るぞ」


 クローヴィスの頭を軽く叩いてから、朝食を取るために邸を出る。

 ユエンのリードを持っているクローヴィスは、新任当初のような緊張した面持ちだった。


「どうした? クローヴィス」

「あの、いえ」

「気にするなと言っても仕方ないのだが、あのサクソフォーンはたしかにわたしの持ち物だが、手元に戻って来たのは二年ほど前。あれを預かってくれていたヤツが、海外赴任になってな。見送りがてらに荷物整理を手伝ったとき見つけて驚いた。薄情だが預けたことも忘れていたくらいだ」


 クローヴィスの気持ちを軽くするためではなく、キースにとっては本当にそういう品なのだ。


「……」

「そのまま捨てても良かったのだが、十五年も預かってくれていたヤツの目の前で捨てるのも悪いなと思い持ち帰って更にそのまま放置」

「更に放置……」

「ユエンが見つけてくれるまで、また忘れていた程度のものだ。まあ、アイツが帰ってくる前に捨てようかと」

「……閣下の私物ですので」


 クローヴィスは美しい顔に切なそうという表現が相応しい表情を浮かべる。


「表情が豊かだな」


 整っているせいで、あまり表情がないようなイメージだが、実際はとても表情が豊かなクローヴィスが、今までこんな悲しげな表情を見せたことは一度もない。


「す、済みません」

「いいや。そのままで良いが、今のような表情は司令部ではするなよ」

「はい! ……二年前に海外赴任ということは、そろそろお戻りになるころですね」

「そうだ。お前も知ってるだろう」


 サクソフォーンを預かっていた知り合いは、キースの士官学校の同期で二年前まで士官学校の教官もしていた。


「え……まさか……」


 クローヴィスは足を止め ―― ユエンが「どうしたの?」と頭をこすりつけるが動かず。澄んだエメラルド色の瞳を見開き、


「二年前は教官だった、ヴェルナー……どうした、クローヴィス」

「ご、ご友人なのですか? ヴェルナー教官と……なのですよね。荷物まとめたくらいですから!」

「そうなるな」

「偶に遊びに来られたりするのですか?」

「出張の際にはお互いの官舎に泊まるが」

「そ、そうですか」


 クローヴィスがよろよろと歩き出し ―― 朝食の席でテーブルいっぱいに料理を並べ、散々しごかれたことを聞き、


「ヴェルナーにしては優しいエピソードだな」

「えええええ」

「きゅうぅぅん」


 今朝のぎこちなさは霧散して、二人は仕事へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ