愛犬と過ごす日々[1]
現在のキース:舞台のほうを向け!(意訳・コッチ見んな!)
新人少尉イヴ・クローヴィスは、殺処分間近だった犬ユエンを引き取り、忙しく大変なことも多いが、上官と同僚に恵まれているので、辛さもキツさも不条理もまったく感じることなく、楽しく毎日を過ごしていた。
「今日は閣下のお帰り、遅いんだよ」
「きゅ~ん、く~ん」
「ユエン、寂しいんだろ。でも閣下はお忙しいから仕方ないんだ」
ロスカネフと共産連邦との国境の防衛を担当している北方司令部の司令官ともなれば、各所の重要人物との会談は最重要事項。
夜会やクラブで貴族や有力者との社交に勤しまなくてはならない。
歌劇も演奏会も演劇も、すべてそこに通じる ――
「ちなみに今日は喜歌劇なんだけど、少女が王子さまに見初められる恋愛ストーリーらしい。説明を聞いた閣下の表情が少しだけ険しくなってた。閣下好みの内容じゃないんだろうね」
演目が合わなくても、足を向けなくてはならないのが司令官。
「きゅ~きゅ~」
「ユエンもそうおもうか! かといって悲劇が閣下のご趣味にあうかどうかは……分かんないけど」
クローヴィスはユエンに話し掛けながら、鉤針で編み物を続ける。
いま編んでいるのはユエンが休むクッションに掛けるブランケットを作るためのグラニースクェア。これをいくつも作りつなぎ合わせる。
「ピンク可愛いだろ。冬は気分が滅入るから、ピンクとか黄色とか黄緑色で気分を盛り上げるんだ。そうだ、靴も作ろう、ユエン。足のサイズを測らせてくれ」
編み上げたグラニースクェアを一枚手に取り、ユエンの足に回す。
「ユエン、意外と足大きいんだな」
回りきらなかったので、それに少し足すと一周したので、端を合わせて縫い合わせて履かせるなどを繰り返し、
「やったー! 出来上がった!」
足からずり落ちないよう紐を通した筒状の靴が、一足無事に完成した。
「慣れたからあとは簡単に作れるようになる。んーどうした、気に入ったのか? ユエン」
一足だけ靴を履いたユエンは、ありがとう! を表現でもするかのように、腹を出してごろごろする。
その無防備な腹をクローヴィスは優しく撫でる。
「そんなに喜んでもらえると嬉しいな。すぐにもっと増やしてやるから……急いで増やさないと、すぐに寒くなるからなあ」
この官舎の主であるキースが帰ってきたことにすぐに気付けるように、カーテンを開いたままに ―― 外は少しだけ風が強めだった。
「マフラーが恋しくなる季節だ。ユエンのネックウォーマーも必要か。そうだ、わたしのマフラーとお揃いにしよう。単色アラン模様にしようかな、ノルディック柄がいいかなあ」
クローヴィスが心から楽しそうなのが分かるのか、ユエンは立ち上がり「くぅ~ん」と相変わらず気弱そうな鳴き声をあげながら頭を押しつける。
「分かった分かった、どっちも作ってやるよ! 甘えん坊だな」
編み物が得意なクローヴィスは、忙しい職務の合間を縫って、三日ほどでコバルトブルーでアラン模様の自分とユエンのマフラーとネックウォーマーを作り上げた。
「ユエンとお揃いです」
出来上がった日が休日で、キースも自宅にいたので一人と一匹は仲良くお揃いを身につけてキースに見せ ―― クローヴィスのマフラーにキースの手が伸び、マフラーが解かれ、
「幾らで売る?」
「え……あの、お金は要りませんし、できるだけご要望に即したものを作りますが」
ユエンは二人を見上げ、テニスのラリーを見守る観客のように顔を動かす。
「原材料費と手間賃は払わせろ。……お前はそういうことはしないとは思うが、わたしは手編みの製品はことごとく人毛、女の長い髪の毛が編み込まれていてな」
クローヴィスは先輩副官のアンデル中尉が「贈られてきた編み物は、全部処分するように」と言っていたことを思い出した ―― 理由は聞かされていなかったが、そういうことかと納得しながら若々しいが若者にはない魅力と、貴族とはまた違う上品さを兼ね備えた上官を見つめる。
「あ……それでよろしければどうぞ。その他にも黒の単色のマフラーでも作りましょうか? 黒でしたら小官の髪が間違って編み込まれていても、すぐに分かるので排除できますが」




