部下と過ごす日々[1]
三十七歳という若さで大佐に昇進したアーダルベルト・キースは北方司令部の総司令官に任じられた。
辞令の交付を受けてから、手渡された書類に目を通すと、
「女か」
彼に同時に新しい副官が配属されることが書かれていた。
「今年卒業の女性士官は五名。各司令部に一人配属されることになったそうです」
自分よりも十歳ほど年上で階級が四つほど低い副官のアンデルに言われ、
「わたしも宮仕えの身だ。人事がままならぬことは分かっているが……」
キースは文句をぐっと堪えたが ―― 言いたいことは副官のアンデルにはよく分かっていた。
このアーダルベルト・キース、異常なまでに女性に好かれるという特殊な体質。
聞いただけならば「そんな体質になりたい」と言う男もいるが、間近で見るとその気持ちは一変するほどもてる。
女性であれば老若を問わず ―― 下は二つ、三つの幼女から上は九十過ぎの老女まで女にしてしまう。
「大佐と同じく、十五で入学を果たした逸材です」
士官学校の受験年齢は入学時十五歳から二十歳まで。入学式の九月までに十五歳になっていれば十四歳でも受験資格はあり、九月に二十一歳になってしまう人は受験資格はない。
「たしかに女で十五で入学とは、大したものだとは思うが」
最年少で試験を突破してくる者たちは、それだけで優秀。
「五年間、実科では断トツでトップだったそうです」
士官学校である以上、訓練は厳しく、女性士官候補生たちは実科に付いて行けなくなり退学する者ばかり。女性で座学を取りこぼすものはいない ――
「座学ではなくてか?」
体力勝負の実科を補うために、女性士官候補生たちは座学に力を入れるのだが、
「座学は中程ですので、悪くはありませんが、実科が飛び抜けています」
どんな女性士官だ? キースは少しばかり興味を持ち ―― 王都から北方司令部のあるイルガ行きの蒸気機関車に乗り込み、その副官が来るのを待った。
「申し訳ございません」
北方司令部に到着したキースの元に届けられた最初の報告は「女性士官寮の焼失」 ―― もともと女性士官は少なく、さらに地方に配属される女性士官はもっと少ない。更に言えば国体が違い、以前より幾度となく戦いを繰り返している共産連邦と国境を守る北方司令部は、各地方司令部の中でも女性士官の数は最少。
女性士官寮も軍が所有する建物ではなく、司令部に程近い民間の下宿を借り上げていた。
その下宿が失火により焼失。
「新人さん以外に寮に入る女性士官はいません」
現在北方司令部にいる女性士官はベルタ・ブラウエル中尉のみ。軍歴十五年を越えるベテランのブラウエル中尉は、寮ではなくアパートを借りているため、寮に入るのはキースの新しい副官だけだった。
「……普通は上官が世話をする場面だな」
司令官室の椅子に腰を下ろして聞いていたキースは、しみじみと呟く。
こういった不測の事態が起きて、寝泊まりする場所がなくなった場合、上官が世話をするのが一般的なのだが ―― 「上官が世話」とは言うが、上官が直接世話を焼くのではなく「部下を住まわせる」と妻に伝え、あとは妻が差配する。
だがキースは高官には珍しく独身で、部下に何くれと世話を焼く妻はいない。
かといって他の部下に、自分の副官の世話を家庭持ちだからといって任せるものではない。
「そうなりますな」
「襲ってこない女ならばいいのだが」
「どうでしょう」
キースと副官のアンデルはそんな会話をし ―― 新人副官に「手荷物だけ持って、直接司令部に来るように」と通達を出した。
それから一週間後、
「イヴ、クローヴィス少尉であります!」
キースの前には、見上げるほど大柄な美形な男性にしか見えない副官がやってきた。
「イヴ・クローヴィス少尉か」
「はい! 閣下! イヴ・クローヴィスであります」
「……そうか。寮に関しての委細は聞いているな」
「はい!」
「よし。では一緒にベッドを買いに行こうか」
キースは机に手をのせて、まず一番大事なものを買いに行くことにした。
「はい?」
「官舎のベッドはお前には小さすぎる。行くぞ」
「あの、小官は持ち合わせがなく」
「お前のベッドは経費だ。気にするな。とっととついて来い」
「はい、閣下! どこまでも」