8.行ってらっしゃい、行ってきます
天界に来て90年目になると、俺はラストスパートのつもりで訓練を頑張る事にした。
ちょうどキリも良いから100年目に天界を離れ地上に転生するつもりだ。だから、その前にメルイテンス様からの棒術、エソボンデス様からの鍛冶・木工等、フェイファラリア様から売れる薬草やら錬金術の材料にもなる植物等、エルミネンタス様からは錬金術や魔道具作り等を今まで以上に積極的に学んだ。
……うん、俺が積極的になる前に皆様が何故かかなり厳しくなってたから後は俺の覚悟次第だったんだけどね。
もちろん遊びに付き合ったりするのも激化してたんだが、これは玩具を作ったので地上に行く事は減ってたかな? 今は俺もイケおじエルフだからか、ハルフィ様もあんまり俺を連れて行かないし。
そんなこんなやってれば残り10年なんて直ぐで、もう天界に来て100年になる。
あっという間だったなあ……100年なんて普通に考えたら、地球じゃ人間なんて生きられるかどうかも分からないぐらい長い年月なのに、天界に来てからは本当に早かった。
やっぱり、俺の中でそれだけ今までの人生以上に充実していると思えたからだろうか?
凄く、本当に凄く楽しかった。そして嬉しかった。
顔で判断される事がなく、神々も天使達も誰もが俺の魂と向き合ってくれた。それこそ、最初は毛嫌いされていた天使達だって、俺の容姿なんかを馬鹿にする事は絶対になかったから。
その天使達だって今は一緒に仕事をした同僚で友人だし、エンリアみたいな一番仲が良い奴も出来た。何より神々が非常に俺に優しくして下さったし、自分の技術まで惜しみなく教えて下さった。それこそ、自身が神であり俺は矮小な人間の一人であるにも関わらず弟子や友人のように接して下さって……俺は本当に恵まれてる。
少し、しんみりしてしまった。
でも神々も天使もこれで二度と会えなくなるわけじゃないと言ってくれた。寿命をめいっぱい楽しんだら、また会おうと。
思わず苦笑だ。普通は生まれ変わるんだが……俺は死んだ後は天界に留まる事が知らぬ間に決まっていたらしい。
まあ、それならそれで。ちょっと出かけて来るだけだ。
色んな異世界召喚、異世界転生の漫画や小説を読むとエルフの寿命は数百年だったり永遠だったりと色々あったが、この世界ミリトリアのエルフの寿命は千年以上生きるらしいのでかなり長いお出かけだけど。
というわけで今は神々や天使が勢揃いで転生する俺を囲んで見守っている。
「それじゃ、生まれ変わりなので特に準備もいらないと思うので、これで暫くはお別れですかね?」
「お別れと言っても、祈りを捧げて下されば多少は私達と会話も出来ますよ。ただ、天使達はその……」
代表として俺と向かい合って話してたエストリアス様が言いにくそうにエンリア達の方に視線を投げかける。
「いえ、そこはあまり心配してませんので大丈夫ですよ、エストリアス様。おーい、俺が居ないからって泣くなよ、エンリア」
「お前こそ泣いたら泉から覗いて指差して笑ってやる」
まあ、死んだ後にまた会えると分かっていればこんなものだ、友人なんて。
「それで、エストリアス様。私は注意事項とか今まで聞かされた事がないのですが……何かありますか? 地球の知識を持ち込んではいけないとか、改革みたいな事をしてはいけないとか……」
「え? 特にありませんよ? クロはもう、私達の世界の方針は分かっているでしょう?」
「ええと……干渉はしても強制はしない、基本は見守るだけ……ですか?」
「ええ。ですから、クロはクロの思うまま自由に生きて下さい」
そこでアマテラス様が出てきた。
「その通り。これは救済措置であり、それこそが黒の魂を譲る時に妾が課した条件なのでな。何も気にせず好きに生きよ。妾達、地球の神も写し身をこちらに置かせてもらえる事になったので、地球で生きた時と同様に貴様を見守っていてやる」
「……ありがとうございます」
ちょっとびっくりした。今日のアマテラス様、なんか普段より素直じゃない?
「あ、そうだ。転生する前にエストリアス様、お願いがありまして……」
天界に来たばかりの頃だと、神様にお願いなんて天使達が黙ってなかっただろうなーと思いつつも言ってみるが、あまり仲が良くない天使達も特に何も言ってこないな?
あ、こら、エンリア! 神に見えない位置で天使達にメンチ切るんじゃありません! 俺と仲良い天使まで巻き添えで怯えてるでしょ!
お別れの時だから空気読んで何も言わせようにしてくれてるのは分かるんだけどさあ……。
「お願いですか? あ、特殊なスキルが欲しいとかですか? それとも傷一つ付けられない肉体とか、尽きる事のない魔力ですとか――あ、それとも刃物が苦手なのを神の力でパパっとトラウマを消しちゃいましょうか? それ以外ですと、うーんと……ああ、そうだわ。地球の品を取り寄せるスキルとかあった方が――」
「ちょ、ストップストップ、エストリアス様、ストップ! そんなとんでもないものばかり望んでませんから! 肉体もスキルも普通で良いです! この世界で生きるんですから地球の品とか必要ありませんから!」
「あ、あら? そうなの? 欲しがると思ったのに……」
ああ、しまった。エストリアス様がしゅんとしてしまったぞ。
「いえ、エストリアス様のお気持ちは本当に嬉しい限りです。私の為を思っての発言、しかとその優しさだけは受け取らせて頂きますので」
お、回復したな。
「お願いというのは、私が使わせて頂いていた部屋の事で……荷物を全て処分しておいてほしいだけなのです。アマテラス様にもらったお土産も、神々の木造も自分では処分できませんので……」
「そのまま置いておけば良いじゃないですか?」
「いえ、そういうわけにも……あの部屋は元々は天使達が倉庫に使っていた場所なので、ずっと占領し続けるものではないでしょうし、転生の際に荷物は持って行けないですし、神様に受け取ったものも神様の像も私にはどうしても処分なんて恐れ多い事はできないので、どうかお願い致します」
「そう……分かったわ。任せておいて」
「ありがとうございます」
エストリアス様にお礼を言ってから、次にアマテラス様に頭を下げた。
「アマテラス様、そういう事ですので……誠に申し訳ありません。貴女様から頂いた大事な土産を処分してしまうことをお許し下さい」
「なに、構わん。心を引き留める物があっては貴様も生まれるに生まれられぬであろう」
「寛大なお心感謝致します」
「俺もいいぜ!」
「……スサノオ様から受け取ったお土産ってありましたっけ?」
「あれ? ……そういや全部、姉上に却下されるか黒に断られたような……」
「あ、俺のはどうするんだ?」
「ああ、トール様の金槌は惜しいですね。今でも鍛冶の時は愛用してましたから……こちらはトール様にお返し致します」
「あー……まあ、仕方ねえか」
「ふふん、戻ってきてよかったな、トール」
「スサノオ……自慢げにしてるが、お前なんて一度も受け取られてねえからな?」
「ぐ……!」
あの金槌使いやすかったんだけどなあ……地上で鍛冶をする時があったら真似て造ってみるか。
「ねえねえ、クロ。気が変わったら僕の弓――」
「持って行けないって言ってるでしょう。話聞いてたんですか、エロース様?」
「あ、はあ……! 蔑むような目、最高……!」
またビクンビクンしてるよ、この神。最後まで締まらない神だったな、エロース様もスサノオ様も。
ちなみにミリトリアの神々との別れのお言葉はもう1柱ずつもらっている。日本の神々の分身が眠っている時に先に1柱1柱お言葉を頂いたのだ。
俺に色々と教えて下さった神々からは激励、そうでない神々も別れを惜しみつつも楽しんでこいというお言葉をもらった。
神に言われたのでは楽しまないわけにはいかない。
「それではエストリアス様、お願い致します」
「ええ。本当に言われた場所に降ろしていいのね?」
「はい、それで構いません。それ以外の場所の方が怪しくなりそうですからね」
俺が苦笑して言うと、エストリアス様が頷いてから俺の頭を抱えるように柔らかく抱きしめて下さった。
「本来、創造神である私がこれを言うのも不思議な気がするのですが……貴方にミリトリアの良き加護があらんことを。行ってらっしゃい、クロ。めいっぱい私の世界を楽しんできてね」
「はい、今までありがとうございました。神々が見守っていて下さる限り、私は腐る事なく楽しく生きてみせます。行って参ります」
エストリアス様に抱かれたまま暖かな光に包まれて、自分の存在が希薄になっていく気がする。
今までの地上に連れて行かれた時とは違う感覚だ。今度こそ完全な転生って事なのだろう。
ああ、楽しむ……楽しむか。
俺はゲームが好きだ、年甲斐もなく休日はゲームばっかりしてた。他に趣味がないというのもあったが、ゲームをしている時はいつだってわくわくした。
格好付ける為に、心は若いつもりで、口調も若いつもりで、それこそ年甲斐もなく仕事以外では好んで「俺」なんて一人称を使っていた。
だってゲームの主人公は大体が「俺」という一人称だし、若かった。おじさんが主人公のゲームってあまり見ないし……でもアマテラス様にもらった異世界系の漫画や小説にはおじさんが主人公のものもいっぱいあったな。
なら、俺が主人公でもいいよな……?
今度は俺が主人公の人生を、ゲームを楽しむように明るく楽しく生きてみよう。
もう馬鹿にされる事がない、格好付けたって笑われる事もない容姿で、俺が格好いいと思ってきた事をいっぱいして、それこそゲームの主人公のように格好付けたっていいんだよな。
しかも何より嬉しいのが、今度の世界では俺を見守って下さる神様が世界に干渉して下さるのだから……確か、偉業を成したり試練を突破すれば神様に直接スキルや称号を授けて頂けるんだっけ?
なら、俺がやらない理由はない。機会があれば挑戦しよう。
希薄だった自分の存在というか、身体の感覚が戻ってきて目を開けてみると――俺の要望通りの森の中に居た。
空気を思い切り吸い込むと、土と草の匂い。
「――よし、生きますか!」
エルフになったせいだろうか? やたらと、その匂いの空気が美味しい気がした――。