幕間.誇り高き崖っぷち天使(アウトロー天使)
よう、俺はエンリア。
生まれ方を間違った、堕天してないのが不思議、不真面目天使、天使じゃなくて詐欺使……なんて、さんざ言われちゃいるがこれでもれっきとした天使だ。
同じ天使にすらこれだけ言われておいて、天界への客人である人間のクロにすら『崖っぷち天使』なる不名誉極まりない称号を頂いたぜ。
まあいいけど?
確かに自分が不真面目なのは自覚してるしこんな俺ではあるが、これでも天使の中じゃ優秀な方なんだぜ? だから堕天はしませーん。残念。
他の天使は忠誠忠誠、敬意敬意、忠実忠実と、ピーチクパーチクと喧しい事この上ない。そもそも前提が違うって、なんで分っかんねえかなあ?
そんなんだから、神々のお茶会の給仕みたいな栄誉あるお仕事も俺に取られちゃうのよ。
まあ、もっともクロが参加するお茶会なんて危なっかしくて俺以外の天使にゃとても任せらんねえしなあ……怒ると怖いんだぜ? クロの奴。
まあちょっと聞いてくれ。
誰に語るってわけでもないが、誰かに話したい俺の胸の内を吐き出させてほしい。
今でこそ、神々からすら『クロの親友』ってポジションを認められてるし、クロ本人からも『天使で一番の悪友』なんて評価をもらってる俺ではあるが、最初はそんなつもりなかったんだぜ?
クロが天界に来た当初は、クロ本人に俺はそこまで興味がないというか、うちの神にしちゃ珍しく人間の玩具を持ってきたのかー、程度の無関心さだったわけだよ。
天使にしちゃ色んな事に関して無関心だった俺に興味を惹かせた男はクロが初めてさ。
それまでは同じ天使同士でもつるんだり、一緒に飲みに行ったり、遊びに行ったり、駄弁ったり、なんてした事ないんだよな。
そう、無関心な俺は素行の悪い行動、なんてのはした事がなかった。言動の不真面目さだけで、あれだけ天使から堕天間近だの詐欺天使だの言われてたんだぜ? お前ら、俺のことそんなに嫌いか?
まあいいや。
天界にクロが来て1年も経ってない頃だな、俺の興味を惹く事件があったんだよな。クロ関係で。
俺達天使ってのは、エストリアス様が手ずから生み出して下さった命なわけで、まあなんていうか……忠誠心が突き抜けちゃった奴が多いんだよな、天使って。
俺? 俺はまあ、確かに生み出して下さった事には感謝しているし、忠誠心もあるっちゃあるが……さっきも言ったが前提が違う。
天使全体の考えはこうだ。
我らを生み出して下さった神は絶対であり、我らはその為に生まれ落ちたのだー、だのなんだのかんだの?
俺の考えはこう。
エストリアス様は生み出して下さったんだから母親みたいなもんで、それ以外の神々もエストリアス様が生み出したんだから天使とだって兄弟姉妹みたいなもんだ。
俺、別に間違ったこと言ってないと思うんだけど?
だが、これを言うと天使達は大抵がぶち切れる。あー、鬱陶しい。何を人間の宗教みたいな考え方に染まってんだよ。それでいいの? 納得してる? そう。なら、まあいいや。
そんでまあ、こっちの世界の人間も神と多少でも関わりがある為か神への忠誠というか尊敬というか、そういうのが凄いわけなんだが……別世界の人間のせいかね? クロは俺の考えと近いわけだ。
なんでもクロ本人曰く『神は親以上の親』、だとかなんとか?
まーまー、そんな考えなもんで、当然クロも天界に来た当初は天使達に良い顔されなかったんだよな。
むしろ、そんなクロを神が気に入っていて、楽しそうににこにこしてるってのに、なんで天使共は俺が言う前提が違うって言葉が理解できないかね? 俺もお前らは理解できんわ。
お互いに理解できないなら、じゃあ解散、とできない所が同じ天界に住んでる同士の辛い所だ。そう思うだろ? あ、別に思わない? そう。じゃあ解散。
で、ある日、事件が起こったわけだよ。
天使曰く、もっと敬え、気軽に接するな、神の言う事は全て受け入れろ。
クロ曰く、もう敬ってるしむしろそんな事言うお前より俺の方が敬ってる、それは神が決める、ただ黙って従うのは逆に礼を失してる。
そりゃ事件勃発するわってなもんで。
……いや、これクロも悪くね? かなり煽ってるだろ。自覚ないんだろうけど。
さっき天使は忠誠心が突き抜けてると言ったが、ぶっちゃけクロの方が更に突き抜けてる。いや、あれは突き抜けてるっていうより……限界近くまで行ってんじゃねえのか? 限界を突破する日も近いね。ん? 突き抜けてるんだから限界はもう超えてたか? じゃあ限界の上の更なる限界を超えようとしてるんだな、あいつ。
はあ、我が同胞の天使共よ……今まで何百、何千と地上の人間達を見てきても、俺の言う前提が分からないのか? そんなお前らには俺も諦めに近いものがあるよ。だからクロが来るまでは、色々と無関心になっちまってたんだけどさ。
立派な国を築いた人間の王には必ず忠臣ってのが居ただろ? そいつらは唯々諾々と従うだけの部下だったかって聞きたいんだよ、俺は。
忠言って言葉すら分からないのか、お前らは。
俺だって何度怒ってやろうかって思った事があるか分からんぜ……そりゃ天使以上の忠誠心を持つ人間のクロがそれを聞いたら――まあ、怒るよなー?
ま、話を戻すとだな。
その事件の日に天界に来て間もないクロが天使達に囲まれてたわけだ。
無関心な俺は、その日も適当にお仕事こなして仕事終わりにフェイファラリア様からもらったおやつの果実を齧りながら、なんとなしに歩いてたらその光景を見かけた。
おーおー、普段は見下してる人間に対して天使様が多勢に無勢で複数人で武装して取り囲んで、あれまあ、誇り高いこと。
なんて心で嘲笑ってたんだが、まあ異世界からわざわざ招かれる人間ってのも珍しいもんで黙って見てたんだよね。
「人間、貴様は神に対して敬意が足りないのではないか?」
「そうだな。そのお姿を目に出来るだけでも光栄の極みだというのに、貴様にはそれに対する謝意も足らん。本来ならば貴様が軽々しく見る事も口を利く事も叶わん方々なのだ、それを気軽に口を利く貴様はなんなのだ?」
うわ、俺こういうのなんて言うか知ってる。いじめって言うんだぜ?
「敬愛はしておりますよ。地上での命を一度終えた今、神々は私の全てですから」
クロも止しときゃいいのに、そんなこと言うもんだから天使達もヒートアップしちゃうわけよ。まあ絶対にクロは無自覚なのは今なら分かるんだけど。
あいつ、神を語る時だけは絶対に恥ずかしいとも思わない上に、周りの状況を考えて言葉を選ぶ事こそが神に対して失礼だと思ってやがるからな。
「貴様の態度がそうは言っておらんのだ! 貴様のような人間風情が神と話す機会があったからと、そのお言葉に疑問を返したり自身の意見を投げかけるなど何様のつもりだ!」
「……あ?」
この瞬間だったな、俺がクロに興味を示し始めたのは。
明らかに空気が変わったよね。初対面みたいな俺でも「あ、怒らせたな」って分かっちゃったもん。
ちなみに、クロが怒ったから興味が湧いたってわけじゃないぜ? クロが怒った理由に、俺の考えに近いものを感じたからだ。
そんでまあ、次の瞬間が笑っちまったね。
クロも天界に来たばっかだし、天使にも敬意を以て接してたんだが……多分、その時からだろうな。クロが俺達天使を神に近しい尊い存在として接さなくなって「友人」として付き合い始めたのは。
なんと、クロの奴。言い返すその前に、先に手を出しやがった。
クロを取り囲んでいる奴のうち、さっきの発言をした槍を持った相手の顔面を真正面からいきなり何も言わず殴りつけたのだ。
あれ、今までは礼を以て接してたけど天使と自分の神に対する敬愛の仕方が全く違うもんだったから絶対に我慢の限界がきたんだぜ。
だって、それまでは何言われても相手を立ててたからな。
「な……! き、貴様ァ!」
激高する天使と仲間が殴られて狼狽する他の天使に対してのクロの反応は舌打ちだった。
「神に仕える天使様だからと礼を以て接してみたが、これか。期待外れだ。お前等みたいな奴は神々に近付くんじゃねえ!」
信じられなかったね。
それ、普通は俺達天使側のセリフじゃね? なんで人間の、しかも異世界のお前が言うの? 思わずおやつの果物取り落としちゃったよ。勿体ない。フェイファラリア様に後で謝らなきゃ。
「人間風情が何を言うか!」
「貴様、その魂が無事で済むと思うなよ!」
「ごちゃごちゃうるせえ。神に仇成すなら天使だろうと俺の敵だ! やるならやってみやがれ! 残るのは俺の誇りとお前等の瑕疵だけだ! 俺を殺した瞬間に堕天する事を保証してやる!」
いやー、あの啖呵はしびれたね。今でも覚えてるよ。
気付けば俺はクロの隣に立って笑いながら肩を叩いてたもんだ。
「人間、人間、エイジロウだっけ? 喧嘩なら混ぜろよ」
「な、貴様エンリア! なんのつもりだ!」
「黒でいいよ。じゃあ手伝ってくれ。自慢じゃないが誰かを殴るなんて初めてだ、俺はどうにも神様を勝手に決めつける奴を許せない性質らしい」
「あっはっは! 俺も天使同士の喧嘩は初めてだ。お互い初陣だ、頑張ろうぜ!」
まあ、その後はしっちゃかめっちゃかだったなあ。
舌剣って言うの? 俺達は武器持ってないもんだから、俺とクロの二人して相手を小馬鹿にしては挑発しまくって武器を捨てさせてからの純粋な殴り合い。あれは笑った。正直スッキリしたね。
もちろん後で見つかった神にめっちゃ怒られたんだけど、まあいいさ。
そっからはクロがメルイテンス様に師事して戦いを学び始めたもんだから、天使には更に手に負えなくなっちまった。
ま、そっから俺とクロの悪友だか親友だかって関係は100年近く続いてんのさ。
クロが地上行きを考え始めて寂しくなるのは何も神々だけじゃない。俺なんて神々とは違って、更にクロと会える可能性がなくなるからなあ……。
「クロ、このお菓子はなんて言うの?」
「そうですね、これは地球の……え、なんだこれ? 私も見た事ないですね。うまっ!?」
今日もお茶会で神々がクロを交えて笑い合う。
「エンリア、お前も食えよ」
「だから俺は今、給仕役だっつーの。俺の立場も考えて? ここ神々の目の前だから」
「いや、ここはほら、あれだ……お前の口癖でも良く言ってるじゃん」
「いや、口癖? ぱっと思いつかないが、口癖で乗り切れるような状況じゃないだろ……」
「まあ、ではエンリアも一緒にお茶しましょう。ほら、椅子を新しく出したから座って座って」
「ちょ、エストリアス様……はあ――」
俺が仕方なく椅子に座りながら吐き出す言葉にクロが被せてきた。
「「まあいいや」」
「おま……」
「ほら乗り切れた」
はあ、神の前でそんな態度取れるのはお前と……多分、俺だけだろうな。
だから俺も神に気に入られているし、堕天使紛いだのなんだの言われたって神々の給仕を頼まれる事も多いし重宝されてるんだよ。
他の天使とは考えの前提が違うからな。
それに、他の天使にクロが居るお茶会の給仕なんてさせてみろ、いつクロがぶち切れるか分かったもんじゃない。こいつは神の為なら死兵にだって平然と笑いながらなっちまう奴だ。
ま、俺自身も楽しいから誰にも譲ってやる気はないんだけどな。