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5.お逃げ下さい、ツクヨミ様!

 さて、天界生活70年目。


 仕事の効率化は今のところはこれ以上思いつかないので、地上に行くまでの間は精一杯神様孝行をしていこう。


 常に鍛冶以外にも色々造っているエソボンデス様はさぞかしお疲れだろうと素人ながら全身マッサージをしてみたが、これがまた喜ばれた。


 エルミネンタス様には異世界、つまり地球の俺が知る限りの知識を語ってみる。まあ頭が良いわけでもないし、専門知識なんて無いんだが、それでも俺に出来る限りの知識を語った。聞きかじりやネット検索で得た程度の知識だが、それでも喜んでもらえたようで何より。


 フェイファラリア様には地球の植物の話をしておいた。これもまた聞きかじりやネット知識でしかないが、それでも楽しそうにしてくださって嬉しい。アロエを折って傷口に塗る、なんて民間療法も話してみると、こっちの世界ではそういう治療が未だ一般的だとも教えてもらえた。薬草って扱いなんだろうね。


 ニルニン様には地球の酒を語って聞かせる。麦から造るのはビール、こちらだとエールらしいが、麦に似た稲穂から造る日本酒、蒸留という手段で造るウィスキーやブランデーの話など、これまた大喜びである。早速造ってみるだとかなんだとか。


 メルイテンス様には戦闘面で俺が語れる事など何一つないので、地球で剣を始め武器がどういう進化をしていったかを語ってみせる。弓は弩になり銃になり、剣は剣術から剣道やフェイシングへと至ったと。中々興味深かったようで良かった。


 アルデリア様とは地球とこちらの罠の違いで語り合う。動物を誘導するという点ではやはり似通っているみたいでどちらの罠にもあまり違いはなく、しかし造りや一部違う部分もあってこれは俺も興味深かったな。


 ミヌティティア様にはミシンの事をお教えした。ただ、これは俺もネット知識すら持っていないので「こういう機械があるんですよ」程度にしか話せなかったが、ミヌティティア様は大層気になったようで地球の神々に聞いてみると意気込んでいらっしゃった。竜田姫様と佐保姫様はミヌティティア様と同じく裁縫の神だが、果たしてミシンなど使うのだろうか?


 他にも様々な神々と、その神の司るものについて語り合ったり、地球での知識を話したり、時にマッサージをして労わったり、趣味に付き合って一緒に遊んだり飲んだり、給仕の真似事のようなこともしてみたりも。


 ちなみに地球の神々がこちらに来られた時にも同じようにしたのだが、アマテラス様にマッサージをした時には再びアマテラス様が暴走してしまい困った。

 恐らく俺を孫のように思ってらっしゃるアマテラス様である。孫にマッサージしてもらうなんて、おじいちゃんおばあちゃんの夢みたいなものなのだろう。滂沱(ぼうだ)の如く感動の涙を流し再びここに住むと万感の思いが(こも)った言葉を吐いてらっしゃった。日本の最高神で太陽を司る貴方が居なくなると日本にどんな影響が出るか分からないので止めて頂きたい。


 ちなみにお土産もまた持ってきてた。調味料は前にマッハで帰った翌日に持って来ていたので、今度は地球産のお菓子詰め合わせだった。やっぱり家一軒分ぐらいあるし……。

 もちろん異世界ミリトリアの神々にもお裾分けして皆で美味しく頂く。


 そういえば不思議なもので、天界では食べ物が腐ったり植物が枯れたりなどはしない。時間は一応ゆっくりとは言え流れてはいるのだが……まあ、神々のおわす場所である。不思議空間であったとしても何ら疑問は抱かない。


 そんなこんなで、天界生活70年目は神々を手伝い趣味に付き合い労わり過ぎて行った。




 ◇◆◇◆◇




 クロが天界にやってきて80年。


 そして、クロには内緒で神々が円卓を囲んで座っていた。


「……クロは?」


「ハルフィがいつもの調子を装って地上に連れ出したわ」


「よし」


 重々しく尋ねるメルイテンスにアルデリアが答えると、全員の視線がこの場で最高位に当たる神であるエストリアスに注がれる。

 物音ひとつ立てない重苦しい空気の中、全員を見渡してからエストリアスが口を開いた。


「では、始めましょうか……残念ながらハルフィはこの場に立ち会えませんでしたが、クロの引き付け役を買って出てくれた彼に感謝を」


「「「感謝を」」」


 エストリアスの言葉に全員が頷きながら感謝を口にする。

 それを見て満足げにエストリアスも頷いてから再び口を開く。


「それでは早速本題に入りますが……クロが――地上に行く事を考え始めました」


 その言葉にざわざわと色々な声が上がる。


「そんな、もう80年だぞ? このまま天界で暮らせばいいじゃないか」


 マールイングが慌てて立ち上がりながら言うが、隣に座っていたエソボンデスに落ち着けと座らされた。


「でも私達は最初にクロに新しい人生を与えるつもりで、こっちに呼んだんでしょ? 地球の神とだってそういう契約でクロの魂を譲り受けたんだし……」


「じゃあお前はクロが居なくなっても構わんと?」


 メルイテンスの質問に思わず言葉を詰まらせるアルデリア。


「だ、だって……そりゃ私だってこのままでも良いかなーとは思うけど、それだと地球の神々との契約違反になっちゃうし……」


「落ち着いて下さい。アルデリアの言う通り、私はアマテラス様からそういった条件でクロの魂を譲り受けました。クロを地上に行かせる事は避けられないでしょう」


「新しい身体ももう与えちゃってるから、転生自体は終わってるものねえ……」


 自分で身体を用意したせいか、ライアゲニアがばつが悪そうな表情で呟く。


「わ、私もクロちゃんの服作っちゃった……」


「儂も煙管や瓢箪を……」


 ライアゲニアと同じく地上に行く準備を手伝ってしまったと少し落ち込み気味になるミヌティティアとエソボンデス。


「一度静まって下さい」


 やはり最高神というだけはあるのか、普段クロに見せるのとは違った雰囲気で告げたエストリアスの言葉に場がしんと静まり返る。


「クロがもう一度人生をやり直すのは決定事項です。引き延ばす事は可能かも知れませんが……ここはクロの意思を尊重しましょう。彼が行きたいと言うのならば行かせるべきです。反対の者は意見を」


 尤もだと思ったのか、その言葉に異を唱える者は誰もいなかった。


「皆さん落ち着いて考えてみて下さい。私達は神であり、地球と違い世界に干渉もしています。クロと二度と会えなくなるわけではありませんし、話が出来なくなるわけでもありません。なんならクロが新たな人生を謳歌し、それを終えた時に再び天界に招くのもよいでしょう」


 その言葉に、確かにと頷く面々。


「突然いなくなるかもと思って、少し焦りすぎた……」


 ぼそりとエルミネンタスが零す。


「でも、そうなると私達を集めたのは何で?」


「疑問は尤もです、アルデリア。私は元から地上に行ったからとクロに会えなくなるとは思っていませんでしたし、元々それがアマテラス様との契約だったので地上に行かせるのは構わないのですが……問題は、そのアマテラス様です」


「どういう事?」


「アマテラス様がこちらに遊びに来た時の様子を見ていれば分かるでしょうが……魂を譲り受ける為に条件として出してきたクロの転生に関して、アマテラス様ご本人が否定的になりつつあります……」


「はあっ?」


 エストリアスの言葉に思わずといった様子でマールイングが声を上げる。


 それもそうである。

 エストリアスがクロの魂を譲ってほしいと持ち掛けた時、アマテラスは「奴は不幸であったし、別世界に行くのは構わん。しかし、代わりに新しい人生を歩ませてやってくれぬか」そう言ってクロの魂を譲渡したのだ。

 その本人が、天界に居たままでいてほしいと願い始めるとは本末転倒と言えるだろう。


「私達は地上に行っても自分達の世界なのでクロに会えますが、アマテラス様は……」


「あ、ああ、なるほど……」


 その言葉にマールイングも納得してしまった。


「本人は隠しとるつもりじゃろうが、クロを相当可愛がっておるからのう……」


 立派な顎鬚をしごきながら思いふけるように呟くエソボンデスの脳裏には、大量のお土産を持ってきたりクロにマッサージをされて感涙しているアマテラスが浮かぶ。


「……アマテラス様が居ないうちに地上に送り出せば良くないか?」


 ニルニンの言葉に、エストリアスは重々しく首を横に振った。


「クロの暮らしていたニホンという国では、大昔にアマテラス様がアマノイワトと言った場所に立て籠った事があるそうなのですが……その間、太陽が消えて夜だけになったそうです」


「それは……ううむ」


「今の地球は非常に安定しており、神々の手を離れている。そんな超常現象が起こればかなりの混乱に陥るのでは……?」


 ニルニンが何も言えなくなり、メルイテンスは思わず冷や汗をかく。


「前に、クロに甘えられたせいで連れ帰られるぐらいならアマノイワトにまた籠るとか叫んでた時あったよね……」


 アルデリアも遠い目をしていた。


「誰か、何か……良い案は、ありませんか?」


「「「…………」」」


 全員、何も言えなかった。


 他世界の神とは言え最高神、それは人間で言えば他国の王も同じだ。力付くで止めるなど出来るわけもないし、下手をすれば不敬に当たってしまう。

 地球では最高神は国ごとに分かれてはいるが、立場としてはこちらの世界の頂点であるエストリアスと同等なのだ。


 力だけで言えば神と関わりがあり信仰心も強いミリトリアの神々の方が概念が強く上なのだが、立場だけで言えばどちらにも違いはない。


 そもそもクロの魂は地球産まれの地球育ちである。クロに関してだけ言えば、譲り受けたとしてもアマテラスの意見が優先されるのが当たり前なのだ。


「……ツクヨミ様に頼むのは?」


 恐る恐るゆっくりと手を上げてフェイファラリアが意見を出すが、全員が「何考えてんだ」という驚愕の表情でフェイファラリアを凝視した。


「こ、これ以上の苦労を彼に押し付けろと……?」


「ツクヨミ殿に死ねと言うのか……!」


「彼はもう十分に苦しんでるわ!」


「やめるんじゃ! これ以上あやつの哀愁を深くしてやるでない!」


 ツクヨミはアマテラスの弟でありスサノオの兄である。

 居丈高で素直になれない姉のフォローに回り、深く考えず直感で物事を進める上に乱暴でもある弟のフォローにも回る。

 彼の胃痛は現時点でもマッハであるのに、これ以上行けば彼の胃は痛みどころか破裂するのではないかと戦慄しながらフェイファラリアを恐ろしいものを見たとでも言わんばかりに見つめる神々。


「静まりなさい」


 エストリアスの言葉に再びぴたりと会話を止めて静かになる神々。

 彼等を見渡し、エストリアスは重々しく告げた。


「今のところ……それが一番確実で、それぐらいしか考え尽きません」


「くっ……!」


 その言葉に面々は悔し気に唇を噛む。


「ですが、他に良い方法もあるかもしれません。今後、これを議題に定例会議とします。今日はこれで解散しますが……各々、何かないか次回までに考えておいてください」


 そう言ってからエストリアスが立ち上がる。


「エストリアスどこ行くの? このままみんなでお茶でもしようよ」


 アルデリアの言葉に、エストリアスは笑みを浮かべて首を横に振った。


「ハルフィが引き付け役だったのなら、またクロは置いて行かれているでしょう。迎えに行きませんと」


「はー……それなら私が行こ――ナンデモアリマセン」


 代わりに迎えに行こうかと言い掛けた瞬間、エストリアスにぎっと睨まれて両手を挙げてぶんぶんと首を横に振るアルデリア。

 エストリアスが消えた後で思わずといった様子で息を吐く。


「アルデリア……エストリアスがクロと会う機会を横取りしようなどと、命知らずじゃの……」


 その様子を見てエソボンデスは呆れたように呟いていた。

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