4.部屋と服と仕事と私
服ができたー!
冒険者っぽい黒の厚手な長袖、長ズボンにゴツゴツした底の厚いブーツ。ひゅう、格好いい。
これだけでも恰好良いが、俺は更に恰好付ける!
俺が拘ったのは上着である。ジャケットとかじゃない、そんなのは冒険者でもしてる奴がいる。死に際に思ったのは恰好付けたいというのもあったが、傾きたいというのがあった。傾くとは誰も真似しない、できない自分を貫くということだと俺は思ってる。
なので、俺が織ってもらったのは異世界では居ないであろう着流しである。アマテラス様にもらった異世界転生の物語には日本に近い文化の国があったりして着物もあったりしたが、そこにも抜かりはない。
俺がミヌティティア様に頼んだのは、着流しは着流しでも左半身しか覆っていないものだ。着流しの背中の部分を丁度真ん中からスパッと真っ二つにした感じ。
着流しと言えば下は下着か裸だったりするが、これは半分だけなのであくまでも上着なのである。
そのままだとずり落ちてしまうので首元の部分に下のシャツと繋げる留め具を付けてある。パチッとシャツと留めてぶら下げる形で、腰元を本来の着流しと同じように帯で留める。
ひょー、格好いい!
時間が掛かっていたのは、やっぱり手縫いする際に刺繍の注文が手間取ってしまったようだ。
俺が今羽織っている着流し? 羽織? 半羽織と呼ぼう。半羽織は腰から下の足元の部分に吹き上がる桜吹雪の刺繍が施されている。いいね、いいね!
他にもいくつか頼んでおいた刺繍の模様があって、それも追加で今縫ってくれているらしい。次に出来上がるのは黒字に白蛇の刺繍だ!
まあ刺繍にも時間は掛かったらしいが、なんでも特殊な扱いの難しい糸を使って縫って下さったらしくそれでも時間が掛かっているらしい。
ミヌティティア様サービス精神旺盛すぎます。
天界では服が汚れる事は基本ないし、汚れたとしても神々が不思議なお力で浄化して下さるので正に一張羅という感じ。
なのでこれからはこれが俺の普段着。
服装自体が格好いいし、それに似合う顔になれたお陰で自分が着られているということで俺のテンションは毎日うなぎ上りである。
「おう、似合うじゃんクロ」
「サンキュー、エンリア」
自分が格好いいと思った服を似合うと言ってもらえることの喜びよ。
前の顔でこんなの着たら笑われてたな。
「そうだ」
思いついた俺はエソボンデス様の所へと赴き、こういうものが欲しいと絵を描いて伝える。
「変な形だな?」
「これが良いんですよ」
エソボンデス様に頼んで道具を貸してもらい、工房で作り上げたのは瓢箪である。
ちっちゃいのと大きいの二つを造って半羽織側の腰にぶら下げる。
「おおー……」
これだよこれ。着物キャラはやっぱ瓢箪を持ってるべきだよ。
でも着物キャラならあれも欲しいな……。
「エソボンデス様、エソボンデス様。私の世界でこういうものがありましてね?」
再び絵に描いてお願いだ。これは俺の技術では小さくてまだ技量が足りないと思うのでエソボンデス様に頼み込んでみる。
「ふむ。これぐらいなら造れるじゃろうが……クロは拘りが強いからの。儂が造ってもええのか?」
「う、確かに変な事に拘る奴ではありますが……私では技量が足りなくて……」
「ならばそうじゃな……まずは儂が造っておいて、いずれ自分で造るまでの間に合わせにするのはどうじゃ?」
「エソボンデス様の造られるものを間に合わせだなんて!」
思わず悲鳴のような声を上げてしまうが、エソボンデス様は楽しそうに笑いながら俺の肩をぽんぽんと叩いてからよいしょっと腰を上げた。
「どれ、地球の神々に造り方をまずは聞いて来ようかの。儂でも知らんものを一から造るのは骨が折れるでな」
そんなこんなで数日後、エソボンデス様から物が出来たと受け渡されたものを掲げる。
「うおおー……!」
俺に持ち上げられて頭上で存在感を放つのは煙管だ。
元々煙草は吸っていたし、天界に来てからは一度魂だけになった影響か吸いたいという中毒も消えていたのでここらで一新、違う吸い方にしてもいいと思った。
そうと思えば、着物キャラに合わせて煙管が良いだろう。
「とは言え、こちらの世界に煙草の葉っぱがあるかどうかですかねえ……」
「ふむ。そういうことならばエルミネンタスの奴に聞いてみればどうじゃ?」
「でも葉ですからフェイファラリア様では?」
「そこら辺は儂ゃ知らん。ほれ、これをやるからさっさと聞きに行ってこい。いつまでも工房に居られると邪魔じゃ」
そう言って追い出しつつも煙管用の携帯ケースを押し付けてくるエソボンデス様。わざわざケースまで造って下さったのか。
瓢箪を吊るす時に造った帯の留め具に同じく留められる造りになっていた。エソボンデス様も俺に甘いなあ……。
今日もいっぱい感謝しよう。
俺は天界での自室を与えられてから、一日の終わりに感謝の祈りを欠かしていないのだ。今日も一時間はお祈りするぞ!
エソボンデス様に物造りを教わり始めてから、天界で出会った神々の木像を彫っては部屋に増やし続けている。
常に感謝し見守って下さっている神々の木像に囲まれて毎日眠る。幸せである。いつだって親の腕の中のような安心感だ。
フェイファラリア様を呼んで、あまり自室から動き回らないエルミネンタス様の御許へ。
「というわけで地球の煙草みたいな葉っぱってないでしょうか? 近いものでもいいのですが……」
「……ダメ。クロが身体を壊すから教えない」
くっ、心配されて嬉しいのだが俺は煙草を吸いたい! 煙草の似合う格好いいダンディズムをまき散らしたい!
「確かに私もクロには身体を壊してほしくないわねえ」
「うぅ……」
神々に心配されてしまえば俺は何も言えなくなってしまう。ダンディズム……。
「あ、それならクロに丁度いい葉をつける植物があるわ。身体に害もないやつ」
「……そんなのあった?」
「それなりに数があるからリストにするわ」
言うとフェイファラリア様の手元にふわっと一枚の羊皮紙が現れる。
地球の神々とやり取りがあるんだから植物性の紙にしてもいいのになあ。こっちの世界にない物だから使いにくいんだろうか?
いや、でも羊皮紙より便利だと思うんだけどなあ。
「……なるほど。これならクロが吸ってもいい。許可する」
「エルミネンタスの許可が出たわよー」
「ありがとうございます!」
なんだろう。エルミネンタス様は俺のお父さんかお母さんだったのだろうか。息子に悪影響がある存在は排除! みたいな感じだ。
とにかくエルミネンタス様に許可をもらったので、フェイファラリア様に煙草に使える葉をお教えして頂き地上にGOである。
ついでだったので地上に一緒に飲みに行くって名目でエンリアを拉致って一緒に葉っぱを摘み摘み。
天界で吸うのは恐れ多すぎるので地上にいる内に一つ吸ってみ……火がない!?
なんか地上に降りたら着火道具とか見つけないとなー。魔法の道具とかでそういうの無いだろうか? 下手すりゃ火打石で煙管に火を点ける羽目になるぞ。
俺が魔法を使えれば話は早そうだ。
あれ? そういえばマールイング様が火の魔法のスキルくれるって前にちらっと言ってなかったか?
「エンリア、火」
「人間で天使を顎で使うのはお前だけだろうな……ほれ」
ぽっと人差し指の先に小さい火が灯るので、それに煙管の先を近付ける。
俺は恰好良いと思えばそれを調べまくったりしてたので、煙管の吸い方にも知識はある。動画まで見たもんね!
紙巻煙草みたいに火に直接つけちゃダメなので、少し離した所で火を吸い寄せて点けるのだ。あと煙をそのまま直ぐに肺に入れようと紙巻煙草と同じように吸っちゃうと口の中や喉を火傷してしまうらしいので、口の中に煙を貯め込んで口内で味わうか冷ますかしてからそのまま吹かすか肺に吸い込む。
うーん、煙草みたいなずっしりした感じじゃないな。まあ煙草の葉としての葉じゃないから仕方ない。なんか爽やかな感じだ。リンゴみたいなフルーツ系の風味が口の中に広がり、冷ましてから試しに肺に吸い込んでみれば吸ったって感じの重圧感? みたいなのも少しあるな。
あ、葉っぱの乾燥はエンリアに天使の力だか魔法の力だかでパパッとやってもらった。
ちなみに吸い終わって灰を落とす時に火鉢に煙管をカーンッと叩きつけたりはしない。あれ恰好いいんだけどなあ……。
そんなことをしたら煙管がお陀仏してしまう。
「ん?」
「どしたー?」
違和感に首を傾げた俺をエンリアがしゃがんだまま振り返って問う。
「お前こそしゃがみ込んでどうした?」
「地上に来たからついでに薬草採取。今日の飲み代の足し足し。そっちこそ、何かあったか?」
ああ、適当な薬草でも採って冒険者ギルドに売るつもりか。あそこはギルドに登録してない奴でも物があれば買い取ってくれるからな。
「なんか体に違和感あるんだよな……」
「ああ、そりゃペリントの葉のせいだな」
「今煙管で使ってる葉っぱか」
「お前、フェイファラリア様からどんな葉なのか聞いてないのか?」
「いや、煙管に使うならこういう形の葉を使いなさいって見本を見せられたぐらいかな……」
「あー……神々もクロがこっちの常識がないって事をもう少し考えてほしいよな」
「馬鹿野郎、神にそれ以上の不満を吐いてみろ」
その後どうなるか分かってんだろうな?
「わ、分かった分かった、そんな睨むなって。ただ俺が言いたいのは、もう少しこっちの常識も教えてあげましょうよってだけでだな……」
「なら陰口みたいな言い方するんじゃねえよ」
「まったくお前は……まあいいや。このペリントの葉はマナポーションの材料さ」
マナポーションというとファンタジーお馴染みの魔力が回復する飲み薬か!
「ポーションにする場合とは全然手順が違うから、抽出されるマナの形も変わるんだろうが……煙を吸っても魔力が回復してるんじゃないか?」
「へえ、なるほど」
煙が吸える上に魔力も回復するとか便利だな。
「じゃあ他にも俺みたいに吸う奴とかいるのかな?」
「いるわけないだろ……地球の煙草と同じようなのを吸ってる奴はいるが、それはそれ専用の葉だし、マナハーブとも呼ばれてる葉っぱを燃やして吸おうなんて奴はお前だけだ」
「だってエルミネンタス様が吸うならこれらじゃないとダメだって言うし……」
「はあ、まあいいや……どうする? このまま飲みに行くって話だが、薬草と一緒にペリントの葉も採取してくか? こっちのが高く売れるぞ」
「やだ。ペリントの葉は全部乾燥させて俺が吸う」
こんな感じで日々の喫煙道具と乾燥葉をゲットだぜ。
とまあ、俺が欲しいと思う物が大体は揃ったかな?
冒険者らしいシャツとズボンにブーツ、そして上着の半羽織。腰には大小の瓢箪と煙管。うん、良い!
こうなると周りに見せたいもので、色んな神様の下へと新制俺をお披露目にご挨拶。まあ、挨拶と言うか様子見というか、仕事を手伝いに行ったりとかそんな感じだが。
神々の反応はどれも好意的なものだった。
とは言え神々も前の不細工な俺でも愛して下さっていたので、単純に見た目が良いかどうかを仰って下さっているだけではあるけれども。
「エストリアス様、新しい服装と道具を造って頂きました。この新しい顔には合っているでしょうか?」
最後に最高神様にもお伺いだ!
「まあ! 素敵ですね、クロ!」
「いやあ……」
両手を叩いてぱあっと喜びを全面に出した笑みを向けて下さるものだからこちらも照れてしまう。
「どうせならば、その恰好でお出かけを致しましょう」
「え」
エストリアス様の拉致事件再びである。
気付けば手を繋いで地上のどっかの街の屋台通りを並んで歩いていた。あれー?
ま、まあ、エストリアス様はあまり自分から行動しないタイプではあるが、一度動き出すと意外と行動力が突き抜けてらっしゃるからな、こうなっても不思議はないかも知れない。
それにはびっくりしたわけだが、こうして実際の地上の人々の目に触れて反応を見れるのは助かるしな。
やはり珍しい恰好なのだろう、奇異の目を多少は向けられるが概ね悪い反応というわけでもない。
冒険者には奇抜な恰好をしている者が少なからずいるからな、言うなれば「なんだ、冒険者か」と言った感じの視線で最後には興味を持たれなくなる。
うん、悪目立ちする感じにはならなくて良かった。
エストリアス様、食べたかった屋台の串焼きが在庫切れだったからって頬を膨らまさないでください。
可愛いな畜生。
でもこれだけは言っておかなければならない。
「今回は早めに帰りますからね。地上に泊まるのは無しですよ」
「そんな……」
俺が注意するとしゅんとしてしまった。
だがまた地上で10年も過ごすのはご勘弁願いたい。だって俺はまだ産まれていないのだ。この世界に生を受けていないのだ。あまり干渉したくないし、するべきじゃないと思われる。
「クロは、そんなに私と一緒に居たくないのですか……?」
「う……っ!」
俺は震える声でなんとか絞り出す。
「……一週間。それ以上はダメ、です……!」
「ありがとう、クロ!」
物凄く嬉しそうな笑顔であった。
どうだ人々よ。我らの最高神は可愛いであろう。
今度はわがままを言う事もなく、一週間ほど宿屋に泊まって天界へとご帰還して下さった。助かったね。
「それじゃあ自分は何か仕事をしてきます」
「はい、またねクロ」
最高神様とお別れして仕事を探す。
天界のお仕事は別に決まっているわけでもないし、人間の俺は割り振られた仕事なんてないから周りを見て回って手伝いが必要そうな所を手伝うという感じだ。
今日は誰を手伝おうかな?
自分の物造りを手伝ってもらったので、今度は俺が手伝おうと思い立ちエソボンデス様の工房へ。
工房の手伝いは大変だ。鍛冶仕事だってあるし、めっちゃ暑い。
それに確実と言っていいほどに数日は工房に缶詰めにされてしまう。
「エソボンデス様、出来ました。どうです?」
「んー……まだまだ甘いがこれぐらいならええじゃろ」
技術が要る物造りってのはどれもこれも職人の世界だ。簡単に褒められるなんて事はないし、上手く出来たとしても更に上を目指さなくちゃいけなくて終わりがない。
スキルカスタムだって同じだよな。俺は職人気質だったのかもしれないな。
俺はあまり長い刃物ってのは人を傷付ける道具に見えてしまって、どうにも苦手である。でも今造っているのは他の神に頼まれた剣だったりする。
造るのは良いけど自分で振りたくはない。
50年も生きてりゃ人間色々ある。
実を言うと、前世で俺も刺された事があったりする。運良く生き残れはしたが……あの時は死を覚悟した。
あれがオヤジ狩りってやつだったんだろうか?
不細工な俺が若者に目を付けられて、一方的で理不尽な暴力と要求を受けたわけだ。周りも関わりたくないのか無関心、そのまま複数人に裏路地に連れてかれて……とお決まりな感じのパターンでやられたわけだ。
そこで素直に財布でも渡せば平和に終わったのかも知れないが、俺は恰好付ける為に見栄を張って人助けをするような男だ。つい説教交じりに身の上話を聞こうとしてしまったのが悪かった。
俺も微力ながら力になる、なんて言ってみたものの結果は相手が逆上してブスリだ。
幸い、刺した後で怖くなったのか若者は逃げて行ったし俺自身も直ぐ他の人に発見されたので幸い命は残ったわけで。
それ以来、刃物はダメだなあ……。
スサノオ様が持ってきた剣とか絶対いらなかった。
刺された恐怖を知ってる俺が他人を刺せるわけがないのだ。
悪人に対してなら別とも思うがな。実際、棒術ではあるが地上にいる時に狩りもしたし、魔物や動物を倒してギルドに売ってたわけだしな。
あれ? 魔物は人を襲うから悪人と言っても良いかもだが、動物は違うな? となると、命を奪うのが嫌なんじゃなくて刃物がトラウマなだけなんだろうか。
さて、そんなこんなで工房に籠ったり他の仕事を手伝ったりスキルカスタムで楽しんだりとしているうちに天界に来て60年が経った。
「早いなあ……」
毎朝の部屋の神々の木像に祈った後に呟く。
天界での日々は本当に楽しくて仕方がない。
地球に居た頃みたいな見た目だけで差別する者がいない。仕事を手伝えば正当に技術だけを見て評価してくれるし、成果を残せばそれだけ周りが必要としてくれる。
理不尽が何一つない日々というのは尊いものである。
それはそれとして、60年も天界の仕事に関わって来た。
最初はやっぱり人間だし信用できる者ってわけでもなかったので簡単な仕事だけだった。
それでも日々続けて行けば仕事に対しての信用を得てゆくわけで、今ではスキルカスタムなんて重要な仕事も任せてもらえている。
そして重要な仕事も見れるようになったからこそ、その仕事に対しての意見が言えるようになった。
やはり神々は神々なのだと実感する部分がある。
それは、いくら地上を見守っていても人間のような働き方は一切しないということだ。
当たり前である。人間が狼の狩りを見て「おお、前足で押さえ付けて喉笛を噛みちぎるのはいいな。同じことをしよう」なんて言わないのである。
というわけで地球産の俺という異物の知識を以て神々の仕事の無駄な部分と効率化するにはどうするかを考えてみた。
別に今のままでも十分に回っているし、神々の仕事に口出しするなんてどえらい不敬ではあるのだが、それはそれ、これはこれ。
会社員だった者にすれば仕事の効率化というのは、もはや生態に近いのだ。
やらねばならぬ!
というわけで神々1柱1柱に付きっ切りの期間をそれぞれ設け、それぞれの仕事をじっくり観察したり教えてもらう。
そして得た知識と前世の知識で以てして、その仕事に対する無駄な部分を切り捨て効率化をするに当たって何が必要か、どうやっていくかを計画書として羊皮紙に書き込んでいく。
計画書が完成したら、その仕事の神様にそれを提出し一緒になって仕事を効率化する。
これで神様にも更に休める時間が出来るぞ!
神々の仕事というのは見守る事だ。下手をすれば何かが起きた時だけ見守ればいい。
でも実際は、自分の管轄するものを常に見ていらっしゃるそうだ。
以前に紹介した泉があるが、あれは実は主に天使が見るものであって神々はあまり見ない。何故ならその神が管轄するものは常にその神と結びついているからわざわざ目で見る必要がないわけで。
フェイファラリア様であれば森で異変が起きれば即座に察知する。
でもそれは疲れる。神様だって何も考えない時間が必要だ。
異変に気付けば毎回見る、これは疲れる。だって異変が起きて毎回気付きはするが、それがちょっと手出ししなきゃいけないか完全に放っておいて良いものか、見なければ分からないから。
ならば見ずに分かるようにしておきましょうという提案だ。
泉は地上で何か起これば水が噴き出す、この仕様を各神様の司るものに適応してしまおうというお話である。あとはチェックシートを作って、毎日一時間だけでもいいからこのシートのチェックを埋めれば仕事が完了、というところまで持って行く。
人間の仕事と違ってやることが多いわけではない神様の仕事だからこそチェックシートで済むだけなので、仕事の効率化したからってこんな風になるとは絶対に勘違いしないように。
この仕組み作りに10年掛けて、天界で過ごしたのは70年目。
仕事の効率化にこんなに時間掛かるなんておかしいだろ? 魔法みたいな神様の不思議パワーでシステムを構築しているので、下手すりゃ地上の仕事の効率化より早いかも知れんのだが、そこは神様同士の相性が関係してきたりする。
分かりやすいところでいくとハルフィリエット様とマールイング様だ。お二方は水と火の神なので相性が悪い。まあ、性格的にも相性悪いんだけど……。
でも今回作ったシステムは、全神の神経みたいなものを繋げて作っているから、相性の悪い神々がいっぱい混ざっている状態だったのだ。
それの改善が本当に時間が掛かった。疲れたよ……。
でもお陰で、神々は基本起きてからチェックシートを確認しながら作業すればそれ以外は自由。異変がある時は、神々が放置していいものは何も知らせがなく神々が見なくちゃいけないものはアラートが鳴る魔法的システムが完成。
このシステムなあ……本当に苦労したなあ。
多分神々の中で一番苦労したのはエストリアス様かも知れない。
なんせ全ての神々に関わるシステムを作るとなると、全ての神様を統括している最高神であるエストリアス様以外に居ないからだ。
お陰でこの10年は一緒に行動する事ばかりであった。
でもエストリアス様と一緒に居ても常に楽しそうにしてたんだよなあ……最高神様ともなれば疲れることなどないのだろうか?
地上の各地に神の目と呼ばれる監視システムを置いて……置くってのも語弊があるのかな? 形があるものじゃないし、空に浮いてる力の塊みたいなものだしな。
まあ、ともかくこの神の目ってものに地球で言う思考回路……AIみたいなものを搭載してある。これは神に報告するべきって基準を搭載して、その判断をそれに任せてしまうので神々は本当に何かが起きた時だけ対応すれば良くなった。
残念ながらスキルシステムだけはどうしようもないが……人間と魔族が10歳になった時、魔物が一定期間生き残った時にスキルを与えるのは天界が行うしかないからな。それにスキルカスタムだって自動化出来るようなもんじゃないし、こればっかりは効率化とかない。
10年掛かりの大仕事が終わったって事で煙管で一服。ぷかぷかりってね。
そういえばこの10年の間に天界での喫煙も許してもらったのだ。まあ、恐れ多いので自室でしか吸った事はないのだが。
自室と言えば、転生前に留まって勝手に仕事手伝ってるだけの人間に部屋を与えるってだけでも神々の優しさが沁み渡るようだよなあ……最初なんか部屋どころか天界に家一軒用意されそうになったから大慌てで全力で遠慮したものだ。
だって天界の家って家って言うより神殿なんだぜ……?
各神々の神殿の中に一つだけ人間の神殿……意味が分からない!
俺が与えられた部屋は天使達が使っている神殿のうちの一つの中にある倉庫に使われていた部屋を間借りさせていただいている感じだ。
そういえば、俺が吸ってるペリントの葉だけど、後で聞いた話だと今はペリントの葉ってより別名のマナハーブって呼ぶ方が主流らしいね。
今時ペリントの葉って呼ぶのは実際にマナポーションを造ってる錬金術師とかぐらいなもんなんだって。
しかし、どうしたもんかな。
10年掛かりで天界のシステムを一つ構築したのは良いが、それのお陰で俺が手伝える仕事も大幅に減ってしまった。
各神様の神殿周りを歩き回ってみても仕事をしている天使や神々をあまり見かけなくなってしまったのだ。
井戸端会議みたいなことしてる天使や神々は前より多く見かけるようになったけど。
こうなると俺が天界に居付いている意味がなくなってくる。
神々への感謝の気持ちで仕事を手伝っていたのに、その仕事が激減してしまった。
いや、俺が仕事を効率化したせいなんだけどさ。
うーむ……。
「……ま、いいか」
うん、考えても仕方がない。
そもそも俺は神々への感謝の気持ちを伝えたくて、少しでも報いたくて仕事を手伝っていただけである。仕事が減ったのなら、他の方法に切り替えれば良いだけのこと。
感謝を示す事に、それが仕事という形でなければならない道理などないのだから。
仕事に関しては、日々行う事は毎日チェックシートを確認して頂ければ最低限で済むようにした。突発的なものは神の目を設置して必要な時だけ動けるようにして、神々が常に地上と繋がっているという負担も減らした。
これで神々の自由時間はかなり確保できただろう。
流石にスキルシステムばかりは手を加えられないので、そこは頑張って頂くしかないが……天界に居る間は俺も率先してカスタムするし、ていうかしたいし。
というわけで仕事の方は一段落。次に感謝を示すとすれば、神々の個人的な趣味などに付き合ったり手伝いだろう。あとは行動で示そう。お茶を差し入れたりだとか、そんな感じで。
そして、そうなってくるとそろそろ自分が地上に行く事も念頭に置くべきか。
メルイテンス様との稽古、エソボンデス様から物造りの指導、エルミネンタス様から様々な知識を教えてもらい、フェイファラリア様から植物の事を学ぶ。
それらの事を今まで以上に取り組んでみるのも良いかもしれない。
だが、地上に行きたくないという気持ちも、正直ある。
エストリアス様を始め、この世界の神々とは顔を合わせられなくなったとしても協会に行けば神託などで話せるかも知れないが……アマテラス様達にはもう会えなくなるんだろうな……。
正直、寂しい……。
だが俺は生まれ変わる為にこの世界、ミリトリアへ来た。
そして、その生まれ変わりは顔面偏差値のせいで被った俺の不幸に対する神々の救済措置なのだ。そのご厚意を無駄にするなんて事は俺には出来ない。
もっとも、俺自身は天界に招かれ神々に出会えた時点で既に救われているのだが……新しく与えられた人生を無駄にするつもりもないのだから。