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2.天界での日々

 転生よりも手伝いを! と、ある意味では不敬な申し出を神にしたのだが、なんと神々はこれを快諾して下さった。


 世界を管理なんていう大仕事だ。かなり忙しいと思っており、下働きなんてそれこそ寝るまで休憩時間も惜しい感じになるだろうと思っていたのだが事実そんな事はなく、管理というよりも見守る、といった形が正確だったらしい。


 しかし世界が違えば常識も違うもので、地球とは違いこちらの神々は世界に干渉することもそれなりにあるようだ。

 簡単な例を挙げれば、気に入った、試練を突破した、偉業を成した人物に加護を与えたりなど。


 1年目は簡単な手伝いをしながら、こちらの世界ミリトリアの常識や成り立ちを勉強していた気がする。


 この世界は所謂、剣と魔法のファンタジーな世界であり、種族(しゅぞく)としては人間を始めゲームや物語に出てくるお馴染みのエルフ、ドワーフ、獣人なんかが居て、魔族なんてものも居るそうだ。ちなみに魔族と魔物は別物らしい。

 スキルというものがあり、良いものを得られれば出世や大成するに大いなるアドバンテージがあるそうな。

 10歳になると神殿にて祝福を受けスキルを授けられるらしく、その祝福の際に10歳になるまでに過ごしてきた態度や生活によって与えられるスキルが変動するとの事。ここで良いスキルを得られれば親が一番に喜ぶとか。我が子の将来が安泰(あんたい)するのだ、それは喜ぶだろうな。


 異世界に転生する小説こそ後輩に勧められて読んだものだが、元からゲームは好きでこの歳になっても休日の楽しみにしていた。そういった知識があるので受け入れやすかったのは助かった。


 俺は満足するまで手伝いをすれば、この世界に新しく生を受ける。


 さて、そんな魔物が居る世界なので戦いは多い。


 別に生まれてからやらなければならないという事もない。折角、この天界に居て魂だけとは言え五感も十分にあるのだ。2年目からは戦神であるメルイテンス様に稽古をつけてもらうことにした。


「刃物は嫌か?」


「嫌とまでは言いませんが、苦手かもしれません。平和な国で育ったせいか……そうだ、棒術とかはどうでしょう?」


「無論、戦神である俺は各々(おのおの)の武器に通じている。クロがそれで良いのならば、棒術を集中して鍛えてやろう」

 

 そう言えばつい先日、地球の神々が遊びに来た。こちらの神々はもっと後に来ると思っていたらしいのだが、地球の神々は早く俺の顔を直接見たかったと言ってくださった。嬉しい限りだ。

 もちろん感謝の気持ちを伝え、あちらの神々にも敬意に対する感謝を頂いてしまった。本当にありがたい。

 その時の事なのだが、地球の神々は俺の事を長年見守ってくれていたので、俺に馴染み深い黒という愛称で呼ぶものだから、周りの神々の話では俺のことを大層気に入って下さっているらしいエストリアス様が張り合うように俺の事をクロと呼び出してから、こちらの神々の中でも俺の呼び名がクロで定着したようだ。


「申し訳ありません。私の情けなさで選択肢が狭まってしまい……」


「何を言う。確かに棒術や杖術(じょうじゅつ)は殺傷力は低いが、何かと応用の利く武器には違いない。そしてこれに限った事ではなく、一つの武を極めれば他の武器に対してもそれなりに扱えるものだ。無論、その武器を常に使う者に比べればかなり劣ってはしまうが」


 それからは日々に稽古の時間が追加された。


 これに対しても多大なる感謝を。何せ師は戦神、恐らく世界最強の武人なのだから習う上でこれ以上ない師である。


 3年目になると、ようやく稽古をした後も動き回れるようになってきた。

 今の俺は魂だけの存在だと思うのだが、稽古した後はしっかりと疲れる。どうなっているのだろう? 精神的に疲れれば魂に影響するのだろうか?


 5年も経てば俺の棒術も様になってきた気がする。

 そう言ってみれば、まだまだ甘いと稽古を厳しくされてしまった。猛省だ。


 10年経つと、エソボンデス様の作業を見学している時にやってみるかと言われて生まれて初めて鍛冶とやらに挑戦してみた。これは難しい!

 エソボンデス様は鍛冶だけでなく正確には物造りの神であったらしく、小物や家具やら色々な作り方を教えて下さった。


 20年目には神々も俺とかなり親しくして下さるようになり、最初に出会った5柱の神々だけでなく他の神々も友好的な態度を取って下さるように。

 そのうちにハルフィリエット様……ハルフィ様が言った。愛称で呼ばないと拗ねるようになっていたので、いい加減に観念して愛称で呼ぶ事を許していただいた。


「地上に遊びに行こうよ」


 いやいや、この世界では神が世界に干渉することもあるのだから、人知られず遊ぶとはいかないだろう。大騒ぎになりませんか?


「大丈夫、大丈夫。僕だってこれでも神だよ? 姿を変えるぐらいわけないさ」


 そう言って地上に遊びに連れて行かれた。

 まだ俺は生まれ変わっていない筈なのに良いのだろうか……というか、なんで地上に降りられる体があるんだ、俺?


 そして観光でもしたり食べ歩きをしたりするのかと思えば、ハルフィ様はなんと女性と見れば粉をかけてばかり。ナンパしに来たんですか? さすがは愛の神である。

 俺を置き去りにして大勢の女性と夜の街に消えて行ったのには流石に参ってしまった。俺、宿に泊まるお金とかありませんよ?


「まったく……こんな事になっているんじゃないかと見に来て正解でした」


「エストリアス様……!」


 迎えに来て下さった彼女は正に救いの女神であった。


「代わりに今度、私ともデートして下さいね」


「え”」


 神とデートなんて恐れ多すぎる!


 先日、俺がハルフィ様と遊びに行ったのが天界中に広まってしまったようだ……メルイテンス様は稽古を休んでまで俺を闘技場観戦に連れて行くし、エソボンデス様はドワーフを産む時に基になったのは儂だぞとドワーフの里にそのままの姿で降臨して大騒ぎになるし、ハルフィ様は不細工な俺が横にいて自分を引き立てる事に味を占めたのかしょっちゅう俺を連れ回して置き去りにするのがお馴染みのパターンになるし、アルデリア様は狩り競争しよう! と俺を森に連れて行き、俺が棒で敵を倒そうとする度に弓矢で遠方から獲物(えもの)を横取りするし――彼女は意地悪だ!


 ちなみにエストリアス様とのデートだが中々行けなかった。この4柱以外の様々な神々もせっせと雑用をする俺を好ましく思って下さっているらしく、色々と連れまわされるのだ。地上だけでなく天界でお茶会とか酒盛りとかもあるし。


 まあ、楽しいんだが。


 酒の神ニルニン様とは、これがいいあれがいい、と酒やつまみの話で盛り上がった。

 森の神フェイファラリア様は薬草の種類や香草の種類を教えてくれるし、どういった植物がどう使えるか、どう育つか、どう見分けるかなど色々と為になることを教えてくれる。

 火の神マールイング様とはエソボンデス様の鍛冶を習っている時に大体は鍛冶場にいつも居るので仲良くなれた。ハルフィ様と仲悪いんだよなあ……やっぱり司っているのが火と水だから?

 そうだ、知識の神エルミネンタス様がいて生まれ変わる際に1つ、スキルをくれる事を約束してくれた。鑑定スキルだそうだ。地球の異世界に転生する小説では定番なものらしい。そうか、ゲームだと鑑定も何も最初から説明文があるものな……。なにか普通の鑑定スキルとは別のものらしいが、どんなものなのだろう?


 で、遊びに連れて行くブームが去ったと思えばエルミネンタス様が下さったスキルが発端になって、次は俺に対するスキルの授与合戦に発展してしまった。

 おかしい。

 確か普通は10歳にもらえるスキルは2個か3個が普通で多くて5個ぐらいだった筈だ。

 集まった神々が20柱ぐらい居るのだが。

 エルミネンタス様、先にスキルを授ける約束したからってふんぞり返ってドヤ顔はどうかと思います。


「ふふん、スキルなんぞを与える程度とは悲しい奴らじゃ。儂なんぞ、クロには一度身につけば一生使える物造りの技術を教えとるんじゃぞ。スキルなんぞ使わなければ持ち腐れじゃが、技術は一生モンじゃ」


 あー、エソボンデス様、そんな(あお)るような事を言うと……。


「なに!? じゃあ俺は酒造りを!」


「ならば私は世界樹の苗を……!」


「俺のスキルはいるよな? なあ? 火の魔法が使えるんだぞ? いつだって使うよな?」


「……私はスキルと知識、両方与える」


 うわぁ、なんでそんなマウント取りに行くんだ。エルミネンタス様すっごい睨まれてますよ?


 そんな事が続いて30年目。エストリアス様が我慢の限界を超えた。

 デートに行ってくれと言われはしたが、エストリアス様は自分から行動しないタイプなので周りのアクティブな神々が俺を連れ回し続けたせいで10年も過ぎてしまった。神からすれば10年なんて短いのだろうが、それでも我慢が続かなくなってしまったようだ。

 それはそうだ、自分とは先に約束していた筈なのに俺は他の神に連れ回されて楽しそうにしているのだから。


 俺が先に約束があると断れば良かったのだろうが、神とデートなどと不敬過ぎると思ってしまった事、エストリアス様から行きたい時に言ってくれるだろうと相手任せにしていた事、他の神々に断りを入れる事も恐れ多かった事、色々と重なってしまい待たせすぎてしまった。


 それでどうなったかと言えば、エストリアス様と地上に居る俺を見てもらえば分かるだろう。


 強制連行というか拉致られた。


 しかも地上に降りてもう一月は経つ。


「今日は上手に出来ましたよ」


 ふわりと微笑みエストリアス様がテーブルに食事を並べてくれる。

 恐ろしい、ただひたすら恐ろしい。恐れ多すぎる。神が俺の食事を用意しているとか、これは新手の拷問だろうか? 申し訳なさで穴に入るどころか裏側まで突き抜けそうである……!


 エストリアス様は俺を拉致ってデートを強行。買い物をして買い食いをして……そういえばお金はどこから? え、協会へのお布施? 協会の人が困って……え、手紙は置いておいた? 泥棒が挑発してるとしか思われないんじゃあ……あ、度々やってるから協会もまたか、程度にしか思わない? そうですか。


 まあ、とりあえずデートを強行した後にエストリアス様は神の力で街の郊外に一瞬で家を作ってしまった。神なのにシンプルな木造のそれほど広いわけでもない家は、エストリアス様の人柄を表しているかのようである。

 そして、そこで一月一緒に暮らしているわけだが……何故、俺は神と新婚生活のようなものをしているのだろう……?


「今日もおいしいです」


 微笑んで食事の感想を本心から伝えればエストリアス様はまるで乙女のように頬を微かに染めて微笑んで下さる。勘違いしそうになるのですが? 神相手に恐れ多いとは言え、エストリアス様は自分の容姿や性格の良さを少しは自覚してほしい。


 一緒に暮らしていて余計にそう思った。


 なんというか……神なのに本当に甲斐甲斐しい方なのだ。

 食事を始め、炊事洗濯掃除、俺がやると言っても断られてしまうし、横取りしてやろうとしても俺より先にしてしまっている事が多い。

 最初はデートの延長なのかと思ったが、買い出しに街中に行く時には毎回俺の腕を抱いて着いて静々と歩くし……何これえ!? しかも神なのに八百屋に値切りまでする始末。若奥様にしか見えない……! 毎回、店員や店主の「え、これが旦那さん?」みたいな視線が居た堪れない……不細工でごめん……ッ!


 そして神々はやはり時間に対して寛容なのだろう。それはそうだ、寿命なんてないだろうし。なので数年経ってもエストリアス様を怒りに来る神も迎えに来る神も来ない……3年過ぎた辺りから「これもう新婚ごっこどころか夫婦ごっこじゃない? むしろ3年も経てば本物の夫婦なのでは……?」とか思い始めてしまった。


 ちなみに途中から協会からエストリアス様が持ち出したお金が尽きたので、お金を稼がないといけなくなった。

 エストリアス様はまた協会から分けてもらえばいいと言うが、それは申し訳なさすぎるし可哀想なので自分で稼ぐ。

 後輩の近江が言ってた異世界転生ものの定番、何でも屋のような冒険者ギルドというものもあるが、取り合えずまだ生まれ変わっていない俺は登録するのも不味い気がしたので、近場の森で動物や魔物をメルイテンス様に教わった棒術で狩り、それを持ち込むだけにしている。

 登録していない者でも素材や魔物の買い取り自体はやっていたので、ギルドとは何と融通(ゆうづう)()く場所だろうか。

 そしてこの世界にもゲームでも定番のポーションがある! エルミネンタス様に錬金術も教えてもらっていたので、森で狩りをするついでに覚えていた薬草類を採取してはポーション等を作って薬屋やギルドに売ったりもした。


 あ、魔物や動物の解体はアルデリア様に地上に連れて行かれた時に仕込まれている。


 今日も獲物をギルドに売り払い、自分達の食べる分を確保して帰るところだ。


「ただいま帰りました」


「おかえりなさいませ。今日もお疲れ様でした」


 俺が入ると直ぐにパタパタと駆け寄ってくるエプロン姿のエストリアス様。玄関に置いてあるハタキで俺の体の埃を払って下さり、俺から受け取った肉をキッチンの床下収納に持って行くと直ぐにお茶を淹れて持ってきて下さる。


「いつもすみません」


「良いんですよ。クロは私達の為に外で働いているのですから」


 ……そろそろ切り出そう。


「エストリアス様」


「はい?」


「――そろそろ帰りませんか?」


「あら、もう帰って来ているじゃありませんか」


「そうではなく、天界にです! 他の方もきっと心配していますよ!?」


 俺が言うと、エストリアス様は可愛らしく頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。


「だって……皆さん、クロを誰も彼も独り占めしようとするんですもの」


 そうかあ……? 独り占めというより、時間が合えば早いもの勝ちで遊びに連れて行かれているだけだと思うが……。


 しかしまあ、皆様の話を聞くとエストリアス様が俺を一番気に入っているらしいし……地球での茶会からずっと俺を見守っていたから、俺が子供で自分は母親みたいな心境なのかも知れないな。なんとも可愛らしすぎる母ではあるが……というか、今はどう見ても奥さん……。


「……もうちょっとぐらい良いじゃないですか」


 唇を少し尖らせるような表情で上目遣いとか、あなた俺はただの人間、それも神の造形に比べたらおぞましいほどの不細工ですよ? よく俺なんか相手にそういう表情と対応できますね。


「……分かりました。エストリアス様があと少しで満足するのであれば」


 とは言え幼少から感謝し続けた神には俺も強く出られないというか甘いというか……いや、最近では皆様が仲良くして下さってるから軽口も言えるようになってきたが、本来なら甘い、なんて台詞を言うこと自体おこがましいのだが。


 こんな生活が続き、他の神々が迎えに来る時にはなんと10年も経っていた。


 いや、熟年の夫婦じゃないか、これ!?


 40年目、俺は男神達に拉致られて尋問のようなものを受けていた。いや、尋問というか……流石はエストリアス様、男神達の憧れであり大人気らしい。一緒の生活はどうだったかと根掘り葉掘り聞かれてしまう。


 人間でしかない俺相手に何を焦っているのですか、と呆れながらも普通に生活していただけだとその様子を語って聞かせる。

 皆様(うらや)ましそうであった。

 でも良く考えて下さい。恐らく俺の基準で生活させて下さっていたから、あれはあくまでも人間の暮らし方であって、貴方方神々はあんな生活の仕方ではなく全く違うのでは? 俺も彼女とそんな生活する! とか言ってますが、神々同士ではあんな生活は出来ないかと……。


 それからは暫くこの件で俺とエストリアス様がからかわれたり、エストリアス様へのデートや結婚の申し込みが増えた。

 ちなみにからかわれた時の赤くなって顔を押さえて走り去ってしまうエストリアス様は中々に可愛らしい。


「お? おーい、エンリアー」


「おう、クロ。どした?」


「その本、持つの手伝うぞ。前見えないだろ、それ」


「あー、助かる」


 こいつは友人の天使、エンリア。神々と同じく超美形である。羨ましいな。

 神々とは流石に友人と名乗れないが、天使の中には俺も結構な数の友人がいる。何十年も天界で暮らせばそうだろう。何せ同じような雑用をしていて顔を合わせる事が多いんだから。


「今度地上に飲みに行く?」


「いいね。どっか新しいとこ見つけたか?」


「いや、前に行ったフラウ酒場にまた行きたいな。あそこのメルマン貝焼きが忘れらんなくてなあ……また食べたい」


「じゃあまた行くか」


「ああ、クロが他の神々に拉致られてない時にな」


 とまあ、こんな感じの気やすい関係を作っている。

 天界の神々や天使達はあまり俺の見た目を気にしないから、仲良くしやすい。地球に居た時と同じように困った時に助けているのもあるだろうが、それにしたって地球の時より仲良くなれるのが早いのだ。


 こうして40年目は10年も仕事をサボってしまったので、それを取り返そうと他の天使の仕事も率先して手伝いまくった。天界では眠気もこないし腹も減らないので正に24時間働ける。


 ちなみにこちらの世界も1日24時間で、12の月で1年だ。前々から地球の神々と付き合いがあるみたいなので、参考にし合ったりしたのかも知れないな。


 そんなこんなで50年目……いや、正確には52年目。

 いよいよ前世で過ごした年齢と同じ年数を天界で過ごした。

 時が過ぎるのが早いと思える歳まで生きて、その歳のまま天界で過ごしたせいか本当にあっという間だった気がしてしまう。

 ちなみに心はいつでも童心を忘れないを信条にしているので口調はこの歳でも若い方なつもりである。


 ん? となると俺は100歳超えということでいいのか? だが肉体は死んだ後だから52歳のままなのだろうか? そもそも年齢とは肉体を指しているのか精神を指しているのか……何か深淵(しんえん)に触れてしまった気分だ。


 そんな話を笑いながら、最初に俺を迎えに来て下さった今では一番仲の良い5柱の神々に話してみれば、こんな事を言い出した。


「同じ体で2倍過ごしたんだから、そろそろ次の世界での体に()れてもいいんじゃないかい?」


「あら、それは良いわね」


「確かに。このまま棒術の訓練をしていても、新しい体になった最初は体の動かし方も違って戸惑うだろう。今のうちに変えてしまうか」


 なんて事を言い出してらっしゃるのだが……俺としては色々と疑問がある。

 この体で地上に何度も遊びに連れて行かれたし、10年生活した事もある。死んでるんだから今は肉体が無いはずじゃあ……。

 新しい体も何も、今は魂だけのはずでは?

 それに生まれる前に天界で肉体を与えたら不味いんじゃ……?


「ああ、最初に地上に遊びに行った時に仮の肉体はちゃんと僕が与えておいたから、今は魂だけじゃないんだよ」


 ハルフィ様、そういう事は事前にちゃんと報告というか教えておいて下さい。無駄に数十年悩んだんですが。


「どんな姿がいいとか希望あるー? 今のままでもいいよ?」


 アルデリア様……俺が自分の容姿嫌いだってもう知ってらっしゃいますよね?


「まあ新しい体に慣れておくのは確かに必要じゃろうな。こちらの姿で慣れすぎると転生した際に見分けが付かんくなる可能性もあるしの」


「……もしかして、新しい姿にするのって私の為じゃなくて皆様方が私の新しい姿を覚える為だったりします?」


 俺の質問に4柱の神々がそっぽを向いた。

 しかし、エストリアス様だけは堂々としていらっしゃる。


「私はどのような姿になってもクロの魂でしたら直ぐに分かります」


 どれだけ俺の事を気に入って下さっているのだろうか、感謝に耐えない。


「新しい姿の希望は、そうですね……折角のファンタジーな世界なんですから、洋画に出てくるような海外のスターなんかみたいな見た目になってみたいですね。今と同じ年齢と仮定して、無精髭(ぶしょうひげ)が似合うようなくすんだ金髪のイケおじになりたい……」


「ふんふん。じゃあ、クロに理想の顔を想像してもらってそれをライアゲニアに覗かせるけど……頭の中を見られるのって平気?」


 ライアゲニア様は生命の神だ。恐らく俺の新しい身体をライアゲニア様が用意して下さるのだろう。


「はい。神々に隠し事があるわけもありませんし、記憶なんかを覗かれるのは全然平気ですよ。そもそも神相手に隠せるとも最初から思っていませんし」


 そんなこんなで俺の新しい顔が決まり、ライアゲニア様に会いに行く事に。


「え、もう新しい身体を用意するの?」


「このまま天界で修業を付けるのなら新しい肉体にも慣れる必要があるからな」


「あとは新しい姿のクロを儂らも覚えねばなるまい」


「分かったわ。じゃあ、どんな姿がいいの?」


「えっと、理想像があるので頭の中を覗いてもらってもよろしいでしょうか?」


「良いわよー。じゃあちょっと失礼……なるほど。理想像と言っても一部以外は曖昧なのね。無精髭は絶対なの?」


「ええ、自分の中では無精髭が似合うイケてるおじ様になりたくてですね……!」


 これだけは外せない! 整った顔に()えて少しだらしない無精髭を生やしたBARで酒を飲むのが似合うおっさんになりたいのだ……!


「じゃあ埋まってない所はあなたの希望を取り入れながら私の方でやっちゃっても……?」


「是非! 神に自分に似合うと思う顔を用意してもらえるなど私に取っては祝福以外の何ものでもありません!」


「ふふ、クロの感謝はいつでも気持ちいいわね。ちゃんとあなたの性格にも似合った姿にするから安心して。数日ちょうだいね」


「何年でも待ちます!」


 どんな姿になるのだろう。俺の希望もちゃんと入れてくれるらしいから楽しみだなあ!


 それから数日後。本当に数日で用意できたとライアゲニア様に呼び出されたので行ってみる。


「じゃあ生まれ変わって来るぜ!」


「おう、行って来い!」


 一緒に大浴場の掃除をしていたエンリアに言ってうきうき気分でライアゲニア様の部屋に行く。


 こんなにわくわくしたのは子供の時以来じゃないか?


「ライアゲニア様、呼ばれて参りました。クロです」


「ああ、クロ。早速来てくれたのね。早速あなたの身体を作り替えるけれど今からでも大丈夫?」


「はい! サクッとやってしまって下さい!」


「じゃあ意識を失ってしまうから、そこのベッドに横になって目を閉じて」


「かしこまりま――これいつもライアゲニア様が寝ていらっしゃるベッドじゃないですか!? 簡単に男を自分のベッドに寝かせるものじゃないですよ!?」


 慌てる俺を気にも留めずライアゲニア様はくすくすと笑う。


「クロなら気にしないわよ。他の男神には使わせたくないけどね。それとも何か如何(いかが)わしい想像したり、何かするつもり?」


「滅相もない!」


「そんなクロだから安心して使わせるのよ。わざわざ新しいの用意するが面倒なのもあるけど」


 ええ……面倒も何も、神である貴方方は手を一振りするだけで大抵の物が用意できるじゃないですか……。


「さ、早く早く」


「ちょ、ちょっと、分かりましたからっ」


 逡巡してる俺など意にも介さず背を押してベッドにおいやられる。

 仕方ないので覚悟を決めて仰向けにベッドに横になって目を閉じた。


「じゃあ行くわよー」


 その声が聞こえたすぐ後、俺は本当に意識を失った。




 ◇◆◇◆◇




「……終わりました?」


 意識が浮上してすぐに目を開けて第一声で問いかける。


「ええ、無事に終了したわよ。そちらに姿見があるから見てみるといいわ」


 ベッドから降りて恐る恐る鏡を覗き込む。


「お、おお……!」


 注文通りのくすんだ金髪は後ろ髪がうなじを隠し肩に付くか付かないかぐらいの長さ。目は緑で正に金髪碧眼。顔は海外スターのように彫りの深い顔で、この世界ミリトリアの住民達もそっち系の顔だったから転生しても違和感なく過ごせるだろう。

 顔は少し緩い感じかな……? 緩いというか、精悍な顔立ちの中に優しさがあるというか、人を安心させるようなおっさんみがある……! 何を言ってるんだ俺は?


 そして念願の無精髭ッ!


 注文通りだ! 最高だ! まるで無精髭を生やした〇ラッド・〇ットのようだ!


 でも一つだけ疑問がある。


「あの、ライアゲニア様……?」


「なにー?」


「耳が長くて尖ってるのですが……」


「あ、うん、それね。クロは子供時代からやり直すより同じ年齢からスタートしたいって言ってたでしょ? でも、クロはいっぱいここで働いてくれてるから私も何かしてあげたくてね。52歳から生まれ変わっても身体能力も衰えてなくて、ミリトリアでいっぱい楽しめるようにって思ってエルフにしたわ」


「いや、でも私の中だとエルフって美形で髭が生えた人がいないイメージがあるのですが……」


「あはは、エルフは確かに長寿だけれどちゃんと寿命で死ぬ者はいるし、それまでにはおじさんにもおじいさんにもなるわよ」


 言われてみれば確かに! 老人エルフとかは普通に物語にも出てくるのにおっさんエルフが居ないのはおかしいな!?


 黒崎栄次郎(52)……いや、もうこの名前はいらないというか、新しい肉体になったのだから別の名でもいいのか。折角、前世でも天界でもクロさんやらクロと呼ばれて親しまれているのだから、これからはクロと名乗ろう。ただのクロだ。


 クロ、年齢は変わらず52歳。精神は104歳?

 イケおじエルフ始めました!

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