1.前田慶次に憧れて
突然な話、男なら誰だって恰好を付けたい時があるよな?
男だからって誰も彼もがそうだって言い切るわけじゃないが、絶対に一度は恰好が良い自分を想像するもんだと思うわけだ。
それは幼稚園に通ってる頃だけで、大人になったらそんな事ないって人の方が多いかもしれないが俺は違う。
いつだって恰好付けていたい。
だから恰好を付けた。52歳にもなって年甲斐もなく格好付けられる機会があれば率先して恰好を付けにいった。
でも不満もあるわけだ。
それは俺がかなり不細工な事。ブサメンというかブサオジ。出来る事なら俺だってイケオジになりたかった。バッドミドルよりナイスミドルが良い。
まあ、そんな俺でもそれなりに慕ってくれる人はいるにはいるんだけどな。
困ってる所を助けた奴とか、仕事を教えた後輩とか、しょっちゅう愚痴を聞いてやってる上司とか。
中間管理職まで来ると上にも下にも繋がりが出来るわけで知り合いはそれなりに居るんだが、それにしたってその人達の前で恰好付けても不細工なだけにギャグにしか思われない事ばかり。
笑い声が欲しいんじゃないんだ、恰好付けた時におおーとか拍手とかを一度でいいから向けられてみたい。
こんな事を誰かに言えば大人にもなって何を馬鹿な事を考えているんだと、そう言われるだろう。
だが考えてもみてほしい。
見た目がどうしようもなく恰好悪いのだから、そうなればもう内面で恰好付けて男を上げるぐらいしか俺の魅力なんて無いんじゃないのか?
そんな考えが幼少の頃から身についてしまった訳だ。
さて、何故こんな風に突然の話をしているかと言うと――
「近江! 全力で前に飛べッ!!」
「そんな!? 黒さん!!」
――今まさに走馬灯が見える一歩手前だからだ。
原因は定かではないが火が回った社内、逃げ遅れた同僚の近江を見つけ出して外まで逃げる途中だった。
だが今一歩遅かったようで、入口の手前で天井が崩れ落ちてくる。
肩を貸していた近江を前に突きだし、そう叫びながら背中を思い切り押した。
彼女は俺を心配して俺の指示通りに飛べなかったようだが、俺が押し出しただけでも十分に崩れてくる瓦礫の範囲から逃げ出せたようだ。
……こんな時まで恰好付けてしまったが、まあこれはこれで悪くない。
俺の信念……というよりは、これはもう意地だな。それが女性一人の命を救ったなんて、これはもう男として誇れる死に方じゃなかろうか?
ならば誇って死んでゆくさ。
俺は堂々と生きたし、寿命でなかったとしても笑われてでも恰好付け続けたんだ。
圧死っていうのはちょいと痛そうだし、見た目はグロそうだから近江よ頼むからもうこっちを見るんじゃない。
そんな心配そうな顔をするなと笑ってやったが、これは恰好付け過ぎだったろうか?
こんな不細工に微笑まれても微妙だろうが、そこは勘弁してほしいしトラウマにならない事を祈る。
死ぬ間際だってのに穏やかなもんだ。
それと言うのも意地を貫き通したって自分の人生に誇りを持てるってのもあるにはあるが、人を助けて死ぬなんて俺を産んでくれた親にも、この人生を与えてくれて見守ってくれたであろう神様にも顔向け出来るさ。
神様なんて居ない、なんて言う奴も歌もあるが俺は信じてたりするんだよなあ。
だってなあ? こんなに不細工でも友人も居て、慕ってくれる部下も居て、可愛がってくれた上司も居て、それなりに幸せを与えてもらって、やりたいだけ恰好付けて死ねるんだ。
これで神が居ないだなんて言ってみろ。
それこそ、罰当たりだろ?
さて、もう瓦礫が直撃しそうだ。ここらで黒崎永二郎は享年52歳にてこの世のオサラバといきますかね。
ああ、せめて……それなりの顔であれば、更に恰好付いたんだろうか?
歴史に歌う傾奇者である前田慶次のように、理解されなくても自分を貫き男を魅せる生き方が出来ただろうか?
どうしようもなく、憧れていた。
周りの目を気にせず、奇異の目に目もくれず、自分が信じる男を貫いた偉人。強い戦国武将よりも、俺に取っては前田慶次こそが戦乱の最中の男だったなあ。
――ああ、全く関係ないんだが一つ思いついたぞ。
火が吹いて死んでしまうからこそ、今世のように恰好付けるのではなく次世では傾ければいい。なんてな。人生の最期にオヤジギャグとは、俺も中々の図太さだ。お後もよろしいようで。
あの質量なら痛みを感じる間もなくお陀仏だろう。
それでは皆々様! 男、黒崎永二郎。これにて終焉ッ!!
◇◆◇◆◇
と、これで終われば結構な恰好良さだったと思う。
何故か綺麗な庭園みたいな所に居て意識も五感もあるのだが?
なんか物語の中でしか見ないような、中心にある見事な丸い噴水。シャンパンタワーの様に上から綺麗に水が降り注いでいる。
その噴水を囲む様に神殿みたいな雰囲気で等間隔で立っている真っ白な柱。彫られている模様もお見事。
更にはその柱の周りもまた神秘的な花畑ときた。
うーむ……これは所謂、天国というやつか?
俺は確かに神を信じてはいるが、天国と地獄は否定派だったんだが……。
しかしまあ、この神秘的な風景の中に混じった俺という不細工な男の不釣り合いさよ。
本当に痛みを感じる間も無く死ねた様だが、これは何か「似合わない」と指を指して笑われそうな光景で居た堪れない。不細工と嘲笑われ続け鍛えた俺の図太い神経でも堪えるものがある。
だが、そんな風景から直ぐに逃げ出すわけにもいかない。
ここが何処なのかも分からないし、目の前に道はあるのだが道の両端に鳥居の様に柱が立っており、何やら厳かな雰囲気の道なので勝手に足を踏み入れていいのかも分からないからな。
一先ずは心を落ち着ける事にしよう。
……こういう時こそ愛煙しているタバコが欲しい所なのだが、死んだ後にそんな物を持っているわけもなし。一先ず目を閉じて瞑想してみる事にする。
突然の状況に混乱しないのかと思われるかも知れないが、自分の死を自覚しているだけに今更慌てても意味がない事を理解しているし、人間50年も生きていれば落ち着いてしまうものだ。と言うよりは、年のせいもあって慌てたり混乱したり騒ぎ立てる事に疲れてしまっているだけなのかもだがな。
行動に迷った時、落ち着いて考えれば優先順位というものが見えてくる。
しかしだ。死した俺に優先するものなどあるはずもなし。
ならばどっしりと座して待つ。
見えている道は広く、鳥居のように両側に等間隔に立つ柱も道と共に奥まで続いており厳かな雰囲気。神社の道に似ているから神様の通り道であるのかも知れない。
ならば勝手に踏み荒らすよりも、何かしら向こうからのアクションがあるのを待つべき。
……向こうというのが人物なのかシステムなのか現象なのか、そもそも向こうというものが存在するのかも分からないのだが。
まあ、どちらにしろ自分は死んだのだ。いくら待とうとも苦にはなるまい。もしも腹が減るやら足が痺れるやら苦を感じるのであれば、実はまだ生きていたという可能性も見つかるかもしれない。
馬鹿にされても恰好付ける事を止めず、笑われても折れる事なく自分を貫いた俺の耐久力を舐めるなよ?
◇◆◇◆◇
――あれからどれだけ経ったのだろう?
体感時間としては数日経っている気がするが、何せこの場所は常に明るく昼夜がないようだ。そして、やはり腹が減らない上に眠気も感じないので死も確定していると見ていい。
腹時計が使えないので体感で感じるしかないが、この体感もちゃんとしたものか疑問になってきた。まあ、それでも俺の体感としては三日は経った気がするな。
その間ずっと何も考えず瞑想していたわけでもない。
人間、無心になる瞑想なんてそう簡単に出来るものでもない。途中から開き直って人生で楽しかった事だとか、恰好付けた時にもっとこうしていれば良かったか? なんて事を考え続けていた。
そうして、次は何を考えようかな? なんて思った時だった。
今、この場で座禅を組んで目を閉じている俺の丁度正面に道があるのだが、その先から複数の話し声が聞こえてきたのだ。
「なあ、やっぱり手違いじゃないのか?」
「そんな筈はないのだけれど……」
「じゃから見に行けば早かろうて」
「誰も来なかったんだから、どうせ見に行っても居ないだろう?」
「というか、なんか大人数になってるわね」
「エストリアスがミスをするなんて珍しいからね。みんな気になってるのさ」
「そうそう、それに折角のお気に――」
「ちょっと、アルデリア!」
「何恥ずかしがってるのよ」
随分と楽し気な様子だ。
とは言え、内容からすると何かを失敗して確認をしに来たらしいが。
俺より先にこの天国へとやってきた先輩方だろうか?
と、そこまで考えて「何を呑気にしているんだ」と自分を殴り飛ばしたい気持ちになると同時に焦った。
如何にも厳かな雰囲気の道から聞こえるということは、あの道を通っているのだ。先客ではなく、本当に神々という可能性もあるぞ。
俺は慌てて座禅を崩すと立ち上がり、道の前まで行ってから平伏して待機。
先程の会話に聞こえた名前からして横文字なので跪く方が良いのかも知れないが生憎と俺は外国の偉い身分の者に傅く方法なんて知りはしない。日本の土下座のような平伏スタイルで行かせていただく。
どんどんと足音と会話が近付いて来る。そして、それが近付くに従って高鳴る胸の鼓動。ああ、死んでいるのに鼓動はおかしい。とにかく高揚しているのは確かだ。
何せ、これから会うのは本物の神々かもしれないのだ。これがどうして興奮せずにいられようか?
俺は親を愛していたし、親の教えを破った事など今の今まで一度もない。
その親が小さい俺に何度も言ってくれた言葉がある。
『神様はいつだって私達を見守ってくれているのよ。だから、辛い時、苦しい時、悲しい時、いつだって神様が見守っていると思い出しなさい。そうすれば、いつだってあなたは一人じゃないわ』
幼い俺はそれを真っ正直に信じた。そしてこの年まで神の存在を信じられたのもこの言葉のお陰だ。
何故なら、母が言った辛い時、苦しい時、悲しい時、更には寂しかった時にも、物事が上手くいかなかった時も、それこそどんな時でも神様が一緒に居てくれるのなら、自分はいつだって一人じゃなく、優しく母や父のように常に見守ってくれる存在がいつでも一緒にいてくれるのだと、どんな事も乗り越えてこられたのだから。
これを話せば大抵の人は「それは黒さん自身の力だよ」なんて言ったものだが、俺はそうは思えなかった。
人は支えが無ければ頑張れない。俺の支えはいつだって神様だった。楽しい時も、辛い時も、親が死んでしまった後も、不細工だと馬鹿にされたり笑われた時も、常に俺に寄り添ってくれる存在が居ると思う事で、俺がどれだけ救われたか。
それは或いは妄想だったのかも知れない。
虚像を自分で作り上げ、偽りの柱を立ててそれを支えにしていただけなのかも知れない。
それでも、ここで、この道から歩いて来る方々が神なのであれば、俺は俺を支え続けてくれた尊い方々に会える。
俺の一方的な感謝でしかないのかも知れない。神々にはそんなつもりは微塵もないのかも知れない。だが、それでも構わない。
存在していてくれた事。それこそが、俺に取っての一番の祝福であり加護なのだから。
そして、存在を確認できるのであれば、俺という人間は更に強固な人間になれると確信できるのだから。
死んだ俺にはもう関係のない事かも知れないが、生まれ変わって記憶が無くなってしまうとしても、俺という人格の最期には最大の幸福だ。
――足音が、俺の直ぐ目の前で止まる。
「これは……」
「ああ、ああ……失敗などしていなかったのですね……」
「これがクロサキエイジロウって奴で合ってるのかい?」
「ええ、間違いありません……」
「間違いないって、顔も見えないんだけど……ていうか微動だにしないし、これ死んでない?」
「いや、死んだ後に呼んだんじゃから死んどるじゃろ?」
俺の名前を知っているし、呼んだと言った。まさか俺は神が直々にお呼び下さったのだろうか?
微動だにしないのは、もし本物の神々であれば恐れ多くて動けないのと勝手に発言していいものかと思って喋れないだけである。
ああ、ここが天国なのかとか、何故呼ばれたのかとか、そんな事はもはやどうでもいい。この方々が神なのかどうかが気になって仕方がない!
俺が微動だにせず心の中で大暴れしていると、ふわりと頭の上に優しく手の平が置かれたようだ。
「エイジロウ……と、呼んでも構いませんか? それともあなたには、クロさん、と呼ぶ方が馴染み深いかしら?」
「っお……ごほっ、お好きなようにお呼び下さい……!」
緊張と興奮の余り、年甲斐もなく喉が詰まって咳き込んでしまった。羞恥で耳が熱くなるなど何十年ぶりだろうか?
「ふふ」
そんな俺の様子に慈愛に満ちているかのような優しい笑い声が降りかかる。
「では、エイジロウ。その様子だと私達がどのような存在なのか気付いていますね?」
「は……尊き神々、ではないかと……」
恐る恐ると答えを口にする。無論、勝手に頭を上げるような愚は犯さない。
「ほお、正解じゃ。良く分かったもんじゃのう。普通はこういった時、混乱するもんじゃないのか?」
「……お答えしても?」
「おう」
「自分の死ははっきり自覚しておりますし、ここが天国……天界のような場所と予想はつきました。そして貴方方が通って来た道には厳かな、勝手に踏み荒らしてはならない空気を感じた故、ここで体感時間にして三日ほど瞑想の真似事をしておりましたので、神々が現れる可能性も……と」
「へえ、随分と殊勝な人間だ。でも、そのせいで僕らは逆にちゃんと呼べなかったと勘違いしてたんだけどね」
「そうね。道ぐらい勝手に通って奥に会いに来てくれれば良かったのに」
なるほど、奥で俺をお待ち下さっていたのか。わざわざ呼んだらしいから、さもありなん。
そして、やはりこの方々は神々で合っていたのだ! なんたる僥倖! この黒崎永二郎個人の消滅の今際の際に最高の祝福である! これで心残りなどあるものか! あったとしても言えるものか!
「そろそろ顔を見せてくれないかしら? どうして、ずっと蹲っているの?」
「こ、これは、平伏と言って我が国で言えば最高の傅き方……だと、思ったので……」
実際は知らないのだが。
俺が信じた神はあくまでも俺を見守ってくれた俺の中の信じる神であって、別に俺は宗教等には詳しくなかったりするので。
「あら、そうだったの。貴方の敬意に感謝を」
そう言いながら俺の頭を撫でるようにしていた女神様は俺の両肩に手を置き、俺の上体を上げさせて下さる。
そしてそこにあったのは、人の世ではいくら探せども見つかるわけがないと、死んだからこそ見られたと思われるほどの美しき微笑みであった。
年甲斐もなく、思わず顔が熱くなってしまう。
「そうだな、感謝しよう」
「まあ、ここまで全力で敬意を表すそっちの世界の人間も珍しい方だからね。感謝してやってもいいかな」
「うむ。確かに受け取ったぞエイジロウとやら」
「ありがとー」
なんと! 俺の敬意にわざわざ礼を下さるだと? なんたる寛大さだ!
いや、これは俺が浅はかだったのだろう。神を信じておきながら、やはり世間に少し流されていたのだ。神々はもっと偉ぶっているものでは、と思ってしまった自分の感謝の足りなさに歯噛みする思いだ……。
「さあ、立って?」
俺を起こしてくれた女神様が微笑みながら俺の手を引いて立ち上がらせて下さる。信じていた神に実際に出会い、母のように優しくされてしまったら……ああ、涙腺が緩んでしまうではないか。
「さて、エイジロウ。ここはあなたの生きた世界とは別の世界よ、私がこちらに呼ばせてもらいました」
「わざわざ、私をですか……?」
「何故呼ばれたのか、確かに疑問よね。でも、説明より先に自己紹介しましょうか。私はエストリアス、こちらの世界で大地と慈愛を司っているわ」
「俺はメルイテンス、戦神だ」
「私はアルデリア、司っているのは風と自由ね」
「儂は鍛冶の神。エソボンデスじゃ」
「僕は水と愛の神、ハルフィリエットって言うんだけど――ま、長いからハルフィでいいよ」
なんと、全員が自らお名乗り下さるとは……しかもハルフィリエット様は愛称らしきものまで薦めてきたぞ? いいのか? 恐れ多すぎやしないだろうか。
「改めまして私は黒崎永二郎、享年52歳になります」
享年は言う必要なかったかもしれん。
「では、ようこそエイジロウ。この世界、ミリトリアにあなたを心から歓迎致します」
「あ、ありがとうございます」
よく分からないが、歓迎すると言われたのでお礼を伝えるとエストリアス様が指を一振り。するとその場に上品な丸形のテーブルとイスが用意され、更にテーブルの上にはティーセットや菓子が現れる。
おお、流石は神。
「さ、こちらにお座りになって?」
しかも神が椅子を引いて俺に席を進めてくる。感謝の気持ちも勿論あるのだが、いいのだろうかという恐れ多さで頭がクラクラしてきたぞ。
だが神がわざわざ進めた席だ、座らなければそれこそ無礼であろうと思い素直に座ると他の神々もそれぞれ席に着いた。
「さて、どこから説明したものかしら……」
「どこからも何も素直に言えばいいじゃないの」
「ちょ、ちょっとアルデリアっ!」
「むごあっ!」
何か余計な事を口走ったらしい。アルデリア様の口にエストリアス様がお菓子を無理やり詰め込んで黙らせてしまった。
「まどろっこしい。儂が代わりに言ってやるわい」
「エソボンデス! 待って待って、それは――」
「お前さんの世界の神々と茶会をした事があっての。その時に地上を見ておってお前さんを見つけたんじゃが、お前さん、向こうで随分と人助けをしておったようじゃのう? それを見たエストリアスがお前さんの事を甚く気に入っての。それでこっちの世界に呼びたい! と駄々を捏ねおって――」
「あー! あーー!!」
エストリアス様が肩を掴んで揺さぶっていたのだが、それでも構わずにエソボンデス様が殆ど話してしまった。駄々を捏ねたの辺りでよほど恥ずかしかったのか、今までの優し気な様子とは打って変わって恥ずかしがる乙女のようにエストリアス様が大声で遮ったが……遅すぎたとしか思えない。
「あの……自由に発言をさせて頂いても?」
「何を遠慮してるのさ、同じ席に着いているんだからお喋りは皆でするものだよ?」
「ありがとうございます、ハルフィリエット様」
「ハルフィで良いってば。それで、なんだい?」
「あの、こちらは別の世界らしいのですが……自分は地球、あちらの世界で自分を見守って下さる神様がいると信じてそれを支えに生きてきました。そうなると、自分を本当に見守っていて下さったかも知れない神は……?」
「む、そういう事か。心配するな」
「メルイテンス様?」
「お前の世界であれば――人間の数が多すぎるので神が一人を見守り続けるということは稀なのだが、お前は幼き頃から神を信じ続けた上に感謝していたそうだな?」
「え、ええ……」
「あちらの世界では今はそんな人間はかなり希少らしくてな、1柱どころか大勢の神々がお前の人生を見守っていた。我らがこちらにお前を呼ぶ時にも、お前の様子を見せる事を条件にしてきたくらいだ。お前はあの世界の神々にちゃんと愛されていたし、そのうちに会う機会もある。だから、自身の言葉で感謝を伝える機会は必ず来る、だから心配しなくてもいい」
「そう、ですか……っ」
ああ、そうか……届いていたんだ。俺の感謝はちゃんと神々に届いていて、俺が感謝したからこそ本当に神々は俺の傍に居て、いつだって見守ってくれていたんだ……俺の支えは偽りなんかじゃなかった。ちゃんと、本物に見守ってもらい、本物に感謝をしていたんだ……。
辛い時にはいつだって神様に恥ずかしい姿は見せられないと踏ん張った。
嬉しい時にはいつだって、神様が見守ってくれていたお陰だと感謝した。
それが全部、空しい独り相撲なんかじゃなくて……っ。
頑張って良かった。馬鹿にされても挫けないで良かった……っ!
「ほら、これ使って」
ハルフィリエット様がすっとハンカチを差し出してくれる。ああ、俺は泣いてしまっていたのか……。
「もちろん、僕たちもいつも……いや、見栄を張っても仕方ないな。僕らはたまにだったけれど、エストリアスなんて常に君を見守っていたよ。もちろん、それはこれからもね」
「あり、がとう……ございます……っ。こんな……年甲斐もなく、すみません……っ」
「いいのよ。私達からすればあなたなんてまだまだ子供なんだから、思い切り泣いちゃいなさいっ。私達はそれを馬鹿になんて絶対にしないわ」
神々が予想以上に優しすぎる……っ!
5人……ではないな、5柱の神々は俺が泣き終わるまで静かに見守っていてくれた。軽薄そうな喋り方をしていたハルフィリエット様も調子の良さそうな話し方をしていたアルデリア様も、黙って静かに。
「……すみません、ようやく落ち着きました」
「いいのよ」
そして最後にはエストリアス様が優しくふんわりと微笑んで下さる。それは正に慈愛の女神らしき優しさを湛えた微笑みだった。
「では詳しい話をしましょうか」
「はい。先程から話を聞いていますと、これからも見守る……という事は、私はまだ生まれ変わらないのでしょうか?」
「いえ、生まれ変わらせはするわ。エイジロウ、あなたは前の世界で見た目のせいでかなり苦労しましたね。大人になって、それなりの立場になってからは少なくなりましたが、若い頃は特に」
「ええ、お恥ずかしながら……それでも、神々を支えにすればあの程度のことと笑い飛ばせました。本当に感謝に堪えません」
「それでもあなたは困った人を助け続けましたね?」
「それは……」
思わず口籠ってしまう。神々に言うには、俗過ぎる考えなのではないだろうか……。
「大丈夫、どんな事でも私達は受け入れますよ。だから安心して話して下さい」
エストリアス様の言葉に他の神々にも視線を送ってみれば、微笑まれたり頷いて下さった。ならば、正直なところを話そう。何より、神に嘘や隠し事をする方が不敬かもとも思う。
「見た目がこうな私は中身で勝負するしかありません。なので、中身を磨くつもりで……恰好付けたかっただけです。俗な話になるのでしょうが、人間誰だって人に良く見られたい。でも、私はこんな見た目です。初見では近寄りがたい、むしろ離れて行く。ならば誰よりも優しくあろう、誰よりも頼れる人間であろう、そう思って……」
「そして、その結果慕ってくれる者も、友人も出来ましたね。それでも、やはり若い頃よりは少なくなっても見た目のせいでトラブルになる事は完全には無くなりませんでしたね?」
「……はい。運よく他の乗客が証言して助かったりしましたが、痴漢冤罪も一度どころか数回ありましたし、助けた後にそんなつもりは無いのに下心からじゃないのかと罵倒されることも何度もありましたね……男性はまだいいのですが、女性はやはりこの見た目に嫌悪感を抱いてしまうようで」
「……頑張りましたね」
「……はい……」
「向こうの神々とも話し合って私達も決めたのです。エイジロウ、あなたに提案があります」
「提案、ですか?」
「別の世界で、人生をやり直すつもりはありませんか?」
「……結局生まれ変わるのですか?」
「もちろん、生まれ変わるにしてもあなたの記憶を残したままです。新しい肉体ならば、その見た目でなければ、あなたはもっと幸せになっていた筈でした。これは……あなたを産んで下さったご両親を貶める言葉になるのでしょうかね……」
「いえ、私の親は私よりも顔は良かったですから……きっと私に神を支えにする言葉をくれた母は、私の見た目を心配して言ってくれたのでしょうから、貶める事にはならないと思います」
「そう……あなたは優しいですね、ありがとう。そうですね、あなたの世界だと今は流行っているらしいので、異世界転生という言葉が分かりやすいでしょう」
「ああ……部下が好きだったジャンルですね。私も彼女のオススメだと紹介された作品を一つだけ読みました。年甲斐もなくわくわくしてしまいましたよ」
恰好付け続けた俺だ。ファンタジーな世界で活躍する主人公の恰好良さにも憧れた。
「そんな人生を歩んでみませんか? 貴方は恰好付けたいと散々前世で言っていたものね。こちらの世界で新しい見た目ならば、様になると思わない?」
「それは……そう、なんでしょうが……」
「何か不満があったのかい? 僕らはこれでも神で、君の敬意には感謝している。少しぐらいわがままを言ったって構わないよ? 君のわがままを叶えてあげてもいいなって思えるぐらいには君のことをみんな気に入っているのさ」
「ありがたいです。凄くありがたいんですが……それよりも、したい事があるのですが、そのわがままを言っても良いのでしょうか?」
「もちろんじゃ。言うてみい」
「ええ、遠慮することはないんですよ、エイジロウ?」
「では……」
俺は居住まいを正し、瞳に意思を込めるつもりの強い意思でもって神々を見つめ、そして頭を下げる。
「私の感謝の気持ちは、言葉などでは到底足りません! 馬鹿にされても、蔑まれても、ずっと頑張って来られたのは神々に見守られていると思っていたからで、それが事実だった! ならば、満足するまで恩返しをさせて下さい!」
人生で一番の万感の思いを込めて俺は神々にお願いした。
「神々の手伝いを! 天界の手伝いを! 雑用でも、汚れ仕事でも、なんでもやります! だから! この尽きる事なき感謝の気持ちを少しでも受け取って下さるのならば、ここで働かせて下さいッ!!」
新しい人生なんかよりも大事な事がある。
感謝すべき人が目の前にいるのなら、困っている人が目の前にいるのなら、彼女たちは人ではなく神だが、それでも世界の管理なんて大仕事をしている筈の神々、きっとやる事は山のようになるのだろう。
今までそうしてきたように、困る人がいるのならば手を差し伸べる。
今までもずっと、そしてきっとこれからもそうするように、感謝を感じた人に対しては出来得る限りの恩返しを。
傾くなんて仕事中でも日常の中でも出来るのだから!
どうだ、前田慶次! お前は神に喧嘩を売るぐらいの事はしそうな傾奇者だが、恐れ多くも堂々と神の手伝いを言い出すなんて、俺も中々の傾奇者だろう?