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子供は親に注目されているだけで満たされる

作者: 森 彗子

 「これがなかったら今頃違った自分になっていた」というセリフが、この数時間の間に色んな人の口から出てきた。


 なるほど。私も心の奥底でずっと、そう思い悩んでいたんだな…と、気付かされた。


 私の場合、間違いなく「これ」というのは母との関係だろう。寄り添おうとしても手を払われ、寄り添って欲しいと懇願してもちゃんと私を見てくれなかったと感じていて、それが私の世界の中心に居座った感覚だった。


 注目されないことが寂しくて辛い。


 子供は親に注目されているだけで満たされる。


 ただ見詰められるだけで良かったのに。


 一日24時間のうちのほんの数分のことだけど、母とのことを思い出すと良い思い出だってもちろんあるはずなのに、大きな虚空がそこにはあって、とても寒くて震えてしまう。私は、この寒さから逃げていたんだな、と気付いた。


 そしてこの虚空が何か、今だからわかる。


 母は自分自身に対して自己肯定感が持てなかった。そのマイナス感覚で子供の姿を見ながら、三人の子供一人ずつではなく、三人の子供たちを見て発する感情ばかりに気が行っていた。それは珍しいことじゃない。むしろそういう人の方が自然に多い。


 でも、子供はありのままの自分を親に見ていて欲しい。上手いとか下手とか好む好まないは一切横に置いて、ただあるがままの姿を見ているだけで良かったのに…。


 強さも弱さも関係なく、ひとつの命がそこにあるだけ。

 

 それ以上でもそれ以下でもない。


 その感覚に居座れないと、どんな人もきっと虚しくなる。


 その虚しさは、ふとした瞬間に襲ってくる。


「何のために今生きているのか」


 それが個々にとっても重要な問題だから。だって、命の根源である魂は「生きるために生まれてきた」んだもの。


 私は母の眼差しを通した自分を見て、卑下していたに過ぎない。


 私自身が私自身をひとつの命として見詰めるとき、この大きな虚空は消えていく、と信じたい心境。


 さて、これから神戸空港へ出発だ。いざ故郷へ。 


 (母が逝去した知らせを受けて大阪から北海道へ帰省するときの心情をつづりました)

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