【閑話】過去の古傷
その日の夜、エドワードはミカの家を訪ねた。
「夜遅くに申し訳ありません。 お師匠様から言伝を預かったものですから」
と、エドワードは恭しく頭を下げる。
「え、おばあちゃんが? ……わざわざありがとうございます。あと、おばあちゃんの近況をいつも知らせてくれてありがとうエドワードさん」
とミカは頭を下げる。
「あ……せっかくだから、どうぞお茶でも」
とミカが促す。
「お気づかいなく、私はただの伝言係ですので」
とソファーにも座らず、立ったまま話始める。
「師匠からの伝言は一つだけです『ミカが気にしているようだから、真実を伝える』と」
「えっ」
「本当は、真実を知らせずにそっとしておく、と仰っていたんですが、ミカさんは今日アドルファスにお会いになったんでしょう?」
「ええ……そうなの……まさかフィルドから遠く離れたこんな所で会うとはおもいませんでした……だからてっきりまた私の事追いかけてきたのかと思って……」
「えぇそうですね……あの男の貴女に対する態度はとても褒められたものではありませんでしたから」
「そうよね?やっぱりそう思うわよね!?」
「ええ、思いますとも」
「じゃあどうして!? どうして止めなかったの!?」
「止める? 好きな子をいじめるのはやめろと言われて、簡単にやめられるような素直な男じゃないのは貴女もお分かりになるのでは?」
「だからってあんな事件まで起こすなんて常軌を逸してるわ!」
「……あぁ……当時恋仲だった今の旦那さんを、あの男が殺そうとしたとかいう話ですか?」
「そうよ! そんな人間を聖女様の護衛にするなんておかしいわよ!」
「えぇ、まぁ常識的に考えたらそうですね……所でその【殺傷未遂事件】なんですが、ミカさんは実際にあの男が旦那さんを襲う場面を見られたんですか?」
「いいえ、あの人が襲われる前に、近くにいた見回りの兵士の人が教えてくれたの。アドルファスが刃物を持って血相変えて走っていく所を見たって……だから最初は人違いかも思ってたんだけど……アドルファスに聞いても何も答えてくれなくて……おじいちゃんは『アドルファスが悪い』しかいわなかったし……」
「なるほど、それなら勘違いしても仕方ないかもしれませんねぇ……」
「勘違い? どういうこと?」
エドワードは、はぁ……と小さくため息をつきながら語り出した。
「当時、貴女の旦那さんを殺そうと、あなた方の周囲を刺客がうろついてました」
「し、刺客!? なんでそんな……」
「……勇者の力というものは、いつまでたっても権力者にとっては魅力的に映るようですね……まぁ貴女の場合は名を秘したる大魔導士の孫でもありますから、浚ってでも利用したいと思う輩は大勢いるんですよ……まぁ今は師匠がすべて潰してますからご安心くださって大丈夫です」
と、エドワードはニコリと微笑む。
ミカは、エドワードの言葉を聞いてハッとした。
「じゃあ……あれも……アドルファスがやったんじゃなくて……他の誰かが……?」
「ご明察のとおりですよ……あの男が正直に『刺客がきたから返り討ちにした』と白状すれば良かったのに、『いつまた襲われるかわからない恐怖で貴女を怯えさせたくない』とかで、わざと自分が悋気を起こしたとか馬鹿な事をいいだしたんですよ……全く意味が分かりませんよね?」
「そんな……」
ミカは思わず両手で顔を覆った。
「そんなに悲しまなくても良いのではないでしょうか? あの男は貴女の事になると冷静な判断ができなくなるようですから、何をやらかしても不思議に思われないのは自業自得です」
とエドワードはため息をつく。
「しかもその後にマサタカ師匠に『本当の事を言え』といわれてもガンとして口を割らなかったそうです。……そして、そこから2人で意味の分からない意地の張り合いをして喧嘩になり、本当はあの男が継承する予定だった『勇者の剣』の継承も、無駄に世間を騒がせた罰として、無しになったとか」
「…………」
もう言葉も出ないミカ。
「まぁ、私からすればあの男が継承しなくて良かったとしか思えませんけどね」
と、肩をすくめる、ミカは小さくため息をそっと吐き
「子供の頃あんなに『俺は爺さんの跡を継いで勇者になるんだ!』っていってたのに……ホントにアドルファスって馬鹿よね……」
ぽろりと涙が一粒こぼれた。
「えぇ、そこは完全に同意いたします」
深く頷くエドワード。
「本当の事を話してくれてありがとうエドワードさん……今更だけど知れてよかった……」
「礼には及びませんよ、師匠の言いつけですからお気になさらずに」
とエドワードは微笑む。
「ごめんなさい…… 一つお願いがあるんだけど……」
「はい、なんなりと」
「アドルファスに……手紙を届けてくれないかしら……?」
「分かりました、ここでお待ちしてますね」
「ありがとう! 先程からずっと立ちっぱなしで疲れたでしょう? 座って待っていて」
「いえ、お気になさらずに」
「ダメ!座ってて! すぐ戻るから!」
そう言いながらミカは、パタパタと部屋を後に走っていった。
「活動的なところはやはりお師様に似たんでしょうかね?」
と扉を見ながら苦笑するエドワードであった。