聖女 街で休息をとる 2
翌日、良く晴れた空の下、ハリーテは慰問へ向かうためにイソイソと準備を整え馬車へと乗り込んだ。
「ではいってくる、クレイグ殿はきちんと休息をとって旅に備えてくれ。 ちゃんと土産は買ってくるゆえ心配ぜずともよいぞ?」
とにこやかな笑顔で冗談をいうハリーテにクレイグは苦笑しながら
「はい。 大人しくお待ちしてますよ」
と見送るのであった。
◆◇◆
道中何事もなく救護院へと到着したハリーテは、この街の神殿長を務めている人物から簡単に救護院の説明を受けていた。
「この救護院は、古の大聖女様の発案により作られた施設なのでございます」
「ほう……あの伝説に記された?」
「はい、その昔この地を蝕んだ瘴気を浄化してくださった異世界から召喚された大聖女様でございます」
「なるほど、それで他の施療院とは違って救護院という施設になったのだな」
「その通りでございます。 この救護院は傷病者を受け入れる施設に加えて、寄る辺のない寡婦や孤児などを積極的に受け入れる場所として設立されたのでございます」
「あの当時の世界は、それはひどい有様だったと書物にも記されている。 このような施設がなければどうなっていたのか分からない者も大勢いたのであろうな……さすが大聖女様と呼ばれるお方だ」
ハリーテは深い感銘を受けながら、神妙な顔で施設を見学していくのであった。
順番に施設を見学していき、いよいよ孤児達と対面する事になったハリーテは、広い食堂へ集められた孤児達を眺めながら声をかけた。
「わたくしは、今代聖女に選ばれたハリーテだ。 みな今日はよろしくな」
とニコリと微笑んで見せる。
食堂に集められた30人ほどの子供たちは、聖女様に会えると聞いてガチガチに緊張していたのだが、気さくな様子を見せるハリーテにおずおずと男の子が話しかけた。
「ねぇちゃん本当に聖女様なの?」
「ああそうだぞ! 大神殿で法王聖下に直接聖女としてのお役目を賜ったのだからな!」
と、たくましい胸を張った。
「でも姉ちゃんあんまり聖女っぽくないよ」
「それはわたくしもそう思うぞ」
ハハハッと威勢よく笑うハリーテに、徐々に緊張が解けてきた他の子供たちも近寄って話かけ始める。
「お姉ちゃん聖女様ってどんなお仕事するひとなの?」
「なんでそんなに大きくなったの?」
「神様にあったことあるの?」
と一斉に質問攻めにあうハリーテ。
そんな子供たちをニコニコと眺めながら順番に質問に答えていき、ある程度落ち着いた頃を見計らい、子供たちに本を読んでやったり色々な話を聞かせていくハリーテであった。
子供好きのハリーテにとって、この時間は楽しくて仕方がない時間であったが、日暮れ前には帰らねばならないため少し寂しい思いをしながら孤児院を出ていく。
帰りの馬車へと向かうハリーテはふと足を止め、馬車の傍で自らの護衛をしているはずのアドルファスがなにやら女性に詰め寄られているのを見てしまう。
「……アド兄? なにしてるんだあれは……痴話げんかにしては女性の剣幕が尋常ではないが……」
と思わず呟くハリーテ。
「アドルファス、護衛の其方がこのような所で一体何をしておるのだ」
と公人としてふさわしい態度でアドルファスへと声をかける。
その意図に気が付いたアドルファスはすぐに
「これは聖女様、お傍を離れましたことを平にご容赦ください」
と恭しく頭を下げる。
「よい、そこの女性は……うん?……もしやミカ殿では?」
「え……聖女様ってどういうこと……あ、貴女たしかお爺ちゃんの家で会ったことあるわね」
「久しぶりだな、ご結婚されたと伺っていたがお元気そうでなによりだ」
とニッコリ笑いかけるハリーテ。
「ええ、わたしは元気だけど……それよりそっちこそどうしてこんな所にいるわけ!?」
と驚くミカ。
「ミカ、こちらはスモウーブ公国第三公女にして今代聖女のハリーテ様だ。 言葉遣いに気をつけろ」
とアドルファスが言う。
「聖女様ですって!? 失礼しました、まさか聖女様とはつゆ知らず……」
と恐縮するミカだが、警戒するその視線は相変わらずアドルファスから離れていない。
「気にせずともよい、マサタカ師匠のお孫様であるミカ殿に畏まられても困るからな……しかし一体こんなところで何を?」
「あ……私この救護院の子供たちに文字を教えにたまに来ているの……昔おじいちゃんがいってたでしょ? 文字が読めないと悪い人に騙されても気が付かないって……だから私にできる事をしようとおもったら、読み書きくらいしか教えられないけど役に立てたらと思って…… それにここはうちの旦那もお世話になった場所だから……」
「なるほどなぁ……それでなんでアド兄と口論に?」
「こいつが……この男が私の前に二度と顔を見せないって約束だったのに急に現れて……どういうことなのか問い詰めたら、聖女様の護衛だっていうから、嘘ついてると思ったのよ……そこは疑ってごめんなさい……まさか本当だったなんて……」
と申し訳なさそうな顔になるミカ。
「そういう事であったか……まぁ突然そんな話をされては疑うのも無理はあるまいなぁ……誤解が解けて良かったなアド兄」
そう言いながらアドルファスを見ると、難しい顔で黙り込んでいる。
それを無視しながらミカは
「聖女様にご迷惑をおかけしてしまって、誠にもうしわけありません。 ……私もう行かないと……失礼します!」
と頭を下げて、そのまま走り去っていった。
「アド兄……」
「帰るぞハリーテ」
そう言って馬車の準備をさせに向かうアドルファス、ハリーテはその背中を物問いたげな表情で見つめていた。