聖女 行き倒れのおっさんに事情を訊く
ウォルセア国内の宿へ逗留している聖女一行は、拾った行き倒れのおっさんを見捨てられないと主張するハリーテによって翌日も宿から出発できないでいた。
「ならば病人を見捨てよというのか!」
「宿の人に金銭を渡して、面倒見てもらえば良いでしょうと言っているのです。なんでそんなにご自分で看病しようとされるんです?」
と眉を寄せるエドワード。
「……あの者はなにか周囲にひどい扱いを受けて傷ついておるようだ、せめて事情くらい聞いてやりたいではないか」
ションボリと下を向いてしまうハリーテ、そんな様子をみてため息をつくエドワードだったが
「……仕方ありません。 ただ、明日には必ずここを出ますから、今日中にその事情とやらをきいて下さいね」
「エド兄ありがとう! もう少したったら様子を見てくるから!」
ハリーテは喜びながら自分の部屋へ戻っていくのだった。
「相変わらずテメェはハリーテに甘ぇよなぁ」
「そういうアンタだって十分甘いではないですか、この時期の聖女に対して他国がどんな手で取り込もうとしているか分からないのに引き離すこともしないんですから」
「……薬使って病人の振りしてるわけじゃなさそうだったぜ」
「まぁ、今回はただの偶然だったのでしょうが……アンタなら分かってるでしょう?」
「あぁ、あの行き倒れタダの一般人じゃねぇからな」
「なんでこう厄介ごとばかり出てくるんでしょうかね……」
「事情ってやつ聞いたらどうせ連れて行く事になるんだろ? 俺はそっちの準備しとくぜ」
「……お願いします」
エドワードは不本意そうにアドルファスへ頼むのであった。
* * *
男の目が覚めるとずっと看病してくれたていたのか、ハリーテが横でうつらうつらと眠りに落ちそうになっているのが見えた。 彼女を良く観察してみると良く鍛えられている体格は素晴らしいものであったが、女性らしい柔らかさは失われておらず、洗練された所作で動き回っていた昨日の様子を思い出しただの旅人ではないのだろうとあたりをつける。 まじまじと見つめていたのが良くなかったのか、ハリーテがハッと目を開けた瞬間に目が合ってしまった。
「おお、目が覚めたか。 薬が効いたのか熱も引いたようでなによりだ」
とニコリと微笑む。
「もしかしてずっと看病してくれていたのですか……?」
「ずっとではない、たまに様子を見に来ていた程度だから気を遣う事はないぞ! それよりも目が覚めたのなら薬を飲め」
と男にものすごい色をした薬湯を差し出す。 男は少し顔をひきつらせたが好意を無駄にするわけにもいかず、気力を振り絞りすべて飲み干した。
「う……げほっ」
余りのひどい味にむせてしまった男であったが、そんな様子を見たハリーテがすかさず男の口へ飴を突っ込んでやる。
「よく飲んだ。 口直しに舐めるがいい」
ハチミツの優しい味に少しづつ口の中の苦みが消えてゆき男は息をついた。
「落ち着いたか? ならば早速ですまんのだが、よければ其方の名前を聞かせて欲しい」
その言葉に男の顔色が青くなる。
「……名乗りたくないのであれば仕方ないのだが、せめて何と呼ばれたいかを教えてはくれんだろうか? このままだと話もしにくいのでなぁ」
と笑いかけるハリーテを見て男は申し訳ない気持ちで一杯になった。
「申し訳ありません……見ず知らずのこんな小汚い男を何の見返りも求めずに助けて下さった恩人相手に満足に質問に答えることもできず……ですが……出来れば何も聞かないでやってはくださいませんか……でなければ貴女様をいらぬ事に巻き込んでしまう……」
そう言いながら男は項垂れてしまう。
「それは貴方が『ダンジョンの都』の領主にしてギルドマスターという身分をお持ちだからですか? クレイグ殿」
その言葉にハッと扉の方を見ればひとりの人物が立っていた。
「なんじゃ、この御仁の事をエド兄は知っておったのか?」
「ええ、何度かお会いしたことがありますから……お久しぶりですねクレイグ殿」
とニコリと笑うエドワード。
「貴方はフィルドの宰相エドワード殿……一体なぜこんなところに……」
クレイグが警戒しベッドから出ようとした瞬間ハリーテに抑え込まれた。
「ダメだ。病人は寝ておれ! 心配はいらんぞ、こやつはわたくしの護衛だ」
「フィルドの宰相が護衛……一体どういう……」
困惑してハリーテとエドワードを交互に見るクレイグをじっと見ながらエドワードが答える。
「私はもう宰相を辞しておりますので、今の身分はこのはねっかえりお嬢様の護衛です。 しかし私が宰相を辞してもう二年になろうかというのにご存知ないとはクレイグ殿、一体なにがあったのですか?」
「にねん……そうですか……実は俺にもなにがなんだか実のところよく分からないのです……発端は恐らくその頃……二年ほど前だったと思います。 ギルドの自分の部屋で仕事をしていたら、突然武装した冒険者たちに囲まれ『お前は偽物だ。本物は保護されたぞ』と攻撃されまして、流石に人数をそろえた冒険者に叶う訳もありませんから窓を破り、命からがら逃げだしてそれから着の身着のまま放浪しておりました……なにせギルドマスターの偽物でお尋ね者扱いですから協力を要請しようにも信じてもらえず、こうなったら神にすがるしかないかとウォルセア大神殿へ行く途中だったのです」
顔を曇らせ事情を話したクレイグは、疲れ果てたようにため息を漏らす。
「なるほど……お話は理解いたしました。 ご安心ください、ダンジョンの都の様子がおかしいのは法王猊下もお気づきのようで、その為に我々聖女一行が使わされたのですから、ウォルセア神は貴方を見放してはおられませんでしたよ」
その言葉におどろいたクレイグは
「本当ですか! あぁ……では貴女様が今代聖女様……そうですか……神は俺をお見捨てになった訳ではなかったのか……」
そう言いながら静かに涙をこぼすクレイグの背中をそっとさすりながらハリーテは
「ずっと一人で戦っておられたのか……素晴らしい勇気をお持ちなのだなクレイグ殿。 安心せよ、このハリーテが聖女としての名だけではなくスモウーブ第三公女として其方の力になると誓おう、勿論そこのエドワードも力を貸すぞ!」
と微笑みかける。 その言葉に困ったようにエドワードが
「勝手に安請け合いさせないでくれませんか……まぁ今回は事が事ですから微力ながらお力添えはいたしますがね」
と答える。
「感謝いたします……」
「そうと決まったらとりあえずクレイグ殿は寝る! これは命令だぞ!」
と対して力を入れているように見えないのにベッドへ、ぽすりと寝かされてしまうクレイグ。
「明日にはここを出ますから、今はとりあえず体を休めてください」
とエドワードもハリーテの言葉を肯定する。
「分かりました……」
戸惑いつつもそう答え、未来への希望を見いだし心安らかに眠りへといざなわれるクレイグであった……。