野次馬おっさんと冒険者ギルド
本話より新規の内容となります。
なんやかんやでジーナの屋敷で世話になったおっさん、慣れない異世界にも関わらずゆっくり風呂に浸かり食事を頂き、あまつさえ酒さえご馳走になる始末、見知らぬ土地、会ったばかりの男爵令嬢、この条件下でも遠慮なく平然と日常を満喫している。
もっとも本人はいずれ一宿一飯の恩義を返すつもりではいるのだが、何せ先立つものがない。冒険者ギルドが存在していると言うことで、とりあえずはそこに身を寄せて当座の資金を稼ぐ予定だ。子供時代は山育ち、高校時代はアーチェリー部のおっさんの手に掛かれば、狩猟もお手の物だ。
では何故狩猟ギルドではなく冒険者ギルドなのかと問われれば話は簡単。狩猟ギルドは領地単位の組織であるのに対し、冒険者ギルドは超国家単位の組織であり、登録されている冒険者は規定の要件さえ満たせば国境を越える移動も比較的容易となるためだ。
そもそもおっさんが異世界に転移した理由はこの世界を救う(詳細は不明)ためであり、そのためには広く旅をして各地でいい感じに世界を救っていかなければいけない(具体的方法は不明)のだ。
しかしながら王都の冒険者ギルドは日夜人でごった返し、登録するにも一苦労であるから、登録をするなら王都以外のギルドが良いだろうというジーナの助言を受けて、馬車で半日の距離にある衛星都市、ビファインデルム市へと昼過ぎに到着した。ジーナの家の男爵領のへの途上にあるため、領地に戻るついでに送ると言う言葉に甘えた形だ。
加えて別れる際にギルドへの登録料と当座の資金が必要であろうと、幾ばくかの金銭を貸し与えると言う懐の広い大盤振る舞いを見せたジーナ嬢だが、その優しさと人の良さが非常に心配になる。
もっともおっさんは義理堅いタイプなので、証文は必要ないと言ったジーナ嬢に対し、後日男爵領を訪れ、借り受けた資金を返済すると固く誓っているのだが。
本人曰く「受けた恩を忘れない事に関しては鶏並み」だそうである。鶏と言えば三歩歩けば忘れると呼ばれる鳥であるが、実を言うと卵を持ち去る人間の顔を記憶しており、無精卵だけを持って行く人間に対しては強い抵抗をしないが、有精卵を持ち去ったことのある人間を見ると激しく暴れだす程なのだ。
と言うのは月に2回はおっさんの花金アフター5に付き合ってくれる後輩の君島くん(28歳独身)に語って聞かせたジョーク豆知識なのだが。週明けに美人と評判の受付嬢に満面の笑みでそれを語る君島くんを見て非常に申し訳ない気持ちになり、行動力溢れるおっさんはその場で謝罪を決行したが、君島君は騙された事にさすがに怒ったらしく、その月だけはアフターファイブに付き合ってくれなかったという。
悲しい事件を思い出したおっさんだがそこはデキる男、気持ちを切り替えて冒険者ギルドの扉を潜る。
「ごめんよ、やってるかい?」
居酒屋の暖簾でも腕で掻き分けたかのような調子でギルドへと入り、受付はどこだろうとズンズン奥へ進んで行く。王都ほどではないとは言えそれなりの規模を誇るビハインディウムのギルドも十分に喧騒に包まれており、ホール内でおっさんの小粋なジョークに気を払うものはいないらしい。少々残念な気持ちになるがそれはそれとして受付はどこだろうかとキョロキョロとあたりを見回す。
ちょうど冒険者風の少年少女が報酬らしき袋を受け取る姿が目に入り、そちらへと歩き出すと
「おい、兄ちゃん。随分と羽振りがいいみてえだがそう常に上手く行くとは限らねえ。俺が先輩として冒険者の気構えってやつを教えてやるよ」
ハゲ頭で頬に刀傷のある日焼けした大男が報酬を受け取ったばかりの金髪でつんつん頭の少年の前に立ちふさがる。
「いらないよ。用事それだけならさっさとどいてくんない?邪魔なんだけど」
にべもなく断る少年。
「まあまあ、いいから聞いてけって。なんだったらそっちの嬢ちゃんたちだけでもいいからよ。今俺様は機嫌がいいからアドバイス料はその報酬だけで教えてやるからよ」
「はん、こんな真昼間っから酒飲んで人にたかろうっておっさんに教わる心構えなんかあるかよ」
ニタニタと笑って少年の前に立ち続けるハゲ頭とそれを鼻で笑いあしらうツンツン頭。おっさんのレーダーにビビッとくる。これは冒険者ギルド恒例のあれだと。若くして驚異的な実力を発揮する冒険者の主人公に絡むベテランの柄の悪い冒険者。金銭とあわよくばパーティー内の美少女すらも巻き上げようとしてあしらわれ、侮辱された面子が立たんと決闘を申し込むアレだ。
「てめえ!新人ごときがこのCランク冒険者グレイベアー殺しのゲーツ様に喧嘩売ってんのか?」
沸点が低くすぐに激高するゲーツという大男に期待の隠せないおっさん。
「Cランクがなんだよ、俺はもうBランクだしまだまだ上にいける。Cランクごときで停滞してるやつに教わることなんかあるかよ」
高まる決闘の予感に興奮の高まるおっさん。
「ハッ、てめえみたいなガキがBランクだと?フカシこいてんじゃねえぞコラァ!」
「嘘だと思うんなら確かめてみるか?」
来る、来るぞ!と心の中で叫ぶボルテージ最高潮のおっさん。
「上等だオラァ!決闘でその体に経験の違いと身の程を分からせてやろうじゃねえか」
叫びながら剣の柄に手を掛けるゲーツ。
「まさか冒険者ギルド恒例の伸び悩んで大成せず腐ってしまったベテラン冒険者が新進気鋭の優秀な少年冒険者に絡んで決闘を申し込む場面に立ち会えるなんて。いやあ、異世界転移様様、薄着のねえちゃん様様だわ」
興奮のあまり思わず心の声が口に出てしまったおっさん。いつの間にやら野次馬を掻き分け一番前に陣取って眺めていたせいで当事者二人に聞きとがめられてしまう。
「なんだてめえは。随分トウがたってるがコイツのつれかァ?」
「なんなんだアンタ。部外者が口を挟まないでくれ」
二人に同時に責められるおっさん。同時に喋られたために、それぞれがなにを言っていたのかを正確には聞き取れなかった。
「何だとは何だ若造ども!そもそもお前らは口の利き方も態度もなっとらん!」
それでもせっかくの興奮に水を差されたためか、普段は仏様よりも温厚を自称するおっさんも思わず怒り心頭で二人に言い返す。
「大体だな、お前さんらは人に接する際の礼儀がなっちゃいねえのよ。言葉遣い然り、態度然り。いいかい?冒険者ってのは依頼者あっての商売なんだよ、ってえことは依頼者を不愉快にしないのは最低条件だと思わんかね?」
怒りのために普段とは口調の変わるおっさん。沸点の低さに関しては他人のことを言えないようである。
無手で剣を手に掛けた冒険者の間に割って入る男に騒然とする観衆。よほど腕にがあるのかそれともただの馬鹿なのか、渦中の両者に加えておっさんへも観衆の期待と注目の眼差しが向けられる。
「依頼者なら受付はあっちだぜおっさん」
律儀に依頼者用カウンターを指差すツンツン頭。
「お、親切にどうもね。でもおっさん依頼者じゃなくて冒険者なんだ」
正確に言うならこれから登録するところなのだが。
「ならなおのことてめえに対して礼儀だの態度だの関係ねえじゃねーか」
怒鳴るハゲ、もっともである。もっともではあるのだが盗人にも一分の理、おっさんにも言い分はある。
「おっさんが依頼者かどうかは問題じゃねえのよ。普段からそういうところに気を配んなきゃ駄目だって言ってるんだわ」
お説教モードに入りだんだんいつもの調子に戻ってくるおっさん。
「いいかいハゲの兄ちゃん、冒険者ってのはさっきも言ったけど依頼者あっての仕事なんだ。特に護衛の事を考えてごらん。柄も態度も言葉遣いも悪い冒険者と礼儀正しくて愛想良くて言葉遣いの丁寧な冒険者、どっちに頼みたい?」
「当然腕の良い方に決まってるだろ」
横から鼻白んだように口を挟むツンツン頭。
「おっさんはいまこっちのハゲたお兄ちゃんに聞いてるの。そもそもどっちだって聞いてるのに関係ない答えを言うんじゃないよ、そういうの良くないからね」
おっさんの矛先はツンツン頭の少年へと向かう。ハゲの兄ちゃんの方と話をしていたはずだが、そちらは一旦置いておくようだ。
「いいかい少年。そもそもその態度がいけない。たしかに少年は冒険者としちゃこっちのハゲ兄ちゃんよりも実力は上かも知れない。でもね、少年はハゲ兄ちゃんよりも若いんだから年長者に敬意を払わなきゃいけない」
「はん、ずっとCランクで足踏みしたままのやつにどう敬意を払うってのさ」
ツンツン頭の少年は鼻で笑うのがマイブームらしい、そういう年頃なのだろう。おっさんはそう納得して生暖かい眼差しで諭すように答える。
「いいかいツンツン少年。たしかにハゲの兄ちゃんは少年よりは弱いかも知れない、なかなか芽が出ずにCランクで足踏みしてるし今は腐っちまってる。でもな、少年よりもハゲの兄ちゃんのが長く冒険者をやってる訳だ。それはな、つまるところ少年よりも長い期間冒険者を経験してるって事だ」
「長く冒険者やってるだけで偉いのかよ、大した事もしてないだろう」
「そんなことはないさ、長く続けられてるってのはそれだけで凄いことなんだよ。いいかい、冒険者ってのは文字通りの命がけの仕事だ。時には命を落とすし、命までは取られなくてもまともに仕事を続けられない大怪我を負うこともあるだろう。それを少年よりも長い期間続けてるってことは、危険を避ける術を持ってるって事だ。」
「そんなの安全で楽な依頼だけ受けてりゃ誰でも出来ることだろ」
「と、思うのは少年がまだまだアマちゃんでガキだっていう証拠だよ。そりゃあ安全で楽な依頼だけ受けてりゃあ命を落とすどころか小さな怪我一つ負わないかもしれない。だけどその安全だの楽だのはどうやって見極める?不足の事態が発生しないと断言できるかい?」
「そんなのモンスターの生息域の知識と事前の情報収集さえしっかりやっておけば問題ないだろ。冒険者の基本じゃないか」
「そう、確かに基本だ。だがその基本を忠実に護るのは案外難しい。面倒がって基本を怠ってミスをするなんてのはよくある話だが冒険者に取っちゃそのミスは文字通り致命的になりかねねえ訳よ。そんで、情報収集ったってどっから情報を集めてくるよ?」
「そんなの人に聞けばいいだろうが」
「そんなに都合よく自分の知りたい情報を他人様が持ってるとは限るめえよ」
「じゃあどうするって言うんだよ」
だんだん焦れてくるツンツン頭。おっさんに明確な答えを求め始めた時点ですでにもう術中である。
「いいかい、少年にも馴染みの冒険者やギルド職員なんかの情報源はあるだろう。でもな、そんなに人数はいねえだろ?」
「そりゃまだ冒険者になって間もないんだ、そんなに情報教えてくれる知り合いなんかいるもんか」
わが意を得たりと心の中で満面の笑みのおっさん、頬が緩まぬようにしかめっ面を気合で維持する。
「だろ?長く冒険者を続けるってことはそれだけ知り合いの数も増えるってもんだ。冒険者やギルドの職員だけじゃねえ。行きつけの飲み屋の親父や常連、この中には色んな仕事のやつもいるだろう。それから定宿だったり馴染みの店もできるだろう。そういうトコで会う相手全てを自分より弱いからっつって見下して話を聞かないなんてありえるか?ありえねえだろ?」
「そりゃそういう人たちは冒険者じゃないし、強い弱いとか関係ないし」
「冒険者相手でもそれとおんなじなんだよ。強いとか弱いとかランクがどうとかじゃなくてさ、自分より長く冒険者をやってる分自分よりも情報源、見極め方、それを基にした依頼を受けるかどうかの判断、そういった面でハゲの兄ちゃんに分があるわけよ。そしたら自分よりランクが低かろうが弱かろうが最初からけんか腰で突っかかって揉めるよりは、とりあえず敬意を払って話を聞いてみるほうがいいってもんだろうよ。そもそも敬意を払われて嬉しくない人間なんてそうそういねえんだからさ、仮に伸び悩んで腐っちまってる奴だっていい事を教えてもらえるかも知れねえ。それが普通の冒険者だったら少なくともねじくれた奴よりは可能性が上がるだろうよ。相手は敬意を払われて嬉しい、自分は何かしらの助言をもらえて嬉しい。どっちも損しねえだろ?」
「た、たしかにそうかもしれないけど」
「そりゃあ中には嘘を教えたり間違ったことを言うやつもいるかもしれねえ。そういうのを見抜けるようになるにはコツがいるから、そういう点に関しても経験が多いってのはそれだけで力なんだよ。」
ドヤ顔のおっさん、ツンツン少年への説教は満足行く結果だったようだ。
「さて、待たせたなハゲ頭の兄ちゃん」
おっさんに文句の一つ二つは言わないと気が収まらない様子のゲーツ、律儀にもツンツン少年への説教が終わるまで静かに待っていたようだ。足で床をトントンと叩くリズムはだいぶ速くなっていたが。
「散々待たせやがって、てめえには言いたいことが二つ三つじゃ済まねえぞ。人のことを弱いだ腐ってるだ言いたい放題言いやがって」
おっさんに酷くお怒りの様子のゲーツ。まあそれはそうだろう、たびたび引き合いに出されては散々な言われようだったのだから。ちなみにCランク冒険者と言うのは貴族家に仕える一般的な騎士と同等の能力と言われている。場合によっては騎士隊長に任命されることもある程度には強い部類であり、決して雑魚のような扱いを受ける身分ではない。
「えーっとハゲの兄ちゃんに言いたいことはなんだったっけかな。ああそうだそうだ、態度と礼儀の話か。ツンツン少年の態度がまだまだガキなもんだからそっちを先にして兄ちゃんを後回しにして悪かったな」
すっかりなにを言うか忘れてるかと思いきや意外に覚えていたおっさん。説教に関する記憶に関してだけは良い様子。
「いいかい兄ちゃん、兄ちゃんはもうベテランの冒険者だろう?だから今更年上に対する言葉遣い云々は言う気はないよ。だけどね、それでも守るべき礼儀や取るべき態度ってものはあるだろう?」
「てめえ、まずは俺の話を聞け!」
「つべこべ言わないでまず聞きなさいよ。ハゲの兄ちゃんだって最初からそんなねじくれて腐ってたわけじゃないだろう?そっちのツンツン少年みたいに自信満々で世界で一番才能がある選ばれた人間だって自分を信じてたギラギラして生意気盛りだった時期もあるだろう?」
「そりゃあ俺だって最初の頃は自信もあったし、自分の才能にうぬぼれもしたさ。これでも地元じゃ一番喧嘩に強かったし、そもそもグレイベアー殺しなんて二つ名がつくくらいだぜ。」
おっさんに対する口応えは無駄だと悟ったのか大人しくおっさんに答えるゲーツ、その口調は怒りを静めて落ち着いたと言うよりはどこか寂しそうであったが。後ろで「俺ってそういう風に見られてるのかよ」とショックを受けているツンツン少年の声は聞こえていないようだ。
「だろう、仕事を覚えてきて一端に出来るようになってくると誰しもが掛かる麻疹みたいなもんだからな。
だけど大体の奴はそこで大きな失敗をするんだ。思いもしないミス、自分の限界の壁、周囲と噛み合わずに軋轢ばかり増える、人それぞれ様々だけど若いうちに何かしらは起きるもんだ。兄ちゃんはなにに躓いたクチだい?」
「俺は自分の限界の壁だった。だんだん腕も上がってきてここらで一発当ててやるっつってな、自分のランクより上のモンスターに挑んで敢え無く敗走。おっさんの言うとおり良くある話さ」
「で、そいつは一人で行ったのかい?それとも仲間と?」
「田舎からずっと一緒にやってきたダチと一緒にさ。運よく全員無事だったが、依頼は失敗。契約破棄の違約金で借金生活さ。」
「返せないほど大きな違約金だったのかい?」
「それほどの額でもねえさ。ただあの頃の俺たちは誰にも負けねえと思ってたし、金なんて依頼をこなしゃあいつでも手に入ると思ってたからな」
「それで違約金が払えずかい」
「ああ、それでも猶予がなかった訳じゃねえ。依頼をいくつかこなしゃあ返せねえ額じゃなかったがすっかり心が折れちまってな。それでギルドの強制依頼でをこなしてやっと違約金分を返済していざ自由の身になったときにな、俺たちはもう冒険が出来なくなっちまってたんだよ。リスクは取らねえ、危険を冒す依頼を受けねえ、自分に利のねえ手助けはしねえ、そういうつまらねえ奴に成り下がっちまった。」
「そんでそんな自分たちにイライラしちまってこんな事をって訳かい」
まるで見てきたかのように断定するおっさん、ありがちな話ではあるがドヤ顔で断言できるほどの自信を持てるあたりがおっさんの強みだろう。
「その通りさ、笑っちまうだろ?粋がってた生意気クソ野郎は他ならぬ過去の自分たちの姿でもあったんだからな。だからだろうな、最初はちょっとからかってやるだけのつもりがそのガキの態度を見たとき自分を抑えられなくなった」
「まあ気持ちは分からんでもないけどね。でもそれじゃあ駄目だよ。良いかい兄ちゃん。兄ちゃんは先輩冒険者だ、少年に年上に敬意を持てっておっさんも言ったけどさ、兄ちゃんも兄ちゃんで敬意を払われるように振舞わなきゃあ駄目だよ。さっき兄ちゃんにも言ったけど経験の長さはそれだけで一つの力だ。安全な冒険をする、命の危険に見舞われないように立ち振る舞う、不足の事態を避けられるようにする、少なくともそういう知識は身につけてきたんだろう?」
「そりゃあまあな。だけどよ、危険を承知で動かなきゃ、挑戦することをやめちまったら、そりゃあもう冒険者じゃねえだろ」
「そんなことはねえさ。危険を冒すもの、確かに冒険者ってのはそういう意味合いだろうけど、それだけが全てじゃあねえのよ。いいかい?兄ちゃんたちだって誰かから感謝の気持ちを向けられたことくらいあるだろう?困ってる依頼人を助けてお礼を言われたこともあるだろう?そういうときどう感じたよ?」
「そりゃ嬉しいやら照れるやら」
怒り心頭から諦めの境地、そして少し寂しそうな表情と忙しく表情と感情を変えていったゲーツが少しの照れを覗かせ僅かにはにかむ。
「そうだろう?兄ちゃんに今必要なのは壁をぶち破るだけの才能とか、絶対的な自分への自信とか冒険に挑むとかそういうことじゃねえんだわ。そういう最初の頃に受け取ってた誰かからの気持ちなんだよ。そりゃあ俺らは冒険者だ、これで飯を食ってこうってんだ、稼ぎが大事じゃねえとは言わねえわ。でもな、そういう誰かからの感謝ってのを受け取るのを忘れちゃあ駄目なんだよ。いいかい?調子に乗って失敗するなんてのは大なり小なり差はあれど、誰しも経験するもんだ。でもそこで兄ちゃんみたいに腐っちゃうか、それとも踏みとどまってまた立ち上がるか。それを分ける差が、その人から貰った気持ちなんだよ。自分に頼ってくれて感謝してくれる人がいる、自分を信じてくれる人がいる、それに応えられる自分でいたい。そういう気持ちが踏みとどまれる奴にはあるんだわな。でも兄ちゃんは自分の才能に溺れちまってそういう気持ちを忘れっちまったから、一回負けた程度で腐っちまったの。おっさんの言ってること、分かるだろ?」
繰り返すがおっさんはこれから冒険者として登録するところで、まだ冒険者ではない。気持ちはベテラン冒険者だが。
「まあそりゃあよ、分からねえでもねえよ。だけどよお、今更ってもんよ」
「男がやり直すのに今更もなにもあるもんかい。おっさんなんか44なんだぞ。上をみりゃあ70でも80でも現役でやって行こうって先輩方もいるわけだ。そんな中、まあ兄ちゃんが幾つかは知らないけれども少なくともおっさんより若い奴が今更なんて甘えたこと言ってんじゃないよ。さっきの口振りだと腐ってただけでまだ取り返しのつかない悪さはしてないんだろ?ああ、言わなくて良い。おっさんにはそういうの分かるんだ、ヤンチャしてた知り合いもそれなりにいるからね。でも取り返しのつかないことしたり、筋の通らないことやった奴は一人もいないの。おっさんがそういうの許さなかったし、見る目があるからそういうのやらないっての分かるんだ」
唐突に差し込まれるワルと付き合ってたアピールと自分の見る目自慢、ヤンチャしてました系の新人と飲みに行くと初回に必ず出す鉄板の話題だ。
「それにね、おっさんの見る目はそういう人格の部分だけじゃなく才能もなんだ。お兄ちゃんはね、まだ伸びるよ。今は壁にぶち当たって自分の殻を敗れてないだけ。謙虚に、そして地道に仕事と訓練を続けてればちゃあんと芽が出るから。だから腐っちゃ駄目、まだ引き返せるんだから明日からは心を入れ替えて真面目にやんな。ほら、後ろの仲間のお兄ちゃんたちも固唾を飲んで待ってるじゃない」
ゲーツが振り返ると、一緒に田舎から出てきてこれまで苦楽を共にしてきた仲間がうんうんとうなずいている、ゲーツ同様おっさんの話に感銘を受けてしまったらしい。その中の一人にいたっては必死にこらえていたがついに涙を抑えきれなくなったようだ。おっさんはきっと明日にはどんな話をしたか忘れているだろうに。
「お、お前ら・・・・・・。」
「やっと立ち直ったみてーだな、待たせすぎなんだよゲーツ」
「ま、俺らも人のことは言えねえけどな」
「ちぇげえねえ」
「ゲーヅううううううう」
いずれ劣らぬ強面たちが手を取り合って照れくさそうに泣き笑う。それを眺めて満足そうに頷くとツンツン頭の少年に向き直り、
「いいかい少年、さっきのハゲの兄ちゃんへの言葉はいずれ将来同じ道を歩むかもしれない未来の少年への言葉でもあるんだよ。謙虚さと地道な努力を忘れちゃいけない。自分を信じてあげることは大事だけど、才能に溺れちゃあいけないし、力の有無で他者の軽重を測っちゃあいけない。それだけは忘れないように」
「分かったよ、なんか悪かったなおっさん」
こくりと頷いておっさんにバツが悪そうに返す少年。
「なあにいいってことよ。生意気盛りの若者を諌めるのも先輩の役目ってもんさ。それより少年の後ろでじっと待ってる嬢ちゃんたちが少年の仲間だろ?感謝と謙虚さを忘れず大事にな?」
ぐっと親指を立てて決め顔の笑顔でツンツン頭の少年を送り出すおっさん。
「みんな、今まで俺一人で突っ走って迷惑を掛けてたと思う。ごめん、そしてこれからもよろしく」
「気付くのが遅いのよ、このバカ」
「いえ、ロブさんにばかり決断を任せていた私たちにも否はありますし」
「まあいいじゃん、なんか良くわかんないけど結果オーライでしょ。サンキューね、オジサン」
金髪ツンデレ魔法使いに銀髪で優しい雰囲気の修道女に赤髪に活発そうな斥候の三人がそれぞれ名前がロブだとついに判明したツンツン頭の少年を迎え入れる。斥候約の少女からはおっさんに投げキッスのおまけつきで。
「へへへ、よせやい。おっさんは先輩として当然のことをしたまでよ。」
まんざらでもなさそうに照れ顔のおっさん、伊達に44歳独身なわけではない。
「さ、長々とここで話してちゃあ他の冒険者の皆様の迷惑になっちまう。お互い謝って水に流しておしめえにしようや」
一番話が長かった男の台詞ではないだろうに、おっさんに促され歩み寄るゲーツとロブ。
「なんつーか済まなかったな。俺たちは分相応に田舎の小さなギルドにでも移って心機一転やり直してみるよ。また会うことがあったらそん時はできる限りで力になるから声をかけてくれよな」
「こっちこそいきなり喧嘩腰で悪かったな。俺もアンタみたいに長く冒険者続けられるように頑張るよ」
「ああ、お互い良い仲間を持ったみたいだしな。俺が言うのもなんだけど、お前はきっと良い冒険者になるよ。俺も負けねえけどな」
「次に会うときには俺ももっと強くなってるさ」
「口の減らねえガキだぜ」
「諦めの悪い先輩よりはマシさ」
お互い最後は罵りあいのような言葉になるが最初とは違う、親しみがあるもの同士の軽口を言い合える程度には互いを認めたらしい。おっさんという共通の敵のなせる技だろうか。
「じゃあな、ロブ。機会があったらまた会おうぜ」
「おう、ゲーツさんも元気でな」
互いの拳を付き合わせる冒険者流の挨拶を交わし別れる二人。
「お前ら!明日からと言わず今から俺たちは出直しだ!まだまだ俺たちは諦めねえぞ!」
「おうともさ!」
荒くれ男たちの熱い掛け声がこだまする。
「俺はまだまだ未熟だった。だけどその未熟さを理解したうえでまだ俺は上を目指したい。みんな、こんな俺についてきてくれるか?」
「もちろん」
若く力のみなぎる声に少女たちが応える。
彼らの行く道は最初から別だった、今もまた別の道を行くのだろう。でもきっと彼らの道はまたどこかで交差するだろう、そのときはきっと互いにとって頼もしい友となるはずだ。そう信じたい、あるいは願いたいなとその場の観衆誰もが思った。そして当事者の彼らだけでなく、観衆もまた、胸の内にこみ上げる熱い思いに気付き、決意を新たにするもの、今後の邁進を強く願うもの、再起を図るもの、それぞれにその思いを密かな言葉にするのだった。
新しい門出を満足そうに見送ったおっさんだったが、やがて彼らの声が聞こえなくなるとついにカウンターに向けて歩き出す。言葉だけで決闘沙汰の揉め事を見事に諌めたベテランは一体どんな依頼を果たしたのか、あるいはどんな依頼を受けるのか、その一挙一動をさえ見逃すまいと言うかのごとき視線がおっさんに集まる。
そんな中悠然とした歩みを止めついにその口を開くおっさん。一体なにを申し付けられるのかと期待の高まる受付嬢。
「冒険者登録したいんだけど、どうすりゃいいの?なにぶん初めてだから右も左も分かんなくてねえ」
「まだ冒険者ですらなかったんかいっ!!」
その場にいた全ての者が同時にずっこけ、渾身の叫びを投げつけられる。それを一身に受ける当のおっさんは、あれ?みんなどうしたの?見たいな感じで首をひねっている。
ところで礼儀と態度の話はしなかったのだが良かったのだろうか。
お読み頂きありがとうございます。10/22(月)に第3話を投稿いたします。それ以降は週1回以上を目標に投稿してまいりますので、よろしければ気長にお付き合い下さい。




