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20 特別なカリキュラム part2


 その週の最後に、作文を発表する時間が来た。

 広間に集まったみんなの前で、一人づつ自分の欠陥を発表していく、公開処刑とも言える時間だ。

 俺たちもディスカッションという名のお説教タイムを重ね、発表する原稿がまとまっている。

 ありきたりなフレーズを使い、いかにも指導員が喜びそうなことを適当に書きつらねた。


「まずは……戸津床!」


「は、はい」


 新入りからやらされるルールらしく、俺がトップバッターだった。


「この時間は、自分を見つめ直す時間だよ?」


 指導員たちの他に、園長も来ていた。目を細め、楽しそうに微笑んでいる。

 この時間には、いつもの授業とは違った空気がある。入所者たちもいつもとは顔つきが違う。

 緊張もあるが、みんなどこかワクワクしてるようだ。


「えーと、『気付かされたこと』。戸津床公太郎」


 そんな一同を前に、前に出た俺は、意を決して原稿のタイトルを読み上げる。


「僕は……ニートでした。自分は無能だと認めることができず、まともな就職先がないとか、周りの人間が悪いとか言い訳をして、他人のせいにして社会から逃げていました。何年も働かず、ずっと家に引きこもっていました」


 自らのプロフィールを自省的に読み上げる。

 これはみんなと話し合って書いた原稿。ここまでくると、もはや自虐だ。

 何が悲しくてこんなことを言わなきゃいけないんだ。


「本当は真面目に働いてさえいれば、必ず誰かは見ていてくれる。文句を言わずコツコツ頑張っていれば、必ず幸せになれる。だけど僕は他人を信じようとせず……自分の世界にこもっていました」


 これも書くように誘導されたこと。

 『自分の悪いところ』について、思ってもないことを話していると、なぜだか頭がグラグラしてくる。

 脈拍に合わせて、立ちくらみのように感覚が遠のいていく。だんだんと自分の声が遠くに聞こえる。

 きっとこれは、言いたくもないことを言わされていることへの拒否反応。

 俺は本心じゃ、こんなこと一ミリたりとも思ってないのだから。


 だけど今は、発表を終えてしまわなければならない。

 精神を一時的にシャットダウンして、さっさと原稿を読まなければ。

 そう自分では思っていても、目がかすんで焦点が合わない。読み上げが停まってしまう。

 くそっ、原稿どこまで読んだっけ?

 

「…………頑張れ~!」


 その時、奥の方から女の声が上がった。

 ハッとして声のした方向を見ると、そこには女子部屋のおばさん入所者がいた。言葉に詰まった俺を応援してる。

 や、やめてくれ!恥ずかしい!マラソン大会の最下位のやつじゃねーんだから。


「……クッ!」


 いっそ殺してくれ。唇を噛んだ。


「戸津床くん、苦しいよね?それは君の中の、悪い心が抵抗してるんだよ?だけど頑張ってそれを乗り超えれば、君も素直になれる!」


 園長がそう言う。

 なるほどね。俺はあれか、良い心と悪い心がせめぎ合ってるキャラ扱いなのか。なるほど。

 でもな、俺はこんなことしなきゃならないのが嫌で苦しんでるんだ!ムカついて苦しいんだよ!


「頑張れ!」

「頑張れ!」


 他の入所者たちは、口々に俺を応援をしてきた。

 シャバでの俺なら「がんばれ!がんばれ!」なんて言われたら爆笑してただろう。

 なのに、今は苦しくて仕方がない。なんなんだよ、このお涙頂戴みたいな演出。『負けないで』『ゴールは近づいてる』ってか?お前らは俺を何だと思ってるんだよ!


「僕はァ……」


 くそっ、声が裏返った。喉の奥が熱い。

 きっとこいつらの中じゃ、俺は感極まってると思われてる。


「大丈夫だ、落ち着いていけ」


 同じように声をかけてきた小暮は、今までにないほど優しい口調だった。

 クソ。いつもは極悪非道のくせに!なんだよこんな時だけ。


「これから僕は、意固地になっていた自分のプライドを……自分を変えたいです」


 発表のラスト。俺の口は、なぜか原稿に無いこと喋っていた。

 発表を終えた俺は、みんなの拍手で送られ、壇上から降りる。こんなに拍手されたのは、なにげに生まれてはじめてかもしれない。


「よく頑張ったねぇ?」


「……はい」


 園長がそう言ってきたが、顔をそむけた。

 今の俺はかなり顔が赤いと思う。もしかしたら屈辱のあまり目が潤んでるかもしれない。

 そこを見られて、泣いてると勘違いされたら恥ずかしい。だから顔をそむけた。


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