4話 闘いの予兆
翌朝、創太は母親の仕事が休みだったので、家族3人揃って食卓を囲んでいた。
「昨日は男二人でどんな話をしてたの?」
創太は母親に昨日のことを揶揄われ、それをあしらっているとふとニュースの音が耳に入りテレビへ目を遣った。
《昨日、〇山で登山をしていた男性が予定時刻になっても戻っておらず・・・》
(〇山ってそんなに遠くないな)
創太はなぜかわからないがそのニュースのことが気になって胸騒ぎがしていた。テレビによると、登山に行った男性が予定の時間になっても帰って来ず、連絡も取れず、警察による捜索が続いていて、事件の可能性もあるということだった。
「・・た、創太!聞こえてる!?」
「えっ、あっ、ごめん。」
「ぼーっとしちゃって、大丈夫なの?」
創太は大丈夫と答えながら、残っていたご飯を口に入れた。父親と母親は食べ終わったらしく片付けを始めていた。創太も残りを食べ終えると片付けに合流した。その間も創太の胸騒ぎはおさまらず、居ても立っても居られなくなり、父親に尋ねた。
「バイクって車庫?」
「ああ、車庫にあるが・・・。」
「ちょっと乗っていっても大丈夫かな?」
「・・・別に構わんが。」
急にどうしたと父親は少し困惑した顔をしたが、バイクのカギを創太に手渡した。ありがとう、と創太は伝えると急いで準備をして家を出て行った。後ろから、気を付けてと母親の声が聞こえたので創太は手を振って応え、バイクで〇山へ向かった。
「政彦さん、あの子なら大丈夫よね。」
多香子は妙な不安を感じていた。政彦はその不安を拭うように力強く頷き、息子の背中を見送っていた。
〇山中。そこでは警察による懸命な捜索が行われていた。
「先輩、全然見つからないっすよ。」
「ばかやろう、見つからないじゃない、見つけるんだ。」
先輩と呼ばれた恰幅の良い中年の男性の警察官は、ぼやいてきた若い細身の男性の警察官に言い放った。
「人の命がかかってるんだ、口じゃなくて体を動かせ!」
「わかってるっすよー、でも、おかしくないっすか。」
「何がだ。」
「こんな低い山で遭難なんて・・・、しかもこんなに探してもまだ見つからないんすよ?」
中年の警察官はそう言われると確かにな、と思った。〇山は標高は500メートルほどで、傾斜も緩やかな山である。近年の登山ブームにより、登山コースも整備され、登山初心者にも優しい。遭難なんて聞いたことがなかった。ましてや、天気は晴れ、捜索中の男性は10年以上登山をしている。
(そんな人が遭難するか?いや、慣れているから慢心でっていうのを聞くしな・・・)
などと考えていると、声が耳に入ってきた。
「おーい、ちょっと来てくれ!」
2人を含む周囲の警察官数名が声の元へ集まってきた。
「どうした!」
「佐々木さん、これを見てください!」
佐々木と呼ばれた先ほどの中年の警察官は藪の中を駆け寄り、指をさされたところを見てみるとそこにはリュックサックが置いてあった。
「これは、男性の荷物か?」
「おそらく」
「本部に報告は?」
「あっすみません、まだです。」
佐々木は報告を任せると、リュックサックを確認した。リュックサックはパンパンで荷物を出したり、盗られたりという感じはなかった。佐々木は疑問に思っていると、横から先ほどぼやいていた若い警察官が顔を出した。
「うおっ!?どうした安藤、驚かすな!」
「あれ?ここ濡れてないっすか?」
「何?」
改めて確認するとリュックサックの一部が濡れていた。近くには川や池といった水辺はなく、雨もここ数日降っていない。しかも狙いすましたかのように一部分だけ濡れているのだった。
「先輩、なんか聞こえないっすか?」
安藤の問いかけに佐々木は耳を澄ますとかすかにだがシューッというような音が聞こえてきた。周囲の者たちも聞こえたらしく、辺りを見回している。音は徐々に大きくなってきていて、何かが確実に近づいてきている。そんな不気味さ、緊張感が辺りに漂う。
「全員、背を合わせろ。・・・拳銃を抜け、警戒を怠るな!」
十数年の警察官の勘が告げる。これはヤバいと。佐々木は静かでありながら力強い声で全員に指示を出した。