3話 検証と秘密
「創太ー!仕事に行ってくるから、片付けはお願いねー。」
「はーい。」
多香子は朝食の片付けを創太に任せると車で仕事場である村役場へ向かっていった。
「・・・よし、片付けますか!」
実家に帰ってから5日が経っていた。創太の一日は朝食後、午前中は父親の仕事を手伝うことだった。創太の家は代々米農家であり、父親の政彦も継いで農業をしていた。創太もそのうち継ぐのかと思って小さい頃から手伝っていて、大学に進学してからは実家に帰った時に手伝うようにしていた。昼食を父親と食べた後は誰もいない所で自分の身体能力を検証していた。あんなバケモノを倒したのだから何かしらの変化があると思ってのことだった。
創太の元々の身体能力はだいたい平均よりちょっと上くらいのものだった。なんでもそつなくこなせるが特に目立ちもしない。5日間検証した結果はというと身体能力は向上していた。しかしそれは運動神経がある人クラスになった程度で化け物じみたものへの変化ではなかった。具体例をいくつか挙げると50メートル走が1秒ほど、立ち幅跳びが50センチほど、垂直跳びが20センチほど上がったというものだ。創太は内心少しがっかりしたが、能力が上がっているという事実に怖さも感じていた。さらに怖さを加速させるほど身体能力の向上よりも明らかに変化しているものがあった。それは自然治癒力の向上であった。検証中、過って転んでしまったのだが翌日にはそのときの傷や怪我が治っていたのだった。創太は検証すればするほど自分の体が普通ではなくなっていることを自覚させられていった。
その日の夜、自室にいた創太のもとに政彦がやってきた。
「・・・創太、少しいいか?」
「いいけど、どうしたの?」
政彦は創太の隣に座ると徐に話し始めた。
「・・・創太、私たちに話すことはないのか?」
「えっ・・・」
創太は父親からの問いかけに狼狽えた。自分を襲ったバケモノのこと、自分が普通の体ではなくなっていること、もしかしたらバケモノになってしまったのではないかということ、これらのことをはっきりと自覚してから両親に打ち明けるべきなのかをずっと悩んでいた。そのことを隠すようにいつも通りに振舞っていたのだが、どうやら悩みがあることはばれているようだった。どう答えるか迷っていると、
「・・・いや、無理に答えなくていい。お前のことだ、私たちのことを気遣っていたんだろう。話したくなってからでいいんだ、いつでも待っているから。」
「・・・お父さん。」
創太が父親からの愛情を感じ、感極まっていると、政彦は意を決して続けた。
「・・・まあ母親に聞きにくいこともあるしな、俺もそういう経験は少ないが人生の先輩として・・・。」
「・・・へっ?何の話?」
創太はなんかおかしいと思い聞き返した。
「むっ、何の話って、お前の悩みのことだろ。ついにお前に気になるような子でもできたのかと思ってだな・・・。」
政彦はお前こそ何の話をしているんだという様子だった。創太はそんな父親の様子とあの寡黙で不器用な父親が恋愛相談に乗ろうとしていることに笑いが込み上げてきて、堪え切れずに声を上げて笑ってしまう。
「どうした、違うのか?」
それでも創太は笑い続けていたので、政彦は自分が的外れなことを聞いてしまったことに気付き、恥ずかしさを押し殺し、仕切り直すように大きく咳払いをした。創太はなんとか笑いを引っ込めて父親の方を見た。
「とにかくだ。お前の悩みまではわからなかったが、こんな俺でもお前が悩んでいることくらいはわかる。母さんならなおさらだ。」
政彦は言い終わると、立ち上がり部屋から出ていこうとした。
「お父さん!」
創太は呼び止めたが次の言葉がなかなか出てこなかったが、政彦が再び出ようとしたときに、一言だけ込み上げてきた思いを込めて言った。
「ありがとう。」
「母さんにも言ってやれ。」
そう言うと政彦は笑みを浮かべ部屋のドアを閉めた。
創太はいつか話せる日が来るのだろうかと思いながら部屋の窓から夜空を眺めていた。