2話 故郷の家族
数時間後、とある病室で創太は目を覚ました。
朧げな眼で辺りを見渡すとどうやら個室であることは確認できた。
「あっ!」
創太は最後に映っていた自分の姿を思い出し、ベッドから慌てて飛び出して部屋の洗面台の鏡に飛びついた。
そこに映っていたのは、肩まで伸びたボサボサの黒い髪、丸い顔、外で活動していた割に白い肌、太めの濃い眉毛、奥二重の丸っこい目、色素の薄い茶色の瞳、といういつも鏡で目にする創太自身だった。
(あれ?元に戻ってる・・・夢だったのか?いや、あの感覚は・・・)
あの蟻のバケモノにぶつかって殴った感覚は生々しく体に残っていて、あれが夢や幻覚などではないことを助長する。だったら、あの黒い姿は一体何なのだろうと自問自答しているとコンコンとドアをノックする音がした。
「はい、どうぞ!」
創太が返事をすると、勢いよくドアが開いた。
「創太!大丈夫なのか?」
ドアを開けた男性は、ドアを開けるや否や創太に声を掛けてきた。
「うん、大丈夫だよ。お父さん、ありがとう。」
創太にお父さんと呼ばれた男性は、名前は小国政彦。創太の父親であった。壮年の男性で、細長い目で周囲の人には厳つい印象を持たれるルックスをしていた。
「・・・そうか。」
政彦は部屋に入ると創太にベッドに戻るように促すと自身はベッドの横にある椅子に腰掛けた。
創太の様子を見て、本当に大丈夫なのかを確認すると今の状況を話し始めた。
説明によると、車で通りかかった人が通報してくれて警察と救急車が来たらしかった。創太は気を失っていて、病院に運ばれたそうだ。バケモノの話はなく、どうやら見た人は他にいないらしかった。
すると、またドアをノックする音がして、警察官が二名やってきた。警察官はあのときの状況の確認をするためにいくつか質問をしてきた。創太はバケモノのことを遠回しに訊いてみたが、警察官に怪訝そうな顔をされたので、話すことをやめた。それ以降は気を失って覚えていないということで警察官の質問に答えていった。母子と運転手のことが気になっていたので訊いてみると、母子は母親が打撲や切り傷があったが軽傷で子供は無事で、運転手は頭を縫う怪我や骨折をして重傷だが命に別状はなかった。
警察官は一通り質問を終えるとお大事に、と言って部屋から出ていった。創太は全員助かったことがわかり胸をなでおろした。
「・・・良かったな、助かってて。」
政彦が独り言のように呟くと、創太はコクリと頷いた。
「早く家に帰りたいな。もう帰っていいのかな。」
「・・・わかった。ちょっと聞いてくるから創太はここで待っててくれ。」
そう言って政彦が聞きに行くと1時間ほどで退院することが出来た。創太は受付の待合所で手続きを待っているとちょうどテレビでニュースをやっていた。ニュースではバスの衝突事故として今日の事件が扱われ、報道されていた。自分が関わったことがニュースになっていて驚くとともに
(やっぱりバケモノのことは出てこないんだ・・・)
と思っていると
「行こうか。」
政彦から声を掛けられ、創太は立ち上がり一緒に車へと向かった。
病院は市内にあり、市内から故郷の実家までは車で40分ほどかかる。故郷の村は山の中にあり、コンビニもない所だった。その道のりは険しく、山肌を登っていくためアップダウンが激しく、ヘアピンカーブが続き、軽いジェットコースターのようなものだった。初めて来る人は車に酔う人も多いだろう。創太は実家に着くまでそんな久しぶりの道中の夜で暗く染まった景色を眺めていた。
実家に到着すると、家には温かな明かりが灯っていた。
「ただいまー。」
創太は久しぶりの実家の玄関のドアを開けるといい匂いが漂っていた。
「おかえりー、ごめんね、火を使ってて離れられないの!」
創太は声のする台所へ向かっていった。
「お母さん、今日はカレー?」
「そうそう、あんた好物でしょ?あっ、それよりあんた大丈夫なの?」
「うん、寝てたみたいなもんだし、怪我もないし。」
不思議なことに創太の怪我は何もなかったかのように治っていた。
「なら良かったけど、警察から連絡が来て何があったのかと思ったわよ、心配ないとは言われてたけど・・・」
創太の母親である多香子はテキパキと料理をしながらしゃべっていた。
「政彦さんなんてすごかったのよ、私の静止も聞かずに飛び出していったんだから」
「そうだったんだ・・・」
あの寡黙で落ち着いているお父さんが、なんて創太が思っていると
「多香子、そのくらいにしておいてくれ・・・」
といつの間にか創太の後ろに政彦が立っていた。
「はいはい、じゃあもうすぐできるから二人は準備お願いね。」
多香子がしょうがないというように話を切り上げると創太と政彦は言われた通り夕食の準備を始めた。
夕食はカレーライスとサラダ、唐揚げ、お味噌汁というラインナップだった。久しぶりの家族の団らんは海外のことの話になっていた。創太がどこでどんなことをしたのかを話し、多香子が楽しそうに相槌を打ち、政彦が静かに聞いていた。両親は創太の様子からあまり今日のことは触れないようにしていた。
創太はそのあと風呂に入り、布団に入ると安心からか急に眠気がきて深い眠りについた。