1話 チカラの目覚め
創太はバケモノとその場で対峙していた。
戦おうと思って動かなかったわけではなく、恐怖で動けなかった。
バケモノの全長は6メートル、高さは2メートルほどあった。
(やばいやばいやばいやばい・・・・・・・・・・)
足どころか全身が震え、呼吸が乱れ、心臓の音がレッドラインを超えたことを知らせるかの如く大きく速く体中に鳴り響いていた。
恐怖のあまり視線を逸らせずにいた創太は、否が応でもバケモノがどんなモノなのかを把握した。
把握したからこそ、余計に信じられなくなっていた。目の前の光景を。こんなことがあるのかと。
しかし、見れば見るほどアレにしか見えない。大きさを除けば、小さいころからよく見慣れているアレに。
「蟻だ。・・・蟻のバケモノだ。」
創太は無意識に呟いた。
声に反応したのか、バケモノは創太の方へ体を向け、なにか見定めるように顔を上下に動かしていた。
創太は息をのみ、その様子を窺った。心臓は限界を超え破裂してしまいそうなほど鳴っていた。声を出したことを後悔しつつ、早くどこかへ行ってくれ!と切に願った。
永遠かと思うほどの数秒のにらめっこはバケモノの負けで終わった。顔を右へ背けたのだった。
大きく息を吐き、創太は少しだが助かったと安堵した。このまま山の方へ行ってくれればと思ったその時だった。
「がっ・・・」
創太は左半身に衝撃を感じたと同時に鈍い音を聞いた。何が起こったのかわからなかったが両足に地面の感触がないことからなんとなく自分は宙に浮いているんだなと混乱した脳で思い至った。蟻の顎で吹き飛ばされたのだ。
創太の体は水切り石のようにアスファルトの上を何度もはね、文字通り体を削られながら田んぼの畔にぶつかり動きを止めた。
「あっ、がっ、うう・・・」
肺の空気を絞りだすようなうめき声をあげ、創太は横たわっていた。衝撃を受けた左の肋骨は折れ、呼吸をするだけで痛く苦しく、やっとの思いで出した声がそれだった。
アスファルトにぶつかった体は血で赤く染まり、皮膚がめくれ、小石が刺さり、肉が削げ、骨が露わになっているところもあった。
(痛い、痛い、痛い、熱い、熱い、熱い、苦しい、苦しい、苦しい)
創太は痛みとそれに伴う熱さ、それに呼吸困難という三重奏に悶え苦しんでいた。やがて、痛いという感覚が無くなり、熱さが寒さに変わり、意識が遠くなっていくのを感じた。
ぼやけていく視界の中、目に入ったのはあのバケモノの姿と一緒にバスを待っていた母子の姿だった。停留所は跡形もなく壊されていて、停留所があったであろう所に母親が少年を守るように抱きかかえて蹲っていた。
対峙していた時は自分のことで精一杯だった創太は、そうだ母子がいたんだ、そういえばバスの運転手は生きているのだろうかと思いつつ、母子が襲われるまでを見ていることしかできなかった。
(また何もできずに見ているだけなのか・・・)
トクン・・・
無意識にそんな言葉が創太の頭をよぎった。
(また僕は助けられないのか・・・!)
ドクン・・・
段々と体が熱を取り戻し、意識がはっきりしてくる。
(そんなのもういやだ!)
ドクン!
身体の感覚も戻り、痛みはほぼ消えていた。
(今度こそ助けるんだ!!)
ドクン!!
上体を起こし、あのバケモノを見据える。
(ヤツを消し去る!!!)
ドックン!!!!!
心臓が一際大きくゆっくりと脈打ち、血液が血管を破りそうな勢いで流れる。全身が炎のように熱くなる。
「ああああああああああああああああああああああ!!!!」
創太は雄叫びをあげ、母子を見つけ襲い掛かろうとするバケモノめがけて突進した。
20メートルはある距離を瞬く間に詰め、その勢いのままバケモノの胴体に肩からぶつかり、バケモノを吹き飛ばした。
創太は、母子の方へ向かい、大丈夫ですかと声を掛けようとしたが、バケモノが飛んで行った方向から動く音が聞こえ、そちらへ向き直った。
大きく深呼吸をし、腰を落として構え、左の拳を握りしめた。そして走り出すと起き上がろうとしているバケモノの顔に握りしめた拳を打ち込んだ。
「はあああああ!!!!!」
大きな打突音の後、バケモノの体に亀裂が走り、霧散した。まるでそこには何もいなかったように。
創太はバケモノの消滅を確認すると横転しているバスへと駆けていった。運転手の無事を祈りつつ運転席を窺うと意識は失っているが一命は取り留めたようだった。爆発の可能性があるので、運転手を引きずり出し、安全な場所へと運んだ。
全員が生きていることを確認した創太はふと思った。
(あれ?なんであんなバケモノ倒せたんだ?・・・そもそもなんで生きてるんだ?)
先ほどまで抱かなかった疑問を胸に、おもむろに殴った左手を見た。
(手が・・・腕が・・・黒い!?)
創太の手や腕どころか、胸から足先までも漆黒に染まっていた。全身をよく見ると赤い線が血管のように張り巡っていた。なんじゃこりゃ!?と言いたくなるような自分の体に驚き、顔はどうなっているのかと落ちていたバスのサイドミラーを拾い覗いてみた。
そこには漆黒の顔に赤い目、そしてロングの白髪のヒトのようなものが映っていた。