美亜との出会い
「おらぁ、おでん屋やめてヒップホップやろうと思ってんだ」
「どうしてですか七兵衛さん!世界一のおでん屋になるのが夢だったのでしょう?」
(なんでヒップホップなんだよ)
刹那は巨大なスクリーンから流れる映像から目をそらし、隣にいる美亜を見る。彼女は感動しているのか、その大きな瞳から大粒の涙をぽろぽろとこぼしている。美亜以外にも劇場内のあちこちから他の客の鼻をすする音が聞こえる。
(なんで皆感動してるんだ?私が間違ってるのか?)
再び、スクリーンに目を移す刹那だが、映画の面白さが理解できない彼女はだんだんと眠気に襲われ、ついに目を閉じた。
(あぁ。映画はよくわからないけど、やっぱりこいつと一緒にいる時間は楽しいな。小さいころからずっと一緒だったし、こんな私と一緒にいてくれるし…)
刹那は夢うつつの中、昔を思い出す。彼女は目つきが悪く、小学一年のころ一部の男子に目を付けられていた。ある日、些細なきっかけで彼女と男子数名は殴り合いの大喧嘩に発展した。普通に考えれば勝てるはずもないので、たった一人の女の子と男子達が喧嘩してるとなれば、女子を助けるのが普通である。が
「ひ、ひぃぃ~!一ノ瀬、やめてくれっ!」
「お、俺たちが悪かった!もう筆箱隠したりしないからゆるして!」
なんと刹那は満身創痍になりながらも、男子達を打ち負かしたのである!泣き叫ぶ男子達を無視してなお拳を振るう彼女に教室は騒めき、最終的に騒ぎを聞き駆け付けた先生によって喧嘩は終わったのだが…。
「一ノ瀬さんって、すごく怖いよね…。」
「不良なのかな?」
もともとクラスで孤立気味だった彼女は、喧嘩の件以降男子達からちょっかいやいたずらを受けなくなったが完全に孤立してしまった。皆、彼女を恐れているのである。
(ふん、別に私は一人でいい。誰がお前らなんかと…)
刹那はそう思いながら、常に一人だった。半年後に彼女が転校してくるまでは…。
「あ~突然だが転校生を紹介する。転校生、入ってきなさい」
朝のホーム—ルームの突然の転校生。教室が騒めく中一人の美少女が入ってきて挨拶をした。
「初めまして、春風美亜です。〇〇小学校から転校してきました。早く皆さんと仲良くなりたいです。よろしくお願いします」
小柄な体格に黒のロングヘア—。瞳も大きく薄いピンクの唇も一際目を引いた。
(かわいい…。)
刹那は彼女のそのお人形のような佇まいに思わず注視してしまい、はっと我に返る。刹那だけでなく、クラス全員が彼女に見とれていた。
「え~では席は…窓際の刹那さんの隣が空いてるから美亜さんはあそこに座るように」
「はい」
美亜は頷き、ゆっくりと優雅に、刹那の隣に座った。全員の注目を浴びる中、彼女は刹那に笑顔で語りかけた。
「これからよろしくね!セツナちゃん!」
(ふふっ懐かしいな。こいつと会わなかったら私は今頃不良か引きこもりになってただろうな)
隣からスンスンッと美亜の鼻をすする音が聞こえ、刹那は思わず微笑む。
(映画が終わったら、次はどこに行こうか。洋服買って、ご飯食べて、カラオケいって…できることなら、ミアとずっと一緒にいたいな…)
刹那はそう思いながら、ついに眠ってしまった。その美亜と、もう会えないと知らずに。
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上映終了の音楽が鳴り、美亜はハンカチで目をぬぐった。
「ふぅ~。映画、すっごく面白かったね!七兵衛と殺し屋の一騎打ちのシーンは本当にハラハラしたよ!」
美亜はそう言いながら隣を見る。だが、そこにいるはずの刹那の姿は無かった。
「セツナ…?」