シルヴァンの「我儘言ってみよう!」
クリスマスイブの小話ということで。
アルヴァン村の中には、薪を得るための小さな森や林がある。もちろん、さして深い森ではないので、薪拾いは子ども達の日課であったりするのだ。
以前のパン屋さんは、村の人のパンを作るということで薪の量が毎日半端なく、村から補助を得ていたが、アマーリエにかわってパン焼き分の薪が不必要になったため、予算が他に回せるようになっている。
そして、簡易コンロも普及してきているので、冬越し用の薪を少しずつ集めればいい家が、増えてきてもいるのだ。
仕事を終えたアマーリエはシルヴァンと一緒に、そんな森の一つに次の冬用の薪を拾いに出かけていく。
「オン!オン!」
春めいてきた森の中を、尻尾をフリフリ小走りで歩きまわるシルヴァン。薪を見つけたら、自分用のアイテムバッグに入れていく。
アマーリエの方は、薪を拾いながら早成りの木苺を摘んでいる。
「ウッ、酸っぱい」
「オン?」
「ん?食べる?まだ酸っぱいけど」
「オン!」
アマーリエは摘んだ木苺をシルヴァンの口に放り込む。
「キュゥ!」
「酸っぱいでしょ」
思いっきり顔をしかめたシルヴァンを撫でるアマーリエ。
「キュゥ〜」
「ジャムにするよ。もう少し先になったら甘くなるよ」
「オン!」
「さてもうちょっと、薪を拾っておくか」
アマーリエの言葉に頷いて、シルヴァンは薪を拾いに森の奥に入っていく。
「オンオンオン!」
森の中心部付近からアマーリエを呼ぶシルヴァン。
「なに〜?」
アマーリエがシルヴァンの呼ぶ方に向かうと、そこはかなり大きな倒木が苔むし、ちょっとした広場のようになっていた。
「わぁ、きれいなところだねぇ。こんなところもあったんだ。今度みんなでピクニックにでも来ようか?」
「オン!」
しばし森の風景に見惚れるアマーリエとシルヴァン。
「え、なに?切り株のお菓子?バウムクーヘン?」
「ンー」
シルヴァンから切り株の画像念話が届き首を傾げるアマーリエに、シルヴァンが違うと首を横に振る。そして改めて、画像念話するシルヴァン。
「あ〜、ブッシュドノエルね。でもシルヴァン、カカオないから真っ白の雪ヴァージョンしかできないよ」
「オン!」
「どっちにしても季節外れな上に、宗教関係ないけどまあいいか。食べたいんでしょ?」
「オン!」
「木苺もあるし、いいよ」
尻尾を極限まで振って舞い上がるシルヴァンに、アマーリエがニヤッと笑う。
「ただし、平常心で家に帰ること!あんたがウキウキして体全身で喜び表現すると、村の情報屋共に何かあたってすぐバレるからね。食べる分がなくなっちゃうよ」
「!」
慌てて、尻尾を止めようとするシルヴァン。
「ブクク。じゃ、帰ろうか」
「オン」
小さく鳴いて返事をしたシルヴァンは、真面目な顔をし、内心で平常心平常心と唱えながら、ぎこちない歩き方でパン屋に戻った。
アマーリエはそのまま家の裏の薪棚にとってきた薪を並べていく。シルヴァンも同じようにバッグから薪を出し、風魔法で積み上げていく。
「さてと。じゃ作ろうか?」
アマーリエに尻尾を一振りして、いそいそとパン屋の中に入っていくシルヴァン。
厨房に入ると、アマーリエはカバンから木苺を取り出し、シルヴァンは頼まれた材料を取りに地下に降りる。その間にアマーリエは、木苺に浄化魔法をかけ、飾り用の数粒を残して、砂糖と一緒に小鍋に入れ、火にかける。
「オン!」
「はい、ありがとう」
シルヴァンは自分のカバンから頼まれた材料を取り出して、作業台においていく。
「シルヴァン、ジャムの鍋見てて」
「オン!」
木苺のジャムをシルヴァンに任せ、アマーリエは天板に紙を敷き、オーブンを予熱して下準備し、スポンジ生地を作り始める。
「キュゥ?」
「ああ、マヨネーズ?今日は温泉水……ソーダ水を使うんだけど、マヨネーズの中のお酢が炭酸と反応して膨らみやすくなるんだよ」
「ハゥ」
「いっぱい入れるわけじゃないから、お酢臭くはならないよ、大丈夫」
アマーリエは手早く生地を作ると、紙を敷いた天板に生地を流し込んで、平らにならす。天板をオーブンに入れて、今度は生クリームを作り始める。
シルヴァンも最近はジャム作りに慣れてきたようで、時折、風魔法で鍋の中身を混ぜながら、鍋のお守りをしている。
「よしクリームもオッケー。さて生地の方はどうかな」
オーブンの覗き窓越しに生地を確かめてから、アマーリエは扉を開けて、串を生地に刺して焼け具合を確認する。
「お、大丈夫」
「オンオン!」
「ジャムもできた?バッチリだね」
アマーリエは天板から生地を取り出し、巻き簾の上に生地を置く。紙を剥がしてジャムを塗り、その上からクリームを塗って、巻き簾を使って生地を巻いていく。
「フォー」
「端っこ味見する?」
アマーリエの言葉に首を横に振り、我慢するシルヴァン。アマーリエは指二本分ぐらいの厚みに切ったものをよけて、ロールケーキ全体にクリームを塗っていく。塗り終えたら、切った端を載せ、そこにもクリームを塗っていく。フォークで模様を入れ、木苺を飾り粉砂糖を茶こしで篩っていく。
「ホイ完成!」
真っ白な雪の丸太に、赤や黄色の木苺が彩りを添える。真っ白なブッシュドノエルの完成だった。
「ワウ!」
目をキラキラさせて、ケーキを見るシルヴァン。
「夕飯食べたら、食べようね」
「オン!」
嬉しさをおさえきれなかったシルヴァンは、結局、庭に出て走り回ることになる。それを神殿からの帰りだったメラニーに目撃され、一緒に、夕飯とブッシュドノエルを食べることとなる。
「ワウ!」
「わぁ!」
夕飯の片付けの後、アマーリエはお茶を淹れ、ブッシュドノエルを披露する。
「きれいですね、雪化粧の丸太ですか。はぁ、美味しいご飯の後にきれいなお菓子!もう死んでもいい」
ため息を吐くメラニーに、アマーリエが苦笑する。
「ほんとは真冬のお菓子なんですけどね。さ、どれぐらい食べます?」
悩み始めたメラニーを他所に、シルヴァンは枝の着いた部分がほしいと画像念話でアマーリエに訴える。
「うう、こっちの端から、ゆ、指三本分ぐらいでお願いします!」
「あはは、遠慮しなくていいですよ」
「うう、遠慮じゃないの。この間隣の人に、ちょっと丸くなった?って聞かれて」
「ああ、食事制限ですか」
「美味しいものが食べられる機会が増えてるでしょ。冒険者ギルドの携帯食とかうちのギルドの宿もちょっとお高い目の携帯食とかはじめちゃうし」
「ハハハ、そうですね、まだ商業ギルドの方は食べてませんけど」
「美味しいのよ!どれも!」
「あはは。気持ちはわかります。じゃ、控えめにしときますね」
「お願いします〜」
メラニーのダイエットを邪魔するほど鬼ではないアマーリエは、注文通りにカットして紅茶と一緒にメラニーに手渡す。そして、涎が垂れ始めているシルヴァンに、枝付き部分を切って上げるアマーリエ。
「ワフ!」
口の端にクリームを付けてご満悦のシルヴァンに、メラニーがニッコリ微笑み、自分の分を口にする。
「ン〜、酸っぱさと甘さが口の中でいい感じに混ざります」
「今年の早なりの木苺ですよ。採れたてをジャムにしました」
「もうなってました?わたしも今度のお休みに森に行こう」
まったりした時間を過ごした後、メラニーは暇乞いをして帰っていった。残ったケーキは翌日、シルヴァンが朝食のデザートに食べ、満足な一日を過ごしましたとさ。