我らレジェンド合唱団! 喜びの歌
今年はこれで最後になります。今年も一年ありがとうござました。来年もよろしくお願いします!(お年玉は期待しないで待っててくださいなー)
年の瀬も迫ったアルバン村。アマーリエは、蕎麦を打った後、シルヴァン、黒紅と一緒に神殿に向かう。雪をガードするのは、黒紅の魔法だ。
「シルヴァン、なんかすごく楽しそうだね」
「うん!今日は年末恒例のあれをレジェンド装備達に演ってもらうの!」
「年末恒例のあれって、あれか!?できるの?」
『主。あやつら、そやつの無茶ぶりに応えておったぞ』
「シルヴァン……」
ちょっと気が遠くなりかけた、アマーリエであった。
まだ木々も緑なある日のこと。神殿の広場で一生懸命、呪歌と祝詞の反復練習をしていた伝説級装備達に、シルヴァンが注文をつけた。
「ねえ、ねんまつに、だいくがききたいなー。しってるよね?」
『……』
無い視線を、シルヴァンからそらす装備達。
「ねえ!ベニちゃんにたのんでもいいんだよ?このよとおさらばする?」
『龍の威を借る狼か!』
「やっぱりー!ぜったい!しゅっしんおなじだっておもった!ひごろのげんどうにもんだいありすぎ!」
『な、内緒で』
「そりゃナイショでしょ。いえないし、なんでそうびにてんせいしたかも、きかない。むしろいわないで!ぜったいアイテムボックスにいれて、ダンジョンのイチバンふかいところに、うめたくなるから!」
『うぐっ』
「で、だいく」
『『『『ゴホン。それ!しーごと納めだ、正月じーまい!みんなで楽しく、天ぷらそーばー、た〜べよ♪』』』』
「それしってる!えー!じだいもいっしょなノォ!?って、みどりのたぬきじゃなくって!」
『『『『違う!どん兵衛だ!喧嘩売ってんのか!金パッちゃんに!』』』』
「あ。そっちか。いや、そうじゃなくって!だいくききたいのー」
ジタバタごねるシルヴァンに、装備達は無い視線をお互い合わせて、無い肩を竦めてみせた。顔もなけりゃ手足もない割に、空気で色々伝えてくる装備たちであった。
そして、何やらゴニョゴニョと打ち合わせを始める。
『槍の、アーの音』
『ンー』
『『『『ンー』』』』
盾の指示でハミングで調音する槍装備。それに他の装備が音を合わせる。
「ワクワク」
『ジョイフージョイフー、ロード ウィー アドア ズィー……』※
刺突剣のソロで幕が開ける。
「え、天使な方?」
見事ゴスペルバージョンで歌い切った、装備達。ジャパングリッシュだったのは、ご愛嬌。
「おー!すごいすごい!」
『ま、我らにかかればこれぐらい』
ドヤる装備達にシルヴァンはにっこり笑って言い放つ。
「たいりくこうようごでヨロ!」
『怒』
装備達から殺気が漏れる。
「ベーにーちゃーん!」
『!くぅっ!このチミッコめぇ』
無い歯で歯軋りする装備達に、呼ばれた黒紅が首を傾げながら近づいてくる。
『なんじゃ?そなたらなんぞ悪巧みかえ?』
『『『『違いますから!』』』』
「ベニちゃん、そうびたち、すごいんだよー、あたらしいうた、おぼえたの!」
『ちょ!?まて!チビ助!古代竜よ、もう少し練習してからお聴きください!』
『よくわからんが、ああ、妾で良ければ聴いてやるほどに』
『ありがたき幸せ!』
「ちぇっ」
『(イラッ)』
「黒紅さまー!こっちお願いします!」
『今いくのじゃ!そなたら、仲良うの?』
冒険者に呼ばれた黒紅は、そう言いおいてその場から離れる。
「さ、だいく!ベートーベンさっきょく、しらーさくし、こうきょうきょくだいきゅうばん、がっしょうつき!」
『無茶言うな!あれはだな!シンフォニーそのものが物語になっているんだ!第一楽章は、新しい音楽への彼の挑戦と苦悩、そして新しい時代の始まりを表している!第二楽章は……』
始まったウンチクは長くなるので割愛するとして。
『歌だけ歌っても、彼の魂!クラッシックの作曲家でありながら、耳が聞こえなくなった彼のロックな魂は表現できんのだ!』
クラッシックファンだったらしい、盾装備の渾身の叫びに、シルヴァンが息を吸い込む。
「うっ」
『う?』
「うおーーん!だって、りえちゃんにきかせてあげたいんだもーん!」
『』
シルヴァンの大泣きに、無い眉をしかめ、苦渋を醸し出す盾装備。
『盾の。泣く子と古代竜には勝てんのだ』
『わかった!わかったから泣くな!アレンジする時間ぐらい寄越せー!』
「うへ。できたら聴かせてね」
そんなあれこれの後、間にスペースバトルシップの歌も歌わされつつ、とうとう迎えた大晦日。
黒紅の魔法で暖められた祈りの間に、村の暇な人たちが集まり、装備たちの演奏を今か今かと待っている。
「それでは、お集まりの皆様。我らレジェンド合唱団によります、【歓喜の歌】をお聴きください」
ネスキオの仕切りで装備たちの歌が始まる。
出だしは、盾によるソロパートからだ。
『ああ、友よ!こんな響きでは無い!!もっと心地の良く、喜び溢れる歌を共に!』
「「「「「……」」」」」」
朗々と響く、盾装備の歌声に、固唾を飲む聴衆。
『友よ!』
『『『『友よ!』』』』
『友よ!』
『『『『友よ!』』』』
盾に呼応する他の装備たち。そして間に入るオーケストラパートをボイスパーカッションとヴォカリーゼで処理する装備たち。そのアレンジの高度さに、驚き、音を立てずに拍手するのはアマーリエ。
『喜びよ!そは神々の火花!西の果ての楽園の乙女たちよ!喜びと言うなの火に酔いしれる我等を聖所に迎入れたまえ!汝の魔力は再び我等をつなぐ、時流に切り離された我等を!すべての人々が兄弟のようにの汝の優しき翼のもとに!』
『『『『喜びの魔力は我等を再び繋ぎ合わせるのだ!時流に切り裂かれた我らの絆を!兄弟のように、汝の癒しの翼のもとに!』』』』
盾、槍、メイス、刺突剣の順にソロパートが移り、それに声を合わせよと合唱が被ってくる。聴衆は装備たちの圧倒的な声の響きに心を奪われていく。
歌は緩急をつけ、次第にクライマックスへと向かう。
『『『『光に包まれた喜びよ!』』』』
最後の瞬間、音は消え、人々は息を止めたまま立ち上がり、盛大な拍手を装備たちに贈る。
「アンコール!」
シルヴァンが手拍子と共に再演の声かけをし、聴衆もわからぬままシルヴァンにあわせ始める。
『ゴホン。では要望にお応えしまして』
盾が合図を出し、ゴスペルバージョンを披露する。聴衆も立ち上がったまま、そのノリに体を合わせ、踊り始める。
聴衆は、感動のまま装備たちを褒め称え、感謝し、作り手である職人たちは、ようやく、装備たちを作って良かったと心の底から思ったのである。
そして、装備たちが歌うサリマライズのなか、聴衆は、心を満たされ、家路に着いたのであった。
※原著者Henry van Dykeによる作詞のカタカナ表記になります。
ベートーベンの交響曲第九番。近代以降の歴史の節目節目に演奏されます。私の記憶に残るのは1989年ベルリンの壁崩壊後のバーンスタインのベルリン公演でしょうか。バーンスタインのベルリン公演では、「フロイデ(喜び)」は「フライハイト(自由)」と歌詞を変更して演奏しています。また日本の一万人の第九も、記録に、そして記憶に残る演奏が多いですね。今年もコロナで一堂に介しての演奏は無理でしたが、なんとか演奏されてよかったです。第九は、時流によって、いろいろなものを音という形で、人々の記憶に刻んだ交響曲だと思います。




