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シルヴァンの換毛期

 マーサがパン屋にプリンを買いに来た日のこと。

「あら、シルヴァン。冬毛が抜けてきてるわね」

「オン?」

 マーサに指摘されたシルヴァンは、自分の体の方を見ようとくるくる回り始める。

「あー、そうですね。衛生もあるし、梳いちゃうかってブラシ持ってるのアルギスさんだよ」

 アルギスに任せて、ブラシを買わなかったアマーリエはちょっと面倒そうな顔をする。

「うーん、これだとむしろ櫛で梳いたほうがいいわよ。ちょっとまってて持ってくるから」

「え、悪いですよ。店が終わったら買いに行きますよ」

「いいから、いいから」

 しっかり旦那の分のプリンも買ったマーサは、自分の店へと戻り、櫛を持ってまたアマーリエの店にやってくる。

「持ってきたわよ〜」

「ありがとうございます」

 櫛の代金と試食用の新しいお菓子をこっそりマーサに渡すアマーリエ。

「うふふ、こちらこそ悪いわねぇ。食べた感想はまた今度ね〜。じゃぁ」

「は〜い、お願いします」

 実は、アマーリエのこのちょっとした気遣いが目当てだったりするマーサなのであった。


 店が終わった後、アイテムバッグと敷布を持ってシルヴァンと庭に出たアマーリエ。

「では、やりますか」

「オン」

「最初は手ぐしで取れるものを取って、毛が絡まってるところをほぐしてからにするか。アルギスさん、ブラシ買って、シルヴァンのブラッシングしてたのかな?」

「ンーウォ」

「……一緒にしごかれてそんな余裕も体力もなかったんだね」

「オン!」

 シルヴァンからダンジョン探索のための修行後のアルギスの画像を念話で見せられ苦笑いするアマーリエだった。

「はい、お客さん痒いところはないですか〜」

「オン〜」

 床屋さんごっこをしながら、アマーリエは抜けたシルヴァンの毛をアイテムバッグに放り込んでいく。

「うわ〜、さすが狼。アンダーコートがごっそり取れるね」

「クゥ?」

「ああ、種類によっては冬毛にならない子もいるからね。柴犬とか冬はモフモフだったでしょ」

「オン!」

 あらかた手で抜け毛を取り終えると今度は櫛を使って細かく梳いていくアマーリエ。シルヴァンは、言われるがままにあっち向きこっち向き、仰向けになりながら、毛を梳いてもらっている。

「うん、こんなもんかな。かなりカサが減ってスッキリしたねぇ」

「オン?」

 言われたシルヴァンは立ち上がってまたくるくる自分の体を見ようと回り出す。

「さて、どれだけ取れたかは家の中で見るか。ここで出したら飛んでいきそうだし。柴の換毛期の抜け毛の量はすごかったからなぁ。楽しみだ〜」

 フッフ〜ンと鼻歌を歌いながら二階に戻るアマーリエについていくシルヴァン。

 アマーリエは居間の床に布を敷いて、その上にシルヴァンから取れた毛を出していく。

「ワゥ!」

 自分から出たアンダーコートの毛の量に驚くシルヴァン。

「うん、自分と同じぐらいの嵩の毛が取れるとは思わなかったでしょ」

 アマーリエの言葉に頷く、シルヴァン。

「シルヴァンの毛って獣毛臭くないんだよね〜、不思議。魔狼になると獣枠じゃなくなるのかねぇ?」

「クゥ?」

 自分の毛に鼻先をツッコミ匂いを嗅ぐシルヴァン。魔力の甘い匂いしかしないことに同じように首を傾げている。

「さて、これをどうするか。明日休みだし、ふふふ、遊んじゃお〜」

「オン?」

 何やら楽しそうなアマーリエの様子に、抜けたとは言え自分の毛をどうする気だろうかと心配になるシルヴァン。

「まあ、いいもの作るから楽しみにしててよ。さて、夕飯にしようか」

 アマーリエは布ごとシルヴァンの毛をアイテムバッグに戻し、夕飯の支度に取り掛かる。その後ろにひっついてまわるシルヴァン。

 その日はそのまま、夕食を済ませ一緒に眠った一人と一匹であった。


 翌日の白の日。いつもと変わらず早起きしたアマーリエは裁縫道具と海綿を持って居間に行く。シルヴァンはまだベッドの中でぐっすり眠っている。

「んふふふ。では錬金術を使いまして、針の加工っと。よし!成功。そして針金を使ってまずは骨格を……」

 針金をねじったり曲げたりしながら何やら作り始めるアマーリエ。そのままその針金の芯にシルヴァンの抜け毛を巻いていく。

「ふむ、こんなもんかな?えーっとさっきの加工した針、針っと」

 先がギザギサになった針で、ブスブスと人形もどきを刺す様はまるで呪いの藁人形のようであった。

「このあたりに毛を追加してっと」

 毛が足され、藁人形もどきがどんどんシルヴァンぽくなっていく。

「耳は、この海綿の上で形を整えてっと……こんなもんかな?」

 小さな三角に作られた耳を、人形の頭の上に針で刺しながら付けていくアマーリエ。

「目は〜、ああ、確か魔石のクズ石があったはず……」

 私室に戻ってガサゴソ箱をあさって、魔石の欠片のはいった袋を探し出すアマーリエ。見つけた袋を手に居間に戻り、袋の中身を机に出して人形に合う大きさの魔石の欠片を探し始める。

「ふむ、これが良さそう。んっと、石の欠片に錬金術で穴を開けて、糸を通して縫い付けちゃうか」

 魔石の欠片を人形に縫い付けて、全体のバランスを見るアマーリエ。

「もうちょっとこのへんふわふわさせるか」

 ああでもないこうでもないとバランスを見ながら最終調整に入る。

「んん〜?いまいち目の輝きが……。画竜点睛を欠くのは嫌だ。うう〜?魔力入れてみるか」

 自分の魔力を細く練って、空の魔石なシルヴァン人形の目に入れていく。するとキラキラと輝きが増したようになる。

「よっしゃ!出来た!我ながら見事な造形力!フハハ、シルヴァン人形完成!」

 アマーリエの高笑いで、シルヴァンが起き出してくる。

「オン?」

「あ、ああシルヴァンおはよう。見て見て、シルヴァンそっくり!」

「ワゥ!」

 アマーリエの手のひらに収まる、自分そっくりな人形に驚きの声を上げるシルヴァン。そのまま鼻先を近づけ、クンクンと匂いをかいで確認してしまうほどの出来であった。

「さて、朝ごはんにするか。あ〜楽しかった。さて誰に見せて自慢しよう〜。まずはアルギスさんかな?ハハ〜」

 モフモフ好き達の顔を浮かべ、高値で売りつける腹づもりのアマーリエであった。これがまた後で碌でもない騒動になるのである。

 朝食を済ませたアマーリエは、シルヴァンにポーズを取らせながら、毛を使い切るまで狼毛フェルトで量産し続けた。

「ふふふ、7体出来た!どうよ!おすわりシルヴァンに、伏せシルヴァン、ヘソ天もあるぞ!」

「ワフー」

 アマーリエの妙なテンションに、ちょっと引きながらも造形力の凄さには感心するシルヴァンであった。机に並べられたシルヴァンシリーズをじっくり見ながらシルヴァンはため息を漏らしている。

「リエ!居るか〜!」

「よっしゃ!いいところに鴨が来た!は〜い、今行きます〜」

 軽やかに階段を駆け下り、にこにこ顔で来訪者を引き入れるアマーリエ。その笑顔に何やら黒いものを感じた、ひよこ載せダリウス。思わず一歩引きながらも、手に持っていた魔法瓶をアマーリエに渡す。

「……リエ?なんか悪巧みしてないだろうな?ホイ、これ近くの森で取れたはちみつ」

「まさかー。わぁ!ありがとうございます。お昼まだですか?食べてきます?ピーちゃんもお腹すいた?さあさあ、遠慮なく!うふふふ、いいもの作ったんですよ!見てって下さい!」

 いつにない、アマーリエの歓待に本能が危険を知らせるも、良い物と聞いて一緒に居間に上る、ダリウスだった。

「じゃーん」

 居間のテーブルに載せられたシルヴァン人形に、ズキューンと射抜かれたダリウスだった。思わずテーブルの前に跪き、じーっとシルヴァン人形に見入る。いや魅入られているのか?

(ふふふふふ。食いついてる食いついてる)

 ダリウスの頭の上から降りたピーちゃんも、不思議そうにそのシルヴァン人形の周りをピヨピヨ鳴きながら見て回っている。

「お昼ごはん作ってきますね〜」

「……ああ」

 アマーリエの言葉が耳に入らない様子で生返事をするダリウス。アマーリエは手っ取り早く、保存食となってしまっているカレーを使ってオムカレーを作り居間に戻る。

「は〜い、オムカレーですよ〜」

「リエ、これ触っていいか?」

「どうぞ〜。ダリウスさん、椅子に座ってくださいよ」

「あ、ああ。すごいな、これ。シルヴァンそっくりだ」

 ダリウスは近くの椅子に座りながら、オムカレーには目も向けずそーっとシルヴァン人形を手に持って、じっくり見ている。

「それ、シルヴァンの冬毛で作ってるから、まんまシルヴァンですよ〜」

「そうなのか!?」

「オン」

 口の周りをカレーで汚しながらも、返事をするシルヴァン。

「すごいな〜。目は魔石だろ?」

「ええ。一番シルヴァンの目に近いんで、魔石にしてみました」

「はぁ、可愛いなぁ。アマーリエは器用だなぁ」

「ふふふ。毎日パンを丸めてますからね。造形力は任せてくださいよ」

「なるほどなぁ〜」

「オンオン!」

 シルヴァンが風魔法でオムカレーをダリウスの前に置く。

「あ、ああ。オムカレー、ありがとう。汚れちゃ駄目だな。こっちの端においてと。ピーちゃん?」

「もうオムカレー食べてますよ」

 シルヴァンの横で、せっせとオムカレーをついばむピーちゃんであった。それに頷いて、ダリウスもオムカレーを食べ始めるが、いつもより手の動きが遅い。

「なぁ、リエ?」

「はい?」

 ジーッとシルヴァン人形を見つめるダリウスに、ニヤける顔を必死でおさえて返事をするアマーリエ。

「その、なんだ」

「はい?」

「うぅ、このシルヴァンの人形……」

「はい」

「う、売ってもらえないだろうか!?」

「シルヴァン、いい?」

「オン」

「い、いくらだろうか?」

「まあ、もともとシルヴァンの毛なんで材料がただっちゃただなんですよね。目の魔石は欠片に私が魔力入れただけですし。強いて言えば、わたしの製作時間ぐらいですからね」

「うん」

「あとはシルヴァンへの愛が如何程かと?」

 ニヨ〜ッと笑うアマーリエであった。

「リエ、お前それ置屋の婆さんと同じ顔だぞ」

「ムッ、うちの子は高いんですよ!旦那!」

「はぁ。わかった。ダンジョンで色々取ってくるから」

「毎度あり〜!よろしくお願いします!好きな子一匹どうぞ」

 アマーリエとダリウスの会話に、思わず複雑な顔になるシルヴァンであった。

 いろんなポーズのシルヴァン人形を見てどれにするか悩み始めるダリウスにちょっとヤキモチを焼いて、思わずシルヴァンがズボッとその膝に顔を突っ込む。

「お、おお。悪い悪い。お前のことは大好きだぞ?ただな、ずっと一緒にいられないのが寂しくてな。人形ならお前の代わりにずっと側に居られるだろう?お前の毛だし」

 シルヴァンをモフりながら言い訳を始めるダリウス。

「ピーピー」

「あああ、ピーちゃんも、もちろん大事だぞ?可愛いな?ううう、こんなに動物になつかれるのが嬉しいなんて……」

「……ヨカッタデスネー」

「よし!決めた。このおすわりの子にするぞ」

 悩みに悩んでなんとか、どれにするか決めたダリウス。

「毎度〜。ダンジョンのアイテム楽しみにしてますんで」

「うん。さて、南の魔女様にでも見せびらかしてくるか」

 ニヤッと笑って、自分同様、小動物には逃げられる南の魔女を標的に選んだダリウスであった。

「え、ダリウスさん、なにげに強者(つわもの)

「ふふん。南の魔女様は可愛い物好きだからな。反応が面白いんだ」

「あー、つまり南の魔女様とアルギスさんが駆け込んでくるわけですね、うちに」

「そうだな。準備しとけ。ああ、昼ごちそうさん。はちみつの菓子を楽しみにしてるぞ」

「はいよー」

 ピーちゃんを頭に載せ、いそいそと神殿に帰っていったダリウスであった。

「さて、どこか出かけようにも逃げる場所も隠れる場所もないアルバン村じゃ、どうしようもないっていうね。しゃーないお菓子でも作って、南の魔女様とアルギスさんが来るのを待つか。ちぇっ」

 ダリウスが帰ってからしばらくするとモフモフスキー共が店にやってきた。

 南の魔女が一匹、アルギスは兄の分もと二匹持ち帰り、残り三匹のシルヴァン人形が残った。

 が、三人によって見せびらかされた人々によって残り三匹の購買権争奪戦が行われることとなった。

 冒険者ギルドでトーナメント方式、勝負の方法はくじで選び、非戦闘員も勝負できるように考慮され、かなりの祭りと相成った。

「「「アマーリエさん!シルヴァンの換毛期にまた作ってよね!」」」

 買えなかった人の恨みとは凄まじいものがあるのである。そんなこんなで換毛期のたびに、シルヴァン人形を作ることになったアマーリエだった。


 後に、シルヴァン人形を身に付けていたやんごとなきお方が刺客に狙われた際、このシルヴァン人形に助けられることとなり、身代わり人形としても有名になるのであった。アーロンが後できちんと鑑定し、シルヴァン人形は鑑定書付きのプレミアム人形になるのである。

さ、荷物も届いたし、がま口作ろ。

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