トラウマパン
頂いた感想からの着想です。
「リエちゃん」
「何?シルヴァン」
「あのね、なんでリエちゃんは至高のパン食べても、普通のパン食べられるの?」
「私にとっての、【至高】ではないからかな」
「?」
「私が今作れる至高のパンと、私の記憶の中にある、本当に作りたい、至高のパンにはまだ差があるんだよ」
「え」
「前世で食べた、師匠が作ってくれたバケット。それこそが私の中の至高のパン。未だ至らずだよ。二周目の人生だけど、まだまだ先は長い」
「じゃあ、神さま。リエちゃんが来年、パンを作らないと、ずっとトラウマ?」
「うふふふふ。さあ、どうだろ?神様のことは次元が違いすぎて、私にはわからないからね。ああ。来年はまたシュトレンだよ。ちゃんと、来年の分の干し果物と木の実は、一番出来の良いお酒に漬け込んでおいたから」
「そうなんだ」
「うん。麦の粒選り分ける作業は、しばらくいいや。また今度、職人魂に火がついたら、やろうっと」
黒いものが抜けたアマーリエ。こだわりもどこかに抜けていったようである。
こちら別次元の神さま会議。
「魂の管理者はどうした?」
「姿が見えませぬな」
「この間、ウチの世界で見かけましたよ。パンがどうとかこうとか」
「神はパンのみに生きるにあらず!ネクタルがあるでしょう!会議前までに、即刻、探し出してらっしゃい!」
「「「「はいっ!」」」」
なんとか魂の管理者を捕獲して帰ってきた、どこぞの星の一柱。
「議長!一応、うちの星に来てました!捕獲しましたが、あんまり大丈夫そうじゃないんですが」
「消滅せぬゆえに神なのじゃ。問題な……いようには見えぬな。これ、そなた大丈夫か?」
「……」
「消滅しかけではないのか?何があった?神の一柱が消滅など、大問題ではないか!詳細を知るものはおらぬのか!?」
会議が初っ端から、大騒動となった。
「「「「神殺しのパン」」」」
詳細を聞いた神々がポツリと漏らす。
「善意なのに悪意より質が悪いとか、人間怖すぎ」
「そなた、今一度、そのパン職人とやらに神託を……」
「回数制限に引っかかりますのでできません。あと、同じものはできぬので、別の神が神託をしても解決には至らぬかと」
議長である格の高い神から、なんとかしろと言われた北神。しかし、やたらめったら神託を出すのは、ありがたみがなくなる上に、世界に干渉し過ぎることになるため、世界ごとに回数制限が設けられている。
そして、来年にならねば次の麦は出来ない上に、今年の麦よりできが良いとは限らないのだ。
「さらに美味いパンで上書きするしかないと?」
「すべての世界の神にご協力いただいて、パンを用意していただくのが一番かと」
すべての世界の魂の流通を司る神の危機に、星や世界を司る神々は、渋い顔で協力することになった。
「何が悲しゅうて、創造物にパンを焼いてくれと頼まにゃならんのだ……」
ぶちぶち言いながらも、世界の崩壊待ったなしにはできぬため、神託を出す、ある星の神。
神託が下りる世界の各神殿には、【最高のパンを焼いて、奉納すべし】と神託が下り、神託の出せぬ世界では、夢枕で【最高のパンを神様に食べさせよう!】の誘導が行われたのである。
結果、会議場に、ありとあらゆる世界からパンが集まることとなった。そして悲劇は繰り返される。
何もアマーリエだけがトラウマパンを焼くのではない。香りに誘われ、味見をうっかりしてしまった、何柱かの神々が、トラウマを抱えることとなったのである。
「人の世界の食べ物を口にするべからず!」
神様会議で真っ先に決まったことでした。