だっこ魔シルヴァン
シルヴァンが人化してからしばらくして、パン屋に苦情が入る。
「パン屋さん、シルヴァンどうにかならんか?」
「どうにかとは?」
ナンノコッチャと首をかしげるアマーリエ。
「いやぁ、それがなぁ……」
シルヴァン、二足歩行に変わったはいいが、足が短すぎてすぐ歩き疲れるため、見かける人全てに抱っこをねだっていたのである。
そしてそれに感化されたチビ達もまた、自分の父親やよく知る人に遠慮なく抱っこをねだり始めたのである。(それまでは、ちょっと背伸びして歩き始めたら、自分で歩く、抱っこは嫌と言っていたのにである)
そのせいで、ちょっと村の男衆や冒険者達は、腰に来ているらしい。(抱っこをする時に反り腰になるので割と腰に負荷がかかりやすいのだ)
「いや、自分で歩きなさいって、言ってくださって結構ですよ。それか、狼にもどんなさいと」
「それが言えれば誰も苦労しないんだー」
おっちゃんたちときたら、普段強面で、子ども達があんまりなついてこなかったのが、ちょっとばっかり辛かったようだ。
その分、シルヴァンが遠慮なく抱っこをねだってきたのがハートを打ち抜き、ついつい甘やかしてしまうらしい。
「ニパーっと笑って、抱っこって手を広げて言われてみ?あの断られないと信じ切った顔!だめって言えねーよ」
「そうそう」
「高い高いとやりゃぁ、キャッキャこの上なく喜ぶし」
「うんうん」
「それにあのふさふさ尻尾!」
「ちょいと肩車してやりゃぁ、あのフサフサ尻尾が喜びいっぱいに、背中で揺れるんだぜ?」
「「「「断れねーよ」」」」
「「「「だめだこりゃ」」」」
情けない顔で、出来ないと手をふるおっちゃんたちに、こちらは呆れて首を振るアマーリエとブリギッテ達従業員。
かく言うブリギッテやアリッサにソニア、ここに今居ないナターシャとて、シルヴァンに抱っことねだられたら、よほど忙しくない限りは抱き上げて、鼻先にチュッとやってしまうのである。
なにせ幼児シルヴァンは、重すぎず、腕にしっくり収まる、抱っこに程よい大きさなのである。
ブリギッテやアリッサは、抱っこをしてもらっているシルヴァンを見た弟妹たちに次々抱っこをねだられ、腕が疲れるまで延々と抱っこ地獄に陥り、断れないおっちゃんたちと同じような状況になってるのである。
ソニアの場合は、やきもちを焼いたヨハンソンが、すぐさまソニアからシルヴァンを剥ぎ取って下におろしてしまって終了。
ナターシャの場合は、イワンがシルヴァンを抱っこする嫁さんかわいいと心ほだされ、シルヴァンを抱き取ってナターシャごとハグするのである。間に挟まれたシルヴァンが微妙な顔になっているのが、面白いのだが。
もちろん流石にシルヴァンも、腰の弱った長老格のじいちゃんばあちゃんには抱っこはせびらず、足元にギュッと抱きついて挨拶しておしまいではあるが。
その抱きつきで、心を陥落され、おやつをうっかり与えてしまうのがじいちゃんばあちゃんなのであった。
人間誰しも、無条件に大好きオーラをぶつけられると弱いのである。
「あんなに大泣きしてたのに」
「なんだかんだで色んな人と」
「ウハウハやってるわよね」
「シルヴァンて、人たらしだわ」
「「「ねー」」」
アマーリエ達は顔を見合わせて、肩をすくめる。そこにメラニーが昼を買いにやってきて、苦い顔で報告する。
「聞いてくださいよ。あのシブチンでケチケチなベーレント副ギルド長が、シルヴァンに抱っこねだられて王都土産の飴玉あげてたんですよ!」
「ああ、昨日帰ってきてたんでしたっけ?」
温泉を広めよう会とかオヤジギャグをかましながら、王都の商業ギルドに出張していたらしいベーレント。人化したシルヴァンを帰ってきてから知ったのだが、あっさり堕ちたようである。
「ええ。私達職員には飴玉一個ずつ。心して食べるようにとか言って配っといて、シルヴァンは一瓶、まるごとですよ」
「え」
呆れて肩をすくめるメラニーに、一瓶まるごとと聞いて目を丸くするソニア。
「締まり屋で金勘定にうるさい、あのベーレントさんが、一瓶まるごと!?」
「そこまで言われるほどなのか」
ブリギッテの言い様に、アマーリエが顔をひきつらせる。
「でなきゃ、商業ギルドの副ギルド長は務まりません」
「なるほど」
メラニーは鼻息も荒く、ブリギッテの言葉を力強く肯定する。
「それがですよ!シルヴァンにしっぽフリフリ、両手広げておかえりなさーいって、抱っこねだりの歓迎されたらでれっでれですよ」
「あらま」
「瓶まるごとの飴玉って、どれだけ?虫歯になるわよ」
「シルヴァンは、ちび台風で飴玉分けっこしてたから大丈夫ですよ」
メラニーの言葉に胸をなでおろすソニア。
「またあのこ、お菓子もらった報告してないし。ベーレントさんにお返ししないと」
「アマーリエさん義理堅い」
「みんなにシブチン言われるベーレントさんに、もらいっぱなしのが怖いわ」
「「「「あー」」」」
マジ顔のアマーリエの言葉に納得するブリギッテ達。
「どこで愛想振りまいて、お菓子巻き上げてんのかしら?帰ってきたらちゃんと聞き出さないとだめだね」
アマーリエの様子に、こりゃシルヴァンみっちり叱られるなとちょっと可愛そうになった、メラニー達であった。
「おいちゃー、だっこー」
「ほれ、シルヴァン」
今日も今日とて神殿に真っ先について、ダリウスに抱っこをねだるシルヴァン。アルバートより先に抱っこを要求され心弾むダリウスに、南の魔女が毒を吐く。
「あんたさぁ、早くお嫁さんもらいなさいよぉ」
「魔女様もベルンにこだわってないで、他にいい男見つけちゃどうです?」
「キーッ、うっさいわねぇ!あたしはベルンに惚れてんのよぉ」
「あいつのほうが先にじじいになってくたばるんです。寿命の見合うやつと一緒になったほうがいいですよ」
「くぅ、あんたってホントやなやつねぇ!惚れた腫れたはぁ、理屈でどうにもなんないのよぉ」
「はいはい。さあ、シルヴァン。おっちゃんとピーちゃんと一緒に訓練しようなぁ」
ジタバタする南の魔女を放置して、ダリウスはシルヴァンと運動を始める。シルヴァンを背中に重し代わりに載せ、腕たて伏せである。
「やあ、シルヴァン。今日も人型なんだ。で、今は重しなの?」
「グレにーちゃ!おは!おもしーするのー」
「俺も何なら、重ししようか?」
「お前はせんでいい」
「ぴっ」
面白がったグレゴールが、ダリウスに睨まれる。
「お、シルヴァン今日も人型か?」
ベルンもやってきて、側で柔軟運動を始める。
「おじちゃー、おはー」
「お兄ちゃんだ!今日もカレー弁当か?」
「ブフッ」
シルヴァンとベルンの、人になっても変わらぬやり取りに吹き出すグレゴール。
「きょは、ピザー」
「ピザかぁ」
ピザという答えにちょっとがっくりするベルンを見て、ニパッと笑うシルヴァン。
「カレーあじー」
「おお!?」
「ゲフッ」
シルヴァンに体よくあしらわれるベルンを見て、完全に笑いのツボに入るグレゴールだった。
神殿の掃除を終わらせたアルギスとネスキオが、順にシルヴァンを抱き上げて朝の挨拶を済ませる。
「お主ら、シルヴァンを甘やかし過ぎだぞ。自分の足で歩かせんか」
ヴァレーリオがネスキオからシルヴァンを奪い取り、手をつないで神殿に向かう。
「チョッ神殿長!ずるいー」
「シルヴァンは言葉をまだちゃんと覚えきれておらんから、わしと練習!文字も覚えるんだぞ?ほれチビどもも来い」
なんだかんだ、シルヴァンに言葉を教え始め、子ども達にも文字と数字を教え始めた何気に暇人、ヴァレーリオ神殿長であった。お母さん達は家事が捗ると大喜びである。
そんなこんなで、抱っこ魔シルヴァンは村人や冒険者をたらしこんで、幸せに暮らしているようである。




