焦らせたいらしい
「……またカレーでいいの?」
「オン!」
神殿に訓練に行くシルヴァンは、この三日ほどお昼のお弁当にカレー味を毎日のように希望する。
「飽きないの?」
シルヴァンの弁当と昼のまかないを一緒にしているため、いくらなんでも毎日カレーライスやカレーパンにするわけにもいかず、アマーリエは必死で弁当の中身を考える。
シルヴァンの希望を通さず、アマーリエが作りたいように作れば済む問題なのだが、訓練や店の手伝いを頑張っているシルヴァンに、食べたい物を食べさせてやりたいという甘やかしもあったりするのだ。
「オン!」
「……私に対する挑戦なのか?」
ついうがったことをつぶやくアマーリエに、シルヴァンは全身全力で否定する。
そして、ベルンの焦れている画像をアマーリエに念話で送る。
「つまり何かい?ベルンさんが指くわえてみているのを見るのが楽しいと」
「オン!」
そして、おかずをトレードする画像も送る。
シルヴァンの弁当は人間仕様と変わらないため、食べる前にベルンに見せて、おかずと交換で欲しいものをベルンから手に入れているのだ。
「焦らせた上で、物々交換とな?」
「オ〜ン」
ドヤ顔するシルヴァンに、アマーリエはやっぱりしつけをした方がいいのだろうかと悩み始める。
「あんまり、意地悪するとしっぺ返し食らうよ、シルヴァン。気をつけな」
「オン!」
調子よく返事するシルヴァンを見て、また明日も見せびらかすんだろうなぁとため息をつくアマーリエであった。
晩、寝る前にタンドリーチキンにするかとヨーグルトと唐辛子を控えめにしたカレー粉に漬け込んで置くアマーリエ。
翌朝は、漬け込んだ鶏肉をオーブンに放り込んで焼きはじる。
タンドリーチキンと野菜を挟んだピタパンにするため、そのパン生地も作り始める。
そして、シルヴァンがトレードしやすいようにとおやつ用にもう一品作る。鬱金で色付けした生地に、キーマカレーとチーズを包んで、日本でマイナーだったカレーまんをあえて作る。
シルヴァンの方は、今日もカレーと御機嫌で店売り用のサンドイッチのパンをせっせとスライスしている。
お店が開く頃に、今日は珍しくベルンがグレゴールと一緒にやってきた。
「アマーリエ。折り入って相談なんだが」
「はぁ、相談ぐらい受けますけど」
ベルンのいつにない真面目な顔に、どうしたのかと首を傾げるアマーリエ。グレゴールの方は吹き出しそうになって他所をむいて、必死に笑いをこらえている。
「忙しいと思うんだが、シルヴァンのカレー弁当のときは、俺の分も頼む」
「ブククククク」
「グレゴール?」
「ひひひ、み、みんなの分も頼むよ。もう、シルヴァンがお弁当を開けてカレーの香りがしたら、ベルンさんがそわそわしちゃってさ、あははは」
こらえきれず大笑いを始めたグレゴールに、肘鉄を入れるベルンであった。
「い、いたひ」
「結局そうなるんですね。とばっちりは私なのか」
「「?」」
がっくりするアマーリエに、グレゴールとベルンが首を傾げる。
「いや、あの子がここんところカレー味の弁当を、毎日頼むからどうしたのか聞いたら、ベルンさんが面白いからって言うのよ」
ピシッと顔が引きつるベルンに、さらに爆笑するグレゴール。
「アハハハァ、やっぱりベルンさんのシゴキに対するシルヴァンなりの報復だったのか!なるほどなぁ。南の魔女様も、なんで俺達が訓練に加わる日はシルヴァンの弁当がカレー味になるのかしらって、首かしげてたんだよね」
「ありゃま」
「で、今日もカレー味なの?」
「ええ。壺焼き鶏と言って、ヨーグルトとカレー粉に漬け込んだ鶏肉をオーブンで焼いたのと野菜のピタパンと挽肉のカレーとチーズが入った蒸し饅頭ですよ。蒸し饅頭の方はおやつですけど」
「ヨーグルト?肉が酸っぱくなってるのか?」
「いやいや。ヨーグルトがお肉を柔らかくしてくれるんですよ」
「へ〜」
「温泉マンジュウじゃなくて甘くないマンジュウ?」
眉間にしわを寄せ、首をひねるベルン。
「そんなに心配なら、味見していきます?」
「「する!」」
苦笑して、厨房にベルンとグレゴールを招き入れるアマーリエ。シルヴァンの方はえぇ?っというブサ顔でベルンの方を見ている。
アマーリエはカレーマンとピタサンドを一個ずつベルンとグレゴールに渡し、お弁当を詰め始める。
「あ、リエ、スープもお願い」
グレゴールからアイテムバッグを渡され、中にはいっていた保温マグに今日のスープ、春キャベツとベーコンのコンソメスープを詰めて、弁当と一緒にアイテムバッグに入れていく。
ベルンの方は手にカレーまんとピタサンドをそれぞれ持って睨んでいたが、ピタパンの方から食べ始める。
「ん!」
眉間の皺が取れ、機嫌よく食べ始めるベルンを見て、グレゴールも苦笑しながら食べ始める。
「ウーウー」
「シルヴァンは、お昼に食べんのよ。朝ごはんはもう食べたでしょ?動けなくなっちゃうよ、お腹がいっぱいで」
アマーリエにまとわりついて訴えるシルヴァンに、メッと叱るアマーリエ。
「キュゥキュゥキュゥ」
聞き入れてもらえない雰囲気に、シルヴァンはブリギッテ達のところに行って甘鳴きして甘え始める。
「どうしたの?ははー、さては叱られたな、シルヴァン?」
シルヴァンから、弟妹と似たものを感じ取ったブリギッテとアリッサが、なんだかんだシルヴァンを撫でて甘やかす。
「キュゥ」
「やあ、おはよう、シルヴァン。どうした?リエに叱られたのか?お前、この間親方からお菓子もらってたろ?リエに内緒で食ってたらぷくぷくになるよ?」
ヨハンソンも加わって、シルヴァンをモフり始める。
「え、なにそれ?聞いてませんけど」
耳ざとく聞きつけ、アマーリエがさあ吐けとシルヴァンをじっと見る。
「ワフワフワフ」
バレてしまったシルヴァンは、仕方なくアイテムバッグにもらったお菓子を入れてることをアマーリエに念話で説明する。
「はぁ、ベルク親方も強面のわりに、シルヴァンと孫には甘いからなぁ。シルヴァン、食べるなって言わないけど、もらったらちゃんと報告しなよ」
「オン!」
「ヨハンソンさん、これ親方に。シルヴァンにおやつありがとうって」
ダール用に作り置きしてある昆布のお菓子ときのこのチップスを袋に詰めて、ヨハンソンに手渡すアマーリエ。
「わかった。なにこれ?」
「しょっぱいお菓子。ダールさんとベルク親方って食の好みが似てんだよね」
「へ〜。店で売る?」
「パン屋じゃなくなるから、売らないと思う」
今更なことを言うアマーリエに、皆顔をそむけて吹き出すのをこらえる。
「気になるんだけど」
目でもさらにモノを言うヨハンソンに、アマーリエは昆布のお菓子とキノコのチップスを詰めて手渡す。
「一応レシピ無料公開してますから、裏のアーロンさんに、店売りになるよう頼んでみたらどうですか?」
「ん。そうする。じゃ、ソニア行ってくるよ!」
「はい、いってらっしゃい、ハリー」
こうして、しょっぱいお菓子事業が、アーロンによってまた起業されることとなる。
「ほい、シルヴァン。訓練に行くぞ」
「オン!」
「訓練頑張ってね、シルヴァン」
「オン!」
こうしてシルヴァンのいつもな日々が始まるのである。




