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第三話 Ignition

今回で最終回です。

 彼女も……成田 奈央(なりた なお)も、トオルがオレを連れてきた時に不安になったそうだ。

 トオルから聞いた過去の思い出話から、オレが男だと思っていたから。いや、実際それで合っていたんだけど。

 ラフな格好同士で似合っているし、ひたすら気合いを入れて来た自分が浮いてしまわないか不安だったりとか……そこはオレが色々足りてないだけだとフォローを入れたけど、言ってからすごく惨めな気持ちになった。

 ハンバーガーショップでトオルが飲み物を買いに並んだ時、ナオにしか注文を聞かずにオレにはいつも頼んでるアイスティーを買って来たのも、まるで何年も付き合ってるカップルみたいだと思ったらしい。

 極めつけは、オレの髪が噂で聞いたトオルの好みの黒髪ロングだったから、余計に不安を煽ってしまったそうだ。

 それこそ、場所も考えずに突進してしまうくらいに。


 凄いな、どこまでもお見通しだ。

 とてもじゃないけど、敵いそうに無い。

 彼女の努力を思うと、自分の気持ちに気付かないフリをして都合の良いポジションに居座ろうとしていた自分がどれだけ情けない奴か思い知らされる。

 でも、このまま自分の気持ちをフェードアウトさせるのも嫌だったけど、ナオに挑んだって勝てる見込みなんてまるで無い事くらいわかってる。きっと主人公機を前にした敵の量産型ロボのパイロットってこんな気持ちなんだろうな。

 オレはそんな煮え切らない気持ちを抱えたまま、悶々とした夏休みを過ごしていた。



「トオル君が来てるから、部屋に上がって貰ってるわよ」


 夏休み中の補習から帰ったオレに、母さんがそんな事を告げる。

 ちょっと母さんっ! 元男だったとしても今は女扱いなんじゃないのっ!? 何で本人が留守の間に部屋にトオルが入ってるの! 母さんに文句を言いながら、階段を駆け上がり自分の部屋へと急いで戻る。


「おう、お帰り。教科書借りに来た」


 小学校入学の頃からずっと使っている古い学習机の前で、あいつがそんな事を言う。


「お帰りじゃない、何やってんの!? 着替えとか散らかしっぱなしだったらどうするつもりだったんだよ」

「だって、お前そういうの絶対片付けるし」


 確かにトオルの言う通り。

 オレは、部屋の中には制服や着替えといった数少ない女物は出しっぱなしにせずにクローゼットの奥に片付ける。朝、どれだけ面倒でもだ。

 だって、部屋にそういうものがあったら、オレが……利根 蓮(とね れん)が本当に男じゃなくなってしまったように思えてしまうから。

 相変わらず中学生時代から殆ど変わってない部屋だけど。

 模型用塗料の匂いが少し残る部屋の窓には、深いネイビーブルーのブラインド。

 ベッドの上はオーシャンブルーのシーツと布団カバー。

 学習机のビニールのマットの下には、昆虫の写真と惑星のイラスト。

 二つある本棚にはロボットアニメのプラモデルが所狭しと並んでいるし、置いてある本だって少年漫画の単行本にハーレムものラノベに昔のジュブナイルSF、その隣にトレーディングカードのデッキケースが並んでる。

 部屋の隅にはくたびれて潰れた黒いランドセルが転がっているし、壁のハンガーにかけてあるのは中学時代の学ランと模型メーカーのロゴが入った汚れたエプロン、その下にはサイズが大きくて履けなくなったスニーカーの箱が積まれている。

 据え置きの音楽プレイヤーの隣には、合成音声のアイドルにカラオケの練習用の男性ボーカルのCDやギャルゲーのパッケージをご丁寧にジャケットをこちらに向けて飾ってあるくらいだ。

 鏡を置いてないのは自分の姿を見たく無いから。

 わざとらしいくらいに作られた男子の部屋。学習机の下段の引き出しの奥には使いもしないエロ同人誌を隠してある徹底っぷり。母さん対策のトラップとして、目立たないように引き出しの前の床に重ねて置いてあった塗料皿の位置がずれてる所を見ると、こいつ……


「それにこの部屋に来ると、昔と変わってなくて安心するんだよな」

「何の用だよ」

「んー、だから教科書見せて貰いに。おれの所よりお前の学校の教科書の方が分かりやすいし、お前がマーカー引いたりメモするところって参考になるんだよな。ほら、おれってすぐに全部塗りつぶしちゃうし」

「まあ、良いけどさ。着替えたいから一旦出て行ってくれないか。それともオレの生着替えを見てムラムラしたって言って乱暴しちゃうわけ? あのエロ同人誌みたいに」

「げっ、何で……」

「引き出し勝手に漁るな、バカ」


 椅子に腰掛けている所に近づいて耳元で囁いたら顔を真っ赤にしたトオルの頭へ、机の上に置いてあった教科書を引ったくって背表紙で軽くチョップを入れる。


「角じゃないだけありがたく思え。ほら、さっさと出てって」



 汗をかいていたから本当はシャワーを浴びて来たかったけど、あんまり待たせるのも申し訳無いからタオルと制汗シート――日焼けしてるから、結構痛いけど――で拭いてから部屋着のジャージに着替える。

 中一の頃のがまだ着れるっていうのは環境に優しいんじゃないだろうか。トオルはエアコンの温度を下げすぎるからジャージの長袖で丁度良い。

 この時ばかりは部屋から鏡を片付けた事を後悔したけど、ずっと家に居る時はジャージって決めてるから、鏡があってもあまり意味は無いかもしれないんだけど。



「ホントやめてくれよ、心臓に悪い……レンさ、今の見た目だと完全に女の子なんだから、オレは良いけど他の男にそういう冗談を言うと洒落にならないぞ」

「引き出し勝手に開けたお返し。それに私、トオル以外の友達って殆どいないし」

「……淋しい奴だな、おい」


 部屋に戻って来たトオルが抗議の声を上げるけど、やられたらやり返すくらいは許されるんじゃないかな。それに、トオル以外にはやりたくてもやれないのは本当だ。中学の時に仲が良かった、修学旅行の夜に一緒に正座させられた連中には、まだこの体になった事は話していないし。


「自分の事をちゃんと話せる相手って殆ど居ないしね。で、何の用?」


 話を促しながら水色のラグマットの上に座布団を放ってやったのに、あいつはベッドの上に腰を下す。ほらナオ、オレ達ってどう見てもツーカーって感じじゃあ無いよ。それにその場所は止めて欲しかった……


「さっき言ってた通りだよ、それに受験勉強の息抜きもしたかったしな」

「受験かあ……」


 本当だったら、オレも今年は受験生だった筈だ。夏休み中、今日みたいにどうしても出かけなきゃいけない時以外はずっと引き篭もってのんびりプラモを作っている事も無かっただろう。


「やっぱり、まだ引きずってるのか? 一年遅れな事」

「全然。むしろ、執行猶予があってラッキーってとこ。今度出た新作の1/100SG(スペシャルグレード)だってじっくり作れるし」

「羨ましい限りだな、そういや、幼馴染みが女子校行ってるって話をバイト先でしたら、友達含めてご招待しろって言われたんだけど」

「止めとけ、幻滅するだけだから。私の所ってマジで動物園だし。お上品に『よしなに』なんて言ってる奴なんて現実には居ないんだよ」


 その後は、生まれて初めてバレンタインに母親以外からチョコを貰った話や、同じクラスの友人達の話で盛り上がる。二人とも高校生になっても中学時代と同じく修学旅行の夜にバカ騒ぎして正座させられたのにはお互いに大笑いした。

 オレがこいつにチョコを渡したのかって? 野暮な事を聞くもんじゃない。そんな事が出来るんなら、今もこんな風に昔と同じ関係を続けていない。

 そう、トオルは昔と同じ様に振舞ってくれている、ずっと心配してくれている。

 だからオレは、自分の気持ちを一方的に伝えたとして、もし拒絶されでもしたらこの関係が終わってしまうんじゃないかと怯えている。


「ナオってさ、昔お前が言ってた好みの髪型だった」

「うん、あの髪、似合ってて可愛かったし凄く綺麗。触ってみたかった」

「レンはああいう風にしないのか? 染めたりとか」

「染めたり色落したりじゃ、あんなに綺麗にならないだろうし。それに、自分で自分の好みの髪型にするってのも、何か変かな」


 髪の事に触れられると、また胸が締め付けられる様に苦しくなる。この気持ち、本当にどうしたものか。


「もしかしてさ……俺が黒髪ロング好きだからって知ってるから、そのままだったりするのか……」


 トオルが立ち上がって近づく。大きな手の平が伸びてくる。

 マシンガンを連射しているみたいに胸の鼓動が激しくなる。

 あと少しで、指先が髪に触れそう……凄くドキドキする。ヤバイ、どうしよ――



「止めてよね、私がトオルに触らせる為に髪を伸ばすはずないだろ。それに汗かいた後で汚いから触んな」


 伸びてきた手を振り払った。

 触って貰う為に伸ばしたっていうのに。

 けど、トオルの様子はいつもと違う。今まで、ラッキースケベ的な接触は無かったわけじゃないけど、自分からオレに触ろうとした事なんて一度も無かったのに。一時の気の迷いでそんな事されても嬉しくは無い。

 あいつはそれ以上は何もせず、立ち尽くしている。


「それは良いから、何があったか話してみなよ」

「どうして……」

「だってさ、トオルが私の机に座って何かしてる時って、大抵は困った事があった時じゃない? いつもはマンガを読みたいからって本棚の隣に陣取るのに。親と喧嘩して家出するんだーっ! 旅に出るんだーっ! て言って飛び出して来た時だってそうだったし」

「やめてくれ、小学校の頃の話だろそれ」

「黒歴史を掘り返すのはこれくらいにしとくか。で、どうしたの?」


 立ち尽くすトオルは辛そうな顔を隠す様に俯く。椅子の上から覗き込むように見上げると、ちょうど視線が重なる。

 少しの沈黙の後、乾いた唇から死にそうな程に暗い声を絞り出し始める。


「ナオと喧嘩した……どうしたらいいか、わかんなくて」

「そう……で、原因は?」

「おれが……本当はもっと好きな奴がいるんじゃないかって。告白されたから付き合ってるだけじゃないのかって思ってるみたいで」

「いるの?」


 会話の流れから何気なく口にした言葉。けど、トオルの答えを聞くのが恐い……何で、こんなに緊張しているんだ? ありえない、あっちゃいけない。私が望んでいる答えを期待しちゃいけない。


「いや……そんな女の子いない」


 その答えに安堵しなきゃいけないのに、なんでこんなに悲しい気持ちになってるんだ、私は。顔に出そうになって、慌てて取り繕う。


「そっか。それならさ、ちゃんとそう言えばいいじゃないか」

「言ったよ、でも分かって貰えなくてさ。どうすりゃいいんだよ、女の子って何考えてるのかわからねえ」

「私にもわからないよ、そんなもの」

「レンは女子校だろ?」

「あー、わかりたくも無いね。スカートの中まる出しであぐらかいて机の上に座ってバカ笑いする奴の気持ちとか」

「何だよ、その天国」

「汚いだけだよ……まあ、ナオの気持ちは何となく察しはつくけど」

「ホントかっ!? なあ、レン。おれはどうすりゃ仲直り出来ると思う?」


 トオルが両手を伸ばして俺の肩を掴む。手、大きいし、体温高いんだなあ……じゃなくて。力いっぱい掴まれるとさすがに痛い。

 恐いくらい真剣で、泣きそうで、辛そうな表情。トオルにこんな顔させられるナオが心底うらやましい……なんて考えたりもする。


「落ち着けって、痛い」

「あ、すまん。なあ……どうすりゃいい?」

「はあ? そんなの自分で考えろ」


 しょんぼりしたトオルの顔は、何ていうか捨てられた子犬みたい。そういう顔されると弱いから、つい甘くなってしまう。


「と言いたいところだけど、そうだなあ……」


 脈が無いから諦めたら? とでも言えば諦めるんだろうか。無いな。だったらこんなに辛そうにしてない。

 俺は腕組みしながら、目を伏せる。考え込んでいる様に見える筈だ……正直、今とっても迷ってる。今のトオルなら、このまま気持ちを伝えたり迫ったりすれば落としちゃえるんじゃないだろうか? けど、そんな風に既成事実だけ作って、上手く行くのかな? これからも一緒にいて楽しいって思える様になるのかな?

 無理じゃないかな……そんな事したら、きっと私はすごく後悔すると思う。

 ああっ、私の馬鹿! 馬に蹴られて地獄に落ちろ!


「トオルはさ、ナオと仲直りしたいんだよね?」

「ああ」

「それでいいじゃん。聞いてくれたら仲直り、聞いてもらえなかったらそれまで」

「でも、聞いてくれるかな」

「さあ? ナオ次第じゃない?」


 しょうがないなあ。こんな顔してるトオルは見たくない。

 ナオにはトオルを取られたくないけど、仲直りして欲しいとも思う。好きな人が辛そうにしているのは嫌だ。友人としても当然の事だろう? それにトオルには随分と借りがある。

 オレは自分の気持ちがどうのって言う前に、二人に元に戻って欲しい。……余計なお節介かもしれないけど、きっと原因はオレにも無いわけじゃないだろうし。

 ――仲の良い幼馴染みですって紹介したのが女の子だったら、そりゃ不安にもなるよね。

 ナオにはちゃんと利根 蓮(オレ)の事を話してみよう。それまでは、私は<オレ>で居ようと思う。


「少し落ち着いた頃に連絡してみたら? さーて、今日はこれにサーフェイサー吹きたかったんだよね」


 オレ()はトオルにそう告げると、かけてあったエプロンを身に着けて机の上にプラモ作りの道具を広げ始める。


「ああ、わかった。レン……今日はありがとう、少し落ち着けた」


 作りかけのプラモを箱から取り出して塗装台の上にセットしているオレ()は、トオルの言葉に親指を立てて答える。あいつは、またなと言い残して帰って行った。

 さーて、どうしようかな。コンプレッサーの準備をしてみたけど、今から塗り出しちゃうとトオルの匂いが溶剤の匂いで掻き消されちゃう。

 かなり長い時間、悶々とし続けた後で、ハンドピースじゃなくて携帯へと手を伸ばしナオへSNSでメッセージを送っていた。





 ◇





 シーツと布団カバーとカーテンをしまってある場所を母さんに聞いたけど、もう晩御飯の支度をするから明日にしなさいと言われてしまった。

 その夜は、トオルの匂いの残るベッドで寝るという嬉しいのか寂しいのか、わけがわからない夜を過ごす事になる。



 いつからだろう、オレ()がトオルの事を好きになったのは。

 オレ()が女の子の体になってしまってからも、あいつはオレ()への態度を変える事は無かった。

 むしろ、あえて変わらないように振舞ってくれた様に思える。

 最初は病気で中学の卒業式を欠席したと聞いてお見舞いに来てくれた。

 その後も以前よりも頻繁に遊びに来てくれる様になった。

 カードゲームをしたり携帯ゲーム機の通信対戦で遊んだり、マンガやラノベを読みながらゴロゴロしているだけだったりしたけど、それだけで十分だった。

 オレ()の気持ちが落ち着いて来た頃、最初の頃はしなかった高校の話や昔の話、新しくバイトを始めてマンガやゲームに注ぎ込む軍資金が増えた話をするようになっていた。

 彼は話さなかったけど、ダイエットの効果がしっかりと現れたみたいで、お腹の肉はどんどん少なくなって筋肉が増えていったし、背もラストスパートを頑張っていつのまにかオレ()よりずいぶんと伸びていた。

 オレ()が外に出て高校に通う気になれたのは、彼のおかげだ。

 前みたいに同じ教室で一緒に過ごす事は無いだろうけど、彼と同じ高校生で居たいと思った。性別が変わってから始めて外出した時に、トオル以外の同性――元同性だけど――の視線が苦手だと言ったら、母親に女子校を勧められて今に至るけど。

 いつだったか、悪乗りも出来るようになってきて部屋でトオル相手に一人ファッションショーをした時は気にならなかったというか、別の感情が湧き上がって来てすごく戸惑った。

 男の頃のムラムラするのに似ているけど、もっとゆっくりと感じる不思議な感覚。

 その時は性欲だと認める気は無かったし、その時、自分の気持ちに素直になっていたとしても、上手く行くとは限らなかったんだろうけど。

 いつからかははっきりしない、けど、今は彼の事が好きだ。

 元々そうなのか、この体になったからなのかはわからないけど、そんな事はどうだって良い。今は、ちゃんと、可愛く、女の子として見てもらいたいと、そう思った。

 でも、それ以前に……彼が悲しくて辛そうな顔をしているのは耐えられない。



 翌日、母さんから仕舞ってあったカーテンと布団カバーとシーツを出して貰って、部屋の模様替えをする。一昨年、性別が変わった時に買って来てくれたものだけど、必死になって変えるのを辞退していたもの。

 ピンクのカーテンってさすがに無いんじゃないかって先入観があって遠慮したけど、いざ替えてみると案外イケるし気持ちが落ち着く。問題無い、だってオレ()が作るロボットのプラモだって、剣や目玉の色はピンクだもん。

 他はそのままなのに、一部の色が違うだけで部屋の雰囲気ががらりと変わって、この部屋で生活してたら可愛くなれるような気分になってくる。

 部屋着もジャージから、Tシャツとスパッツに変えてみる。

 母さんはそれじゃジャージとほとんど変わらないってがっかりしてたけど、母さんが買ってきた可愛いカットソーやスカートを汚しちゃうのは何だか勿体無い気がして着れなかった。

 ……部屋にプラモ用の塗料の溶剤とかの匂いが残ってるのはどうしたものか。ま、良いよね、これくらい。


 部屋の模様替えは終わった。トオルめ、次に勝手に部屋に入ったら居心地の悪さに恐れおののくが良い。さあ、次はオレ()自身の番。……ナオに負けないくらい可愛くなって、あいつを驚かせてやるんだ。



「ねえ母さん、お化粧ってどこから始めればいいの?」


 母さんは普段はプラモの道具を買ってくると、もの凄くがっかりした顔をするのに、お化粧の道具にどんなものを選んだら良いのか相談したら凄く嬉しそうだった。

 何で? どっちも大して変わらないじゃない。筆にスポンジにマーカー、整形用のカッター、下地の塗料に顔料系塗料、ボカした色を入れる為のパステルとか。見せたくないものを隠す為にパテ盛りみたいな事だってするし。

 顔の方が面積も広いしパーツも大きいから、目が二つあるロボットの顔を塗るのに比べたら難易度は低いんじゃないかって思ったけど、目の周りの墨入れが結構恐い。

 先端の尖ったものを目に近づけるのは手が震えちゃうし、鏡を見ながらの作業だからパーツごとに分けて塗るのとは要領が違って難易度が高いと思う。

 大きい筆がどうも馴染めなかったから新しいハンドピースを下してエアブラシを使ってみたら、思いの外、綺麗に仕上がったり、下したてのイタチの毛の面相筆の肌触りがけっこう気持ちよかったり、意外な発見が多い。自分の肌に合った色を探したり混ぜたりするのも、プラモのキット毎の専用の色のセットを自分で作るみたいで楽しくて奥が深い。

 朝だと使った道具を掃除する時間が無さそうで不安に思ってたら、化粧品てアクリルやエナメルの塗料みたいにすぐに固まってカチカチになったりしないから、塗料ほど神経質にならなくても良いみたい。

 顔をエアブラシで吹いてたら、プロみたいな事してるとか、お母さんにも使わせてって言われて、母さんにコンプレッサーを取られちゃった……元々、お年玉で買ったものだけどさ。





 ◇





 二年ぶりにオレ()の部屋に戻って来た鏡を前に、何度も自分の姿を見つめ返す。プラモのコンテストに送る写真を撮る前みたいにそわそわしている。

 今日は、ナオと会う約束をしている。

 トオルに可愛く着飾った姿を見て(決戦を挑む)もらう前に、彼女にちゃんとオレ()の事を話そうと思ったから。

 どうせ戦うんなら後腐れが無い方が良い。騙まし討ちみたいな事をしても、きっと自分が許せなくなると思うし。

 服はこの前と同じ白いワンピースだけど、今日はオレンジのニットを上に羽織って、鞄もリュックじゃなくてトートバッグを用意した。靴もキャンバス地のスニーカーを履いて行く。

 髪はエレガントな女性将校みたいに頭の後ろへ編み上げて、アクセントにスカイブルーのリボンを結んでみた。

 お化粧は一週間程じゃ殆ど上達はしなかったけど、始めてから一週間にしては上出来だと母さんに褒めて貰えた。

 昨日のうちにハンドピースをバラして掃除たり、筆を洗ったりするくらい気合いを入れて……ナオにはまだまだ敵わないけど、それなりに綺麗に決まってると思う。一週間、試行錯誤を重ねてファンデーションを混色しまくったり、ひたすら眉毛を描いたりした成果だ。

 母さんは若いんだから要らないって言ってたけど、色のバランスを取るんだったら下地はきちんとしといた方が綺麗に決まるし……ナオに負けたくない。



「うん、大丈夫。いけてる筈……負けてない」


 前にテレビで見た、戦いや狩りの前に顔に色を塗って精霊に祈祷する部族の事を思い出す。今の私が降ろすのは可愛い女の子という名の、戦場に赴く精霊。

 鏡を見つめながら暗示をかけるように、「負けてない」と何度も繰り返してから部屋を出た。


 生まれてから中学までのアルバムを全部持つとさすがに重いけど、それだけの思い出が詰まってるんだよね。

 改めて見返したら懐かしかったな。中学までのオレ()ってヒゲが濃い目だったから、鼻の下がちょっと青い。

 彼女はどういう反応をするんだろう? 本当の事を話しても、オレ()がからかっているって思うかもしれない。案外、すんなりと信じてくれそうな気もするけど。

 この前は逃げてしまったけど、今度こそ|気持ちを正直に伝えよう《宣戦布告だ》。貴女と同じで、オレ()はトオルが好きだ、と。

 二人がきちんと仲直りして貰った上で勝負をつけたい。そうじゃなきゃ、きっとオレ()は納得出来ない。

 さて、行こうか……オレ()の戦場へ。深いコバルトブルーの空の下、待ち合わせの場所へと歩き出す。

 私達の戦いはこれからだ。


今回で最終回でした。

タグの通りの俺たたエンドですが、最後までお読みいただきありがとうございました。

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