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第二話 黒髪と茶髪の対決

 まだ早い時間から、セミの騒音と燃え尽きそうな程の暑さで叩き起こされたその日、オレはトオルと例の彼女と一緒に遊びに行く約束をしていた。


 あの日から半年ほど。あいつと彼女との仲は順調に続いている。

 最初はお邪魔する気は無かったんだけど、ちょっと興味があった海外のSFアクション映画を見に行く事になったし、今日はレディースデーだから普段よりお茶一本分くらいはお財布にも優しい――映画が好きな男でこの体と入れ代わって欲しい人がいたら、代わってくれない?――それに、彼女がオレに会ってみたいと言っているとか。

 オレもあいつの彼女には会ってみたいとは思ってはいたけど、可愛い子だったらきっとこんな体になっている事を悔しがると思うだろうから、実はまだ写真も見せて貰っていない。


 数少ない女の子っぽい私服の白いワンピースを頭から被って、髪を頭の後ろでまとめてヘアクリップで留める。暑い季節になってからは髪は毎日これだから、鏡を見なくたって出来る。最初は洗面台で悪戦苦闘してたっけ……さておき。

 財布とスマホの入ったバッグを背負い、いつもの履き慣れた蛍光オレンジのスポーツシューズを履いて、待ち合わせの場所へ向かう。


 玄関の扉を開けると、インディブルーの空の下に灼熱地獄が広がっていた。

 暑いし日焼け止めを塗るのもベタついて面倒だから何も付けずに出てきたけど、夏の日差しは刺さる様に痛い。日傘? 畳むのが面倒だから持ち歩かないけど、用意した方がいいのかな……やっぱり肌が弱い気はする。

 小さくなりつつある日陰に隠れながら、朝は元気だったセミも鳴き止んでいるほどの暑さの中を待ち合わせ場所の駅へと向かう。アスファルトやタイルも焼けて熱そうだし、サンダルで来なくて良かった。



 駅前ではトオルが既に待っていた。


「ようレン、久しぶり」

「うん、久しぶりー」


 夏休みに入ってから、会うのは初めてになる。また少し背が伸びた気もするトオルの顔を見上げると、どんどん置いていかれる気がしてしまう。

 トオルはいつもの外国人観光客が着ているようなラフな私服で、カーキ色の膝上丈のパンツの裾から伸びるふくらはぎは引き締まっていて、隣に並ぶと丸太と小枝を並べているようもに思える……ホントでかいなあ。


「良かったの? せっかくのデートなんでしょ」

「ナオがレンも呼んで欲しいって言うし。それに、そのうちおれもちゃんと紹介するつもりではいたから」


 ナオというのはトオルの彼女の名前。その子も同じ路線の沿線に住んでいるから、ここで待ち合わせする事は多いそうだ。

 もしかしたら、見かけた事もあるかもしれない。彼女が通っていると聞いた学校の制服は時々見かけるし。

 そんな会話を交わしながら、日陰に避難して彼女の到着を待つ。オレもトオルも少し早く着き過ぎたかもしれないけど、久しぶりにゆっくり話せるから丁度良いかな。


「そういえば、その服なんだな」

「これ? 遊びに行く時に着れそうなのって、あんまり持ってないからね」


 これ以外だと、今のトオルと似た感じの服になってしまう。

 今日着て来た白くて丈の長いワンピースは、いつだったかトオルが好きだと言ってたもの。去年買った時に着てみせたら、目の保養になったって言われたんだっけ。これ確か通販で……あー、思い出した。トオルが通販サイトで見つけたんだった。


「それ……ナオも同じの持ってるんだよ」

「へえ。お揃いになったりして」


 どんな子なのか楽しみだけど、同時に不安でもある。

 なんだか、オレもドキドキしてきた。



「着いたって」


 暑さでボーっとしてたのか、電車がホームに入ったのにも気付かなかった。

 トオルのスマホに彼女から着信があったみたいで、ニマニマと腑抜けた顔で画面を見ている。


「ごめんなさい、お待たせしちゃいましたか?」


 涼しげな鈴の音が流れてくる。

 川面を渡った涼やかな風が吹き抜けて、暑さを忘れてしまうような感覚。

 声の方へ振り向くと、そこには天使が舞い降りていた。





 ◇





 待ち合わせ場所にトオルの彼女が現れた時、一瞬、その周囲に天使の羽根が舞い落ちているかの様な錯覚を感じた。

 いやいやいやいや、待てって、ちょっとこれ何事っ!! ホントにこの子がトオルの彼女なの!?

 マジで可愛い過ぎるんだけど。


 色素が薄めの、とても可愛らしい女の子の姿がそこにあった。

 肩にかかるサンディイエローの髪は、軽やかにウェーブを描き柔らかく揺れる。

 長い睫毛に囲まれている潤んだ瞳は吸い込まれそうな程に澄んでいて、小さなピンク色の愛らしい唇からは涼やかな声色が紡がれる。

 白い袖から伸びる腕は細く、白く、触れたら消えてしまいそう。

 白魚の様な……なんて言葉を使う日が来るなんて思いもよらなかったけど、それ以外に形容する言葉が思い浮かばない指先は、艶やかだけど控えめな色味のネイルチップが調和して清潔感が感じられる。

 その身にまとう白いワンピースがオレのと同じデザインだとすぐに気付かなかったのは、着ている人の雰囲気もあるけど、丁寧にコーディネートされていたから。

 肩にかけられたスカイブルーのサマーセーターが上品だし、サンダルから見える足の指も綺麗……

 第一印象は儚げなのに、彼女が言葉を紡ぐ度に整えられた綺麗な眉が豊かに表情を変えてとても可愛らしい。


 断言しよう。

 今のオレに彼女に勝てる要素なんてまるで無い。比較する事すら失礼なくらい完璧な“女の子”だ。引き立てる存在なんか無くたって輝けるくらいの存在。月とデブリくらいの差がある。

 だいたい、どうしてこんなに可愛い子がトオルなんかと……信じられない。


「あの先輩……レンさんはまだですか?」

「来てるよ、こいつ。レン、こちらが成田 奈央(なりた なお)さん。えっと……おれの彼女です」


 あまりの美少女っぷりに呆けていたオレは、トオルの一言で現実に引き戻されて彼女と対峙させられる。

 何の罰ゲームだ!? 同じ生き物とは思えない程の美少女とお揃いの服を着て並ぶとか。


「と、利根 蓮(とね れん)です。はじめまして」

「はじめまして、成田 奈央(なりた なお)です。トオル先輩にはいつもお世話になっています」


 お辞儀すると柔らかい髪が揺れて、すごく可愛い!

 一瞬、彼女の表情が曇った気がしたけど、気のせいだったみたいですぐに柔らかい笑顔が戻る。

 思わずガン見しちゃったから、オレの彼女への第一印象が最悪だったせいで変な顔されたとか?


「ごめんなさい、トオル先輩から聞いていた印象と全然違っちゃって……女の人だと思わなくって」


 あ……納得した。そうだよね、トオルから昔の話を聞いてたら男同士だって思うに決まってる。事実、その頃は正真正銘の男だったわけだから。


「すまん、お前の事情は詳しくは話してないから……」


 あいつが耳打ちして来る。オレの体の変化の事は……まあ、普通なら頭おかしいか気持ち悪いって思われるだけだろうし。


「そのうち私が自分で話すよ」

「あ、あの……わたしがお会いしたいってお願いしたんです。気にしないでください……利根(とね)先輩?」

「何ていうか、トオルとは男の子みたいな遊びばっかりしてたからね。それとレンで良いよ。病気で高校に入学するのが一年遅れてるから学年は同じだし」

「はい、それじゃあレンさんで」


 何をどれだけ話したのかはトオルに後で問いただすとして、変な奴だって思われたに違いない。

 それにしても礼儀正しくて良い子だなあ。男のままだったら、絶対に凄くドキドキしちゃってたんだろうけど、今は全然そんな事は無い。違う意味では緊張しているけど。

 昔は……中学の頃までは、彼女みたいな感じの子がタイプだったと思ったんだけどな。



 映画館に向かう移動中の電車の中で、彼女の事をじっくりと観察する。

 ナオはお化粧が物凄く上手だ……元もきっと可愛らしいんだけど、彼女は気合いを入れてガッツリとナチュラルメイクを決めていた。

 それだけで第一印象があんなに衝撃的になるなんて……お化粧って凄い。

 色の組み合わせのセンスがまるでプロみたいで、近くでちゃんと見ないと確かにすっぴんな気はしなくもない。学校の同級生の中で、こんなに上手にナチュラルメイクをする子っていない。塗りが得意な子も、ケバくてバランスが悪い色の組み合わせだったり、クリアを吹き過ぎたみたいにテカテカしてたり、アニメみたいなフラットな感じだったり……ナオみたいに丁寧にシャドーとハイライトまでウェザリング――自然な感じを出す為の塗り方のテクニックなんだけど――して立体感を出す塗り方をしてる子ってあんまりいない。

 いつもすっぴん、眉毛もボサボサのオレじゃ、なんだか隣に並ぶのも憚られてトオルを間に挟んだ位置に陣取っている……彼女の隣に並ぶとか絶対無理!


 ナオは学校では美術部に入っていて絵を描くのが好きだとか。

 だからなのかな? 自分の顔も絵を描くみたいに綺麗にお化粧出来るものなんだろうか。バイトを始めたのも絵の具代を稼ぐ為だそうだし、将来は美大に進みたいって言ってた。帰宅部のオレにはなんだか眩しい。オレが話したのなんて、子供の頃にトオルと川で遊んでた話とか、今通っている女子校が想像以上にカオスな空間だっだって事くらい。

 ……なんて言うか、第一印象も素敵だったんだけど、ナオは話してみるともっと魅力的に思えてくる。女の子としてだけじゃなくて、人として。

 オレなんて、確かに他の人じゃ体験した事が無い様な波乱の人生を送ってるとは思うけど……自分で選んだ事じゃない。立ち直れたのだって、トオルのおかげだし。

 変わったのは、見た目だけだ。


 乗り換えて目的の映画館に着くまでに、メアドとかの一通り連絡先の交換まで済ませていたくらいには人懐こいし社交性がある。電車も乗り慣れてるみたいで、ガラの悪い乗客が多い路線なのに押してくる人を綺麗に避けて通してあげていたし。本当、素敵な子だな……眩し過ぎて、一緒に居ると自分が惨めに思えてくる。



 胸の奥から湧き上がるこの焦燥感は何なんだ?

 映画を観ていた時だって、テレビで流れていた予告で見た時から気になってた格好良いCGのロボットが活躍しているシーンも内容が全然頭に入って来なかった。

 トオルとナオは、楽しそうにアクションが格好良かったとか、あんな宇宙船で他の星に行ってみたいとか楽しそうに話しているのに、オレにはその輪の中には入る事をためらっていた。

 映画を観た後は、映画館の入っている商業施設の中のハンバーガーショップでお昼を食べた。

 けれど、何を話したかなんて全然覚えていない。ずっとお喋りはしていた筈なんだけど。

 トオルがオレとの昔の話をした時に、ほんの僅かだけどナオの表情が曇っていた事だけはしっかりと記憶に残っていた。





 ◇





「レンさんて、トオル先輩の事が好きなんですか?」


 帰り際に一緒に行ったトイレの中で唐突にナオが言ったけど、最初は何を言われているのか分からなかった。

 オレがあいつを好きだと? 何故そんな事になるんだ?

 彼女は凄く思い詰めた必死な表情を浮かべている。正直、恐い。けど、今日見た中で一番綺麗な顔だと思った。


「好きといえばそうだけど、幼馴染みで親友としてだよ。私とトオルはナオが思ってる様な関係じゃないし」


 そんな事、考えた事も無かった。だって、あいつはいつもバカやってた仲だし、困っていた時に助けてくれたかけがえのない親友だ……そうだよ、あいつは大事な親友。


「じゃあ、どうしてトオル先輩が好きな髪型にして、トオル先輩が好きな服を着てるんですか?」


 え……ああ、うん確かに。それは世話になったお礼の意味も兼ねてるから。

 違う、本当は自分の気持ちを誤魔化している。でも、あいつが大切な親友なら、そんな気持ちを抱いちゃいけない。


「たまたま、とは違うかな、多分……一緒に遊ぶ事が多かったし、影響受けちゃったんだと思う。それだけだよ。だからさ、そんな顔しないでよ」


 ナオはきっと、オレの心の奥に潜んでいる……ずっと気付かないフリをしていた気持ちに気付いている。

 けど、オレ自信は認めたく無いし、何しろ今戦ったとして惨めな思いを重ねる結果しか見えないから、自分自身の気持ちの蓋を閉じてしまう。


「ナオは可愛いから、自信持てば良いと思うよ。ほら、見なよ……この女子力の差」


 トイレの洗面台の鏡に二人の少女の姿が映る。

 同じ服を着ているけど髪の色も顔つきもまるで違うから、お揃いの格好をしていても仲良し姉妹やペアルックしてる友達同士に見えたりはしない、むしろ違い過ぎて、モスグリーンとイタリアンレッドに蛍光色を混ぜて隣同士に塗ったみたいな、目がチカチカしちゃう様なハレーションが起きそうな程に対照的。

 小柄で柔らかい印象のデートの途中の気合いの入った可憐な“女の子”と、その隣に立つ少し背の高い、近所のコンビニに行く途中みたいな雰囲気のヘラヘラ笑ってるまがい物(ブス)

 例えば、街行く人達に訊ねてみたとしよう。どっちを恋人にしたいですか? もしくはどっちの恋を応援したいですか? と。百人に聞いたとしたら、きっと百人ともナオに一票を投じるだろう。恋に夢に頑張っている彼女は綺麗で愛おしくて、抱きしめてしまいたくなる程。こんなに頑張っている子を応援しないなんて、人として間違っていると思う。それに……


「トオルはね、大事な友達なんだ」

「なら、トオル先輩と私の事、応援してくれますよね」


 ナオの言葉から、瞳から、全身から、気迫が溢れる。

 自分の理想だったタイプに近い子、だけど今は……


「当然じゃないか。だって、中学まではオレもトオルも浮いた話なんて縁が無かったしさ。告白されたって聞いた時は、ほんとビックリしちゃった。だから、ちゃんとトオルの事を大事にして欲しいって私からお願いしたいくらい」


 饒舌に心にも無い事を語ってしまう。心臓がバクバクしているし、緊張で冷や汗が腋を伝うのを感じる。思わず素が出てしまっても気付かない程に動揺している。


「それは……じゃ、じゃあ、年上の人にこんな事言うのも失礼かもしれないけど、私とも親友に……いえ、友達になって下さい。トオル先輩の事、好きだから……先輩の友達とも仲良くしたいんです。バイト先は一緒だけど、学校は違うから先輩の友達ってあまり知らなくて。それにトオル先輩の小さい頃の話も、もっと聞きたいんです」


 ナオがオレの手を両手で握り締めて来る。彼女の手の平には汗が滲んで、指先は微かに震えていた。

 彼女だけが、必死に戦っていた。オレは情けなく逃げ回っていただけだ。ナオはトオルの為にこんなにも必死になれる。羨望を抱くけど、そんな資格はきっと今のオレには無い。

 そもそも、ありえない……だって、あいつは親友の筈だろう? と心の中で何度も自分に言い聞かせる様に繰り返す。

 オレはとっさに笑顔の仮面を被って嘘をつき通した。自分と彼女と、大切な親友に。


「もちろん」

次回、最終話です。

2017年7月14日 一部改訂しました。

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