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第一話 黒い髪

「黒髪ロングって良くね?」


 中学の時の修学旅行の夜、同室になった連中で好みの異性の髪型の話になった時に幼馴染みのあいつが言ってた台詞だ。


「ああいうのって、なんか見た目が重たい感じしない?」


 その時、たしかオレはそんな風に返してた気がする。


「ええーっ!? 良いと思うけどな。三組の松戸さんみたいな。髪サラサラだし撫でたい」

「生徒会長の? 確かに美人だけど高嶺の花って感じだしなあ。てか、撫でたいって……」


 オレはいかにも大和撫子的な髪よりも、砂漠迷彩で使うみたいな明るい色の髪が好みだった。

 柔らかい感じがするし、ふわふわだと尚良い。


「レンはツノが付いてたりアンテナがある方が良いんじゃないのか?」


 誰だったかはもう忘れたけど、そんな事を言われた。

 失礼な。ロボのプラモは浪漫だけど、それとこれとは話が別だ。


「ロボットは好きだけど、女の子は別腹」

「もしかしてフィギュアなんかも作っちゃってるの?」

「フィギュアじゃ、髪がふわっとしてないじゃないか」


 その後、ツインテールこそ正義だとか、美女は丸坊主でも美女とか、髪型論争で盛り上がって騒いでいた所を見回りに来た先生に見つかってしまい、、同室の全員仲良く廊下で正座させられたのも今となっては良い思い出だ。



 今とは全然違ってたな、昔のオレの理想の髪型。

 寒空の下、肩の下まで伸びたストレートの黒髪ごと鼻の高さまでマフラーをぐるぐる巻きにする。

 髪が長いと冬場は暖かくて便利だ。自分の体毛で暖まっていると、人間もやっぱり動物の仲間なんだなーなんて思ったりもする。夏場は暑くて鬱陶しいだけだったけど。


 ――あいつ、遅いな。


 約束の時間は、もうとっくに過ぎている。ブレザーの下にセーターを着込んで、その上からダッフルコートを羽織っていても、真冬に短いスカートで生脚だと寒くてしかたがない。

 駅前の、小洒落たタイルが敷き詰められた狭い道の隅に立って、ホームから流れてくる遅延のお詫びのアナウンスを聞きながら、幼馴染みのあいつ、館山 透(たてやま とおる)が乗っているであろう電車が来る方向をじっと見つめていた。





 ◇




 中学を卒業する直前、どういう理屈か、オレは……利根 蓮(とね れん)は女になった。

 原因は不明。

 病院で検査したけど、骨格から内臓に脳みそまで、どうみても女性だったそうだ。

 悲しいけどこれ、アニメじゃなくて現実(ほんとう)の事なんだよね。

 父さんはショックで寝込むし、母さんは黄色い声を上げてはしゃぎまくりオレを着せ替え人形にするし、本当に酷い騒ぎだった。

 卒業式には出られなかったし、入学する筈だった高校にも受け入れを断わられるし、その時は本当にどうなる事かと思った。何とか落ち着いて、今は一年遅れで別の高校に通う事が出来ている。

 女子として……しかも女子校だけど。

 異性――同性だった筈なのに――の視線を気にしなくていい分、共学よりは気楽なのかもしれないけど……何だかなあ。


 オレもあの時は半狂乱になったり情緒不安定になったりで本当に酷い有様だったけど、そんな時に支えてくれたのが幼馴染みのトオルだった。

 両親も幼馴染みだったから家族ぐるみで付き合いがあって、幼稚園に上がる前から仲良くやってる。

 外見が変わっても、トオルが今までと同じように接してくれたのは本当にありがたかった。あいつと一緒の時だけは、昔のままの利根 蓮(とね れん)でいられる。


 今でも変わらぬ友情が続いている親友の為に髪を伸ばしてみようと思ったのが、一年前の高校入学が決まった頃の事。

 性別が変わっても、元々真っ黒だった髪はそのままだったから。

 面と向かって感謝の言葉を告げるのは照れくさいけど、あいつの好みのヘアスタイルを触らせて物理的にお礼をするくらいは出来る筈だ。あいつもオレと同じでモテなかったし、親友としてはそれくらいならしても良いだろう。

 いくら好みでも、あいつは元男の髪を触っても嬉しくないかもしれないし、まだロングってほど伸びてもいないから、触ってみる? って訊ねてみた事は無いんだけど。



 オレは今、真冬の空の下であいつが来るのを待っている。

 何でも、折り入って相談したい事があるらしく、放課後に地元の駅前で待ち合わせの約束をしていた。

 困っている時に助けてくれた親友の頼みとはいえ、真冬の夕暮れ時に、丈の短いスカート――最初は抵抗はあったけど、周りに流されるまま今では短くしちゃってる――の制服姿で待つのはさすがに堪える。ホームのすぐ脇に少しだけ改札があるような各駅停車しか停まらない小さな駅だから、風を凌げそうな待合室や駅舎なんてものは存在しない。先に店に入っていようかとも思ったけど、一人でお店に入るのはちょっと勇気が要るし。


 エアブラシを吹いた様な、綺麗なネイビーブルーのグラデーションに染まってゆく空を鳥の群れが家路へ向かう頃になって、やっと駅のアナウンスが電車が動き出した事を告げる。

 電車が止まる前に駅に着けて良かった。遅延の時の満員電車って苦手なんだよね、自分より大きな人達がイラついて密集している中に放り込まれるのってホント恐いから。


 少し経つと、ゆっくりとホームに入って来たぎゅうぎゅう詰めの電車から、大量の人が吐き出されて来る。

 その中に詰襟の学生服姿のトオルも混じっていた。あいつは背が高いから、すぐに見つけられる。


「すまんレン。電車止まってて」

「もう、遅いよ。30分も遅刻して。メール何度もしたよね? メッセも未読のままだし」

「スマン、バッテリーが切れてスマホ見れなかった」

「ダサっ。でも、遅れて来たから今日はトオルの奢りね」


 トオルと会話するには、あいつの顔を見上げないといけない。置いて行かれたみたいでなんだか悔しいから、つい意地悪を言ってみたりもする。

 つい二年前までは同じくらいの身長だったのに、今はオレの背丈はあいつの胸の高さくらいしか無い。


「マジ!? おれ、今月もう金無いんだけど」

「こんな寒い日に女の子を待たせる方が悪い」

「くそっ、こんな時だけ女アピールかよっ」

「遅れた電車が悪いのだよ。そもそも、今日は奢るからって言ってたじゃない」

「そうだっけ? そういや婆さんや、お昼ご飯はまだかのう」


 そんなやりとりをしながら、二人で待ち合わせをした時は良く使っている近くのハンバーガーショップに入る。

 ちょうど夕方の時間帯で、お喋りしている中高生やテーブルの上にお店を広げている大学生風の客達で混み合っていた。

 オレは空いていた奥の席を確保し、あいつはレジに並ぶ。

 何も言わずとも、あいつは自分の分のコーラとオレの分のレモンティーを買ってきてくれる。オレも昔はコーラ派だったけど、この体になってからは炭酸が強いのと冷たいのはちょっと苦手になっていた。

 あいつが持ってきてくれた紙のカップをお礼と共に受け取り口に含むと、暖かい紅茶が冷えた体に染み渡る。


「ふぅ、暖まる」


 ついジジ臭い――じゃない、今はババ臭いか――声を漏らしそうになる。


「最近どうよ? 体の調子悪かったりしないか」

「寒空で立ちっぱなしでも平気なくらいには絶好調」

「すまん、ホント悪かったって」

「ごめん、ちょっと意地悪言ってみただけ。奢って貰ったからそれでチャラ。で、相談って何だよ」

「うーん、そうだな……お前の意見なら、もしかしたら参考になるかなって思って」

「私の?」


 何だろう。妙に言い出しにくそうにしてるのが気になるけど。

 余談だけど、話す時はオレは自分の事を<私>と呼んでいる。最初はオレ女で通そうとしたけど、さすがに目立ち過ぎたから自重した。それはさておき。


「バイト先の後輩に告白されたんだ。それで、返事をどうしようかって思ってさ」

「へっ!?」


 オレは思わず飲みかけの紅茶を噴き出しそうになった。

 ト、ト、トオルが告白されただとっ!?


「可愛い子なんだよ。けど……」


 けど? 女の子に、しかも可愛い子に告白されて何に不満があるというのだ、贅沢な奴め。


「薄い茶色の髪なんだ。中学の時、染めてるんじゃないかって疑われて先生や先輩達に呼び出された事もあったくらい、綺麗に茶色」

「は?」


 思わず変な声が零れた。

 きっとあいつに向ける視線も、外みたいに冷えきっている事だろう。


「髪の色以外は完璧、というかおれには勿体無いくらいの良い子なんだけどさ……どうしようか」

「あのさ」


 こいつ、ちょっと前にオレに言ってくれた事を忘れたんだろうか? それとも、本当に頭の中が残念な構造になっているのか。生まれてから一度もそんな話には縁が無かったのは知ってるけど、仮にも告白されたんだろ? ちょっとは真面目に考えろよ。それってどれだけ勇気が必要な事か、わかってるのか?


「私に言った事、覚えてる? 『外見なんか関係無い、お前はお前じゃないか』って、トオルは困ってる時に言ってくれたよな」

「まあ、確かに言ったな」


 オレはあいつを睨み続けながら言った。

 突然、性別が変わって、どうしようもなく困っていた時にこいつが言ってくれた言葉に元気付けられた。元々、見た目もそんなにパっとしない、どちらかというと非モテな二人だったし、外見よりも中身の重要性を説きたいというのは常々口にしてはいたけど。


「迷ってるんなら付き合ってみたら良いんじゃないの? 大切なのは中身でしょ。それとも他に気になる子がいるとか?」


 あいつは腕組みをしてうんうん唸っている。高校生になってからダイエットを始めたおかげか、余計な肉も随分と落ちたし背だって前よりも伸びている。見た目は悪くないから、中身さえ伴えば非モテからは脱却出来そう。そもそも、今まさにリア充の仲間入りを果たそうとしているわけだし。


「別に……他に気になる奴なんて居ないし。そう……だよな。レンがそう言うんなら……」

「悪い子じゃないんだよね」

「ああ、凄く良い子だよ」


 なら良いんじゃないのか?

 我らが反リア充同盟のメンバーに先を越されてしまうのは淋しいけど、勇気を振り絞ったまだ見ぬその子を賞賛したい。

 しかし、トオルにもいよいよ彼女が出来るのかあ。

 もの凄いあがり症で、中学時代までは同じクラスの女子ともほとんど話せなかったのに。環境が変わると人は変るっていうのは、オレも現在進行形で体感している最中だから分からなくはない。

 その後は、いつもみたいにお互いの近況報告やら昔の話やらで盛り上がった。



 川辺から白地にガルグレー交じりの鳥達の姿が消える頃、あいつから例の彼女と付き合い始めたと報告を受けた。

 この前みたいに放課後に待ち合わせをしたり、お互いの家に遊びに行ったりする事は減ったけど、あいつが幸せなら別に気にする事でも無い。

 今年はあいつも受験生になるから心配ではあるけど、上手くやってると良いな。

 あの冬の日から、時々胸が締め付けられる様な息苦しさを感じる様になる。性別が変わった事による副作用か何かかと思ったけど、病院の検査では異常は無いといわれた。

 オレがその息苦しさの理由に気付くのはもう少し先の話になる。


2017年7月14日 一部改訂しました。

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