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「シルフィー=ロクサーヌと申します」
いよいよ今日から半年間、ピソタリア王国での学生生活が始まる。
シルファニア王国とは違い、学科ごとに主要クラスは別れているらしく、選択制の授業は数少ないらしい。
私は植物を専門とする学科に、王子は生物を専門とする学科に分かれ、初日を迎えた。……のだがどうも私はあまり歓迎されていないらしい。
自己紹介を終えても周りの生徒達だけでなく、教師でさえも何かアクションを起こそうとはしないのだ。皆一様に、穴が開くんじゃないかってくらいに私をただひたすらに凝視している。
それはようやく教師が私の一時的な席を口にしてからも同じことで、授業中もずっと、おそらく黒板なんかよりも教室内の視線を引きつけていたほどだった。
ピソタリア王国にやって来てから1つ目の授業は基礎科目で、自国に居た頃とあまり変わらない内容だったがそれでも頭に入れることはできなかった。どうしても視線ばかりが気になってしまうのだ。
それも社交界にいた頃のように足を引っ張ってやろうとか貶めてやろうとかそういう、悪意に満ちているものでもないのだ。ただひたすらに私を観察しているような、そんな視線ばかりなのである。
2つ目は他のクラスに混ざることになっていると事前に与えられた地図を片手に校内を移動する。
途中、やはり私の容姿は目を引くのか、多くの人が私へと惜しげも無く視線を注ぐ。中には足を止めて、曲がり角で見えなくなるまで見つめ続ける人もいたほどで、窓ガラスに反射してその視線にいつまでも追われているような錯覚へと陥った。
そんな状態の中、誰かに道を聞くことさえも出来ずに、始業のチャイムが鳴り響いた後でたどり着いた実験室からは話し声が漏れて聞こえていた。
話題はどうやら短期間留学生について、つまるところ私と王子のことらしい。
『毒草姫』という名が聞こえた時点でこれ以上聞くのが耐え難くなり、遅れて来ていることも忘れてドアをガラガラと大きな音を立てながら開けた。
するとピタリと会話は止み、代わりに彼らの顔は一斉に私だけを捉える。
「遅れてすみません」
居心地の悪さを感じながら、直角に上半身を曲げるとゆっくりと上体を起こしてたった1つだけある空席へと腰を下ろした。
すると今度は私に遠慮するようにコソコソと話し始める。大方転校生は態度が悪いとかそんな話だろう。
私の評価は地ほど低くても構わないが、これでは王子の評価まで一緒に下げてしまっているかもしれないと罪悪感が胸に満ちる。
だがその反面でそうすれば運命の相手だって出て来やしないのではないかと悪どい考えが浮かんだのも事実ではある。
普通に授業を受けているようなフリをして、教室内の生徒をチラチラと覗き見る。先ほどの教室もそうであったが、このクラスにも例の特徴を持つ生徒はいない。
「あの、シルフィー様」
「何でしょうか?
「実験は私共で行いますので、その……シルフィー様は」
「……では今回は見学させていただくことにいたします」
態度が悪いせいもあり、実験の授業でありながら早速私はハブられてしまった。
実験台の端でちょこんと座りながら残りの3人がはしゃぐようにして実験を進めていくのを羨ましそうな視線を注いでおく。
シルファニアではどちらかといえば他人に興味のない、我が道を行くタイプが多かったために救われることも多かった。
だが近いうちに王子の婚約者という看板を外さなければいけない身としては、このままではいけないのだろう。
時季外れの他国からの留学生というハンデはあるにしても、それをどうにか出来るだけのコミュニケーション能力を身につけなければならない。
「はぁ……」
誰にも気づかれないようにため息を吐いて、次の授業こそは溶け込めるように努力はしようと心に誓うのであった。




