表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/24

-7-

「おかえりなさいませ、シルフィー様」

 夜会を終わらせた私はドレスを脱ぐことなく、ベッドへと飛び込んだ。

 侍女のマーフィーもその様子を呆れたように見守りこそすれ、止めることはない。彼女は私が王子の仮初めの婚約者であることを知らない。だが長い付き合いから、私と王子の間には『何か』が存在することは察しているようだった。

 

「お風呂はお入りにはならないのですか?」

「うん、今日はいいや」

「…………かしこまりました」

 夜会に行った日は必ずと言っていいほど入るお風呂を断ると、疲労具合が伝わったのか彼女はそのまま私の部屋を後にした。いつも通り、お湯を溜めておいてくれた彼女には悪いがもうその背中を見送る元気すらも今の私には残っていないのだ。

 

 

 大勢の貴族の方々に囲まれ続け数時間、国王陛下の夜会終了の合図を受け、散っていった彼らを見送った後で私もさっさとその場を退散する予定だった――王子に捕まる前までは。

 

「夜会では全く話す機会がなかったからな」

 王子は逃すまいと私の腕に腕を絡めて、休憩室として用意されていた一室へと連れ込んだ。

 休憩室といえば体調を崩してしまったご令嬢達が一時的に休むという本来の用途以外にも、上位貴族がお気に入りの娘を連れ込むというのはよく耳に挟む。それを初めて聞いた時にはいつか王子も『運命の相手』を連れ込んだりするのだろうかと想像したものだが、まさか相手が私とは思ってもみなかった。

 それも本来ならば私と婚約破棄を宣言し、『運命の相手』と正式に結ばれるはずの夜に。

 運命とは神が操る糸のようなものなのだろう。どんなに手を伸ばそうとも彼らの気、一つで私達人間は簡単に動かされてしまうのだ。

 

「ここならしばらくは邪魔されることはないだろう」

「……皆さん、きっと心配されてますよ」

「婚約者といるのだから誰も文句は言うまい。それよりも留学のことだ。俺は生物学を、そしてシルフィー、お前は植物学を学ぶことになっている」

 それは留学先であろうとこの国にいた時から変わらない。

 王子なら他のことも平均的にこなすことが出来るが、私の場合は植物以外となると一気に弱くなってしまう。はっきりいって昔から興味を持てるものが少ないのだ。そしてそれは王子の婚約者となったことで加速した。表舞台に立つのは16までで良かったため、何もかもパーフェクトにこなす必要などなかったからである。それも私のワガママによって延長してしまったのだが、どんなに伸びても後半年。王子がピソタリア王国の留学を終える日がタイムリミットとなる。それが終われば私は社交界から姿を消すことになっている。用意してもらった研究施設に篭って、残りの生涯を草木と共に送るのだ。

 

「そこで、だ」

「はい」

 妙に改まったように佇まいを正す王子は私の目をしっかりと見据えてからすうっと息を吸い込んだ。

 

「俺はお前が他の男に惚れるということは想像していない。が、俺の婚約者であることを忘れて勉強に励むのではないかと心配でたまらない」

「はぁ……」

「はぁ、じゃない、はぁ……じゃ! 他の女を選べと言ったお前のことだ、いつまた変なことを言いだすかわかったもんじゃない!」

「えっと、国王陛下からは何か伝えられていませんか?」

「父上からか? 認識を広げて来いと言われたが?」

 これはおそらく、王子側には何も伝えられていないのだろう。もしくは伝えられていたとしても、私を好きだと思い込んでいる王子には何の意味もなさなかったのかもしれない。

 ならば指示通り、婚約者を演じつつも、王子が運命の相手と結ばれるようにサポートしていかなければならない。

 私がしっかりしなければと決意を新たにすると何故だか急に背中のあたりが暖かさに包まれた。

 

「とにかくお前にはもっと俺の婚約者という自覚を持ってもらいたい。…………好きになってくれとは言わんが、俺が愛していることは忘れないでくれ」

 私の胸の内の葛藤など知らぬ王子は私の背中に腕を回し、耳元でそう囁く。それがどれだけ私の心を抉っているかも知らずに抱く腕に一層力を込める。

 

 愛しているとどんなに囁かれても、そして私自身がどんなに彼を思っても、私はこれが運命に抗う感情だと知っている。胸を抉るこの感情は神にさえも抗おうとさえする私への戒めなのかもしれない。それは息さえ吸い込むのも辛いほどなのに、その反面で手を伸ばしてしまうほどに甘美なものなのだ。

 

「楽しみ、ですね。王子」

 苦し紛れに出た言葉はそれだけだった。そんなこと思ってもいないくせに。

 確かについこの前までの私なら長年口に出すことすら叶わぬ想いを残して、どの国とも国交を最小限にしか行わないことで有名な、ピソタリア王国に胸をときめかせていたことだろう。そして王子の噂を耳に挟むことすらなく、研究に没頭していたはずだろう。だがそれももう叶わぬことなのだ。私は王子の相手を探し、そして結ばれるまでを見守らなければならないのだから。

 

「……ああ、そうだな」

 

 別れた後もずっと王子の体温は私の身体から離れてはくれなかった。

 馬車でも一人、思うのはやはり王子のことばかりだった。

 

 

 

「はぁ……」

 

 我ながらこんなにも意思は弱かったのかと、この数日を振り返って何度もマクラに向かってため息を吐いては自分の不甲斐なさを実感する。

 初めは吸収してくれたマクラももう聞き飽きたのか弾いて、静かな部屋の中で小さなため息が妙に反響するようになる。これではまるで部屋全体から責められているかのようだ。

 自分のため息から逃れるために布団を頭まで被るとこれを最後にと決めたため息を一つ大きく吐いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=518171362&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ