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当初、王子の結婚相手発表の場であったパーティーは結局のところ予定とほとんど変わらずに行われた。
変更箇所といえば、私が王子の婚約者のままだというところ。そしてこのパーティーの名目が私と王子の留学前、最後のパーティーだということだろう。
そのため私は代わる代わる来賓に一時的な別れの言葉を告げられている。
「半年間のご留学、寂しくなりますな……」
もちろん彼らは私たちが帰ってきた時にはすでに婚約者ではなくなっていることなど知る由もない。こんな虎視眈々と権力を狙っている者たちに伝えるつもりもない。
ここ最近、私の心は沈みっぱなしだが、彼らを欺けることは心の底から喜ばしい。
王子の運命の相手はどんな人か、外見的な特徴以外の詳しいことはわからないが自慢の娘たちが占い師の告げる運命の相手の特徴と違ったこと、そして何より己の心の醜さを精々悔しがればいい。
「その短き時間で精一杯のことを学んで帰りたいと思っております」
目の前の醜い権力に肥えた男たちと同じように笑顔の仮面を身につけて最大限の牽制をする。
「その時が楽しみですな……」
そんなこと微塵も思っていないくせに、よくもまあ口から出まかせがスルスルと出てくるものだと感心する。
それも大抵の貴族が同じようなことをいうのだから、事前に対応マニュアルでも配布されていたのではないかと疑うほどだ。
興味で始めた毒の研究だが、意外と役に立つ機会は多い。
毒と薬は表裏一体で、研究の途中で新薬が完成された時もあれば、わずか数ミリリットルにして人を何人も殺せるような毒薬を生成したこともある。
そして付いたあだ名が『毒草姫』
様々な毒への抗体を持っているせいで暗殺も出来なければ、新薬完成時に出来た人脈と元々お父様が出世したいという心意気が皆無なせいで当家を失脚させられるようなアラを見つけることも出来ない。
「なんであんな娘が王子の婚約者に……」と婚約当時は影で囁かれていた私も今では立派になったものだ。
このあだ名があるせいで、貴族は無理に私たちの婚約に反対することが出来ない。
いつ自分の身内が病に伏すかもわからず、そしてその病に対抗する術を持っているのが毒草姫しかいなかったら……と多くの貴族が思っていることだろう。
どんなに金を積んでも靡かないのはお父様と少なからず関わってきたものならわかるはずだ。お父様はひたすら自分と家族、そして領民の身を守り続けている。敵は作らないが、だが信念を曲げることだけは決してしないのだ。
だが例外として運命の相手の特徴に合致する少女たちはなぜか私のあだ名を知らない者が多い。自分で言うのもなんだが結構有名なはずなのだが……。
そして知っていたとしてもあまり気にしない。そもそも気にしていれば声をかけることもないのだろう。
私の周りには権力を喉から手が出るほどに欲する貴族か、権力に全くもって興味はないが私の研究成果に興味を持つ研究者か、そもそもあまり人間に興味がない友人がほとんどだ。
後者二つとはとてもいい関係を築いていけている自信はある。根っからの研究者気質な友人とは卒業後、私がどうなろうとも関係を続けていくことができると自負しているほどだ。
そんな彼らがいるおかげで私は昔も今も変わらず比較的自由に振る舞えるのだった。
「シルフィー様」「シルフィー様」
ここぞとばかりに顔を売る貴族たちに笑顔で対応していると次第に頬の筋肉が震えてくる。
王子の仮初の婚約者になってから、もう何年も経つが笑顔なんてそう慣れるものでもない。
早く終わらないかと適当に相手をしながら思っていると限られた夜会の時間は悠久にも思える。
相手がなかなか話を切り上げようとしないのもその一因ではあるだろう。
これで少しでも話が面白ければいいのだが、延々と自慢話を聞かされては気が参る一方だ。ただでさえ苦手な彼らの過去の出来事など全くもって興味がない。それに今後意味をもちそうもないそれは人が変わろうとも中身はさして変わらない。皆一様に自分の過去を自慢し続けるのだ。
それは苦手な料理をエンドレスで食べ続けなければいけない会食よりも辛いものがある。
だがこんな付き合いもおそらく今日で終わり。
そう思うと少しだけ寂しい気がしてしまうのは気のせいなのだろう。




