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「おイ」
「あ! あの時の」
あれから1週間が経ち、植物園でしゃがみこんでいる時に彼はやって来た。
相変わらず惚れ惚れするほどの紅い瞳はすぐに彼との出来事を思い出させた。
「あノ時ノ礼ダ、受け取レ」
そう言って突き出したのは、植物の育成環境が他国よりもうんと整ったピソタリアですらほとんど流通しないという、幻の木の葉っぱの入った袋である。
何でもその木を昔から守っている民族がいるとかで、地上へと落ちた葉しか採ることを許されないのだ。
そんな葉を受け取れるはずがない。価値が分かっているからこそ余計に。
明らかにあの花数本と彼の手にある袋に入った葉一枚では釣り合いが取れない。例えこの区画で育てている植物を全て差し出しても無理だ。
それに今年はまだ流通にさえも乗っていないはずだ。毎年競り落とせないと分かってはいても一度は写真ではなく、肉眼でとらえてみたいと長年夢見ていた私の耳に市場に出回っているとの情報が入ってこないのが何よりの証拠である。
それなのにかの葉は新鮮で青々としている。虫食いもなければ枯れてもいない。
無理無理無理無理、この葉を受け取ったら最後何を差し出せと言われるかわかったもんじゃない。
焦りは心の中だけで留め、社交界で培われた仮面の笑顔を貼り付けると「受け取れませんよ」と彼の申し出を断る。
まさかこんなところであの無駄とも思える実績が役に立つとは思わなかったが今は最低限のマナーを叩き込んでくれた家庭教師に感謝するばかりである。
すると彼は眉間にシワを寄せて「足りないカ?」とまでいう始末。
「いやいやいや、足りないのはこちらが差し出した花の方でして。さすがにその葉は受け取れません」
「だガあノ花ガなけれバ妹ノ病ガこんなニ早ク治ルことハなかっタ。だかラ受け取レ」
頑なにその葉を差し出す彼と受け取らない私の問答はそれから数分続いた。
そしてある時、ふと私に名案が過った。
私がその葉を受け取らずにすみ、その上さらに私に利益がある話だ。
「友達になりませんか?」
「友達?」
「そう、友達なら妹さんが困っている時にお見舞い品を贈っても変じゃないでしょう?」
「そレハ……そウだナ」
「よし、決まり。私とあなたは今この瞬間からお友達です」
「友達……」
「私はシルフィー。あなたの名前は?」
「ルイ」
「よろしく、ルイ」
「よろしク」
こうして私は半ば強引ではあるが、ピソタリアでの友達第3号を作ることに成功した。
「……ということで私の新しいお友達のルイです」
いつものように食事のために集まった3人に友達になったばかりの彼を紹介すると、ツィッタ様は驚いたように目を開いた。
「ルイ、あなたもシルフィー様のお友達になったの?」
「あア」
「ん? ルイとツィッタ様は知り合いなんですか?」
「ああ、ルイと俺達は幼馴染みたいなものなのですよ。ウルイの民はピソタリアの守護者と呼ばれていて、昔から王族とのつながりもあります」
「守護者?」
「俺達ウルイノ民ハピソタリアノ神木ヲ守っていルんダ。こノ葉ハ神木ガ降らせタ恵ダ」
どうやらルイこそ例の樹を守護する民族だったらしい。というより、神木だったのかと自分の無知さが恥ずかしくなる。
まぁ何はともあれそんな大事なものをもらわなかった先刻の私の判断は正しかったというわけだ。はぁと安心からのため息を吐き、胸をなでおろしていると上げた視線の先には機嫌を悪くした王子の姿があった。
「王子?」
「お前はなぜまた人を引っ掛けてくるんだ。……せっかくこの国に来てからは2人の時間が取れやすいというのに……」
「なっ……」
「安心しロ。シルフィーハ友人ダ」
「それはそうだが……」
「私は友人以上の関係になっても良くってよ!」
「それは俺が許さん!」
「ルスト王子なら今すぐにでも喜んで婚姻を結ぶでしょうね。あの方はお嬢までと言わなくてもシルフィー様のファンですから」
「そしたら晴れて家族になれるわ! フィリップ、早速ルストに連絡するのよ!」
「ふざけるな!」
恥ずかしさで真っ赤に染め上がった顔を両手で隠す私の肩をルイはポンと叩く。
「みんな楽しそうダ」
「そうね」
その言葉に顔からゆっくりと手を外す。いつまで続くかはわからないこの幸せをこの目に焼き付けておきたいと思ったのだ。




