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3 キャンバス上の葛藤

 なんでこの本がここに? 突然現れた『色彩でつづる感情』に驚きを隠せない…… それに栞? よく見れば、茶髪の青年が掲げた本からぴょこりと栞の先が飛び出ている。勢いよくぶん投げたのによく飛び出さなかったもんだ。

 確か古本屋で買った時に一緒に付いてきてたやつか。捨てるのはもったいないかなーっとそのままにしていたんだっけ。特に思い入れもない。だから、欲しい人がいるならどうぞどうぞっという感じだ。その気持ちを正直に目の前に座る青年に伝える。


「どうぞ」

「ん?」

「それたまたま手に入れた物なので。私みたいな無頓着な人間の所にあるよりも、求めている人の元に行く方が栞も幸せだと思うので」

「そうなん? 素直に渡してくれんのはありがたいんやけど……」


 どうぞ、と言っているのにも関わらず、青年は腕組みをして悩み始めている。そして、眉を八の字にすると困ったように笑って言った。


「君の願い事と交換じゃないとダメなんよ」


 いや、願いを叶えるとか怪しいし…… 万が一、相手が悪魔とかそっち系だったら後でえらい目に遭ってしまう可能性がある。そんなの御免こうむりたい。なので、もうこのまま素直に受け取ってお引き取りを願いたい。あ、この場合去るのは私の方か。そもそも私の望みって何だろう?

 そんなことを考えていると、部屋の奥、暖炉の方から低い男性の声が飛んできた。


「貴女の願いを叶えた後、私達は一切関与しないので安心して大丈夫ですよ」

「え……」


 見れば狐面の男性が1冊の本を手にこちらを見ていた。話せたのか…… なんとなく口をきかない雰囲気だったので意外だ…… というか人の考えを読まないで欲しい。むすっとした顔で狐面の男性の方を見ていると、茶髪の青年が驚いたような顔で叫んだ。


「あ、そんなこと心配してたん? 確かにここにいるんは、あそこの目つき悪いの除いて人間やないけど…… この部屋に来た人間に危害を加える気はないんよ。だから安心して都合の良い夢でも見てると思って何でも言ってみてや」

「いや、でも……」

「それにいつまでも願い言わんと帰られへんで?」

「え! それ最初に言うべきじゃない!?」

「あー、大抵の人間はすぐに願い事言ってくれるからなあ。そこまで説明しなくても平気なんよ。ということで願いをどうぞ。将来の夢でもなんでも」


 もはや契約ではなく、ただの脅しになってきた…… しょうがない相手が何であれ私は自分の部屋に帰りたい。ここは腹を決めて願い事を言うしかない。

 んー…… 人間いきなり願いをどうぞ、と言われてもなかなか浮かばないものだな…… 真剣に悩んでいると、ふと青年の最後の言葉が頭に浮かんだ。「将来の夢でもなんでも」という言葉が。

 将来の夢、か。夢ならある。そう思った瞬間、手に持っていたスケッチブックが急にその重みを主張してくる。何でも叶うというのなら、私は……


「じゃあ私今度の新人公募展で賞を取って、何の心配もせずに絵を描き続けたい」


 人に願って叶うことではないと分かってる。でも、他に私の夢はないのだからしょうがない。絵を描きたいという気持ち、たくさんの批判、オーナの退去通告、これま描いた私の作品達。それらが頭の中をぐるぐると渦を巻いている。

 これが私の夢なのか、願いなのかよく分からない。私から出た声はその自信の無さを表すかのように小さい。が、しっかりと目の前の青年には伝わったようだ。


「契約成立」


 少年はこちらを見つめながらにやりと笑った。その笑顔を見るとやっぱり私は悪魔かなんかにたぶらかされているんじゃないかと思える。

 その後は、青年に促されるまま栞を本から抜き出し、横に来ていた黒髪の少年に渡した。後は、狐面の男性が持ってきた本に手を置き、願い事をしっかりと思い描きながらその本を開けばいいという。でも最後に聞きたいことがあった。


「ねえ」

「ん? なんや?」 

「もうここに来ることはないってこと? さっき関与しないって言ってたし」

「何人か例外はおるけど…… 願い事を叶えた依頼人と俺らはもう会わへんね」

「そっか」


 予想通りの答えになのに少しショックだ。しかし、もう会えないならやっぱり最後にきちんと伝えたい。

 スケッチブックを開き、黒髪の少女が最後に見ていたページを丁寧に切り取った。それを手に、暖炉の前に立っている少女の方へ向かう。そんな私を目の前の青年と、目つきの鋭い黒髪の少年が興味深そうに見ている。お面の青年は…… 何考えているのかよく分からない。


 彼女の前に立つと静かに私を見つめるその目に、今度はしっかりと向き合った。そして勢いに任せてバッと両手で切り取ったばかりのスケッチを差し出す。


「良かったら受け取って」

「……大切な絵じゃないのですか」

「キャンバスにはこれを基にもう下絵描いてあるし、今はこれしか渡したいと思える絵ないから……」

「でも……」


 手を差し出しかけてはいるけれど、本当に受け取っていいのか悩んでいるようだ。少女は私と差し出したスケッチを交互に困ったような顔で見ている。ここは押さなければ……!


「私の絵のこと好きって言ってくれたお礼!」


 がんばって出した私の大きな声に、黒髪の少女は驚いたようにこちらを見る。そして、少し恥ずかしそうに


「ありがとう」


 と言って彼女は受け取ってくれた。その後


「私、ファン1号ですね」


 そう言って嬉しそうに笑うその姿は、私が男性だったら…… いや、同性としてもなかなかの破壊力だった。その姿に、私も嬉しくなる。今まで人に見せてもゲテモノ扱いされるだけだった私の絵。自分の描いた絵で誰かが笑ってくれる、それがこんなに嬉しいことだなんて初めて知った。


 そのままソファーまで戻りゆっくりと腰掛ける。

 2度と来ることはできない不思議な部屋。本に覆われたその部屋を最後にもうい度見渡し、しっかりと目に焼き付ける。そして、私は願い事を早口で何度も心の中で呟きながら、目の前の本に手を置きゆっくりページを開いた。 

 その瞬間本から溢れてくる強い光に目が、目がぁ! と苦しむこと数十秒。目への強烈な攻撃が終わったのを感じ、ゆっくりと目を開く。するとそこは見慣れた私の部屋だった。

 しかし、1つだけ見慣れない物がキャンバスの横に存在していた。黒のペンや石炭しか使わない私には不必要なもの。

 それは、様々な色に彩られた木製のパレットだった。


※※※


「うーん……」


 急に現れた木製のパレット。それを恐る恐る手に取り、表から裏からと見てみる。初めから色んな色が付いていること以外は普通のパレットのように見える。しかし、タイミングから察するに、さっきいた部屋と関わりがあるのだろう。いや、絶対ある。

 さっきの出来事は夢だったのか? 少しそう思ったけれど、全身の痛みと、ページの千切れたスケッチブックがそうじゃないと主張している。私の願いがこのパレットでどう叶うというのか? それを確かめるには使ってみるしかない。とは言うものの……


 あの部屋の住人は悪い人、精霊? じゃない気はするけれど…… もう関与しないって言ってたしなあ。それって後は自己責任ってことでもある。そこまで考えると、なんとなくここでパレットをほいほい使うことにためらいが…… でも新人公募展、住居問題が…… もう私の喉からはうめき声が出っ放しだ。

 悩んでる時間なんてない。今回の新人公募展は私にとって最後のチャンスだ。そんなのは分かっているが、この未知の物への警戒心が次々と沸き出でるのは止められない。が、時間が無い…… 私の思考は堂々巡りに陥ってしまった。


 今日のあれやこれやを思い出していたら、突然鳴り響いた大きな鐘の音が私を現実に引き戻した。街の中心にある時計台の鐘の音だ。この音がするということは……

 急いで部屋の時計を確認する。すると、アルバイト先の宿屋に行く時間が迫っていた。もう部屋を出ないと! ……とりあえず、どうするかは帰ってきてから考えよう。この件は一旦保留! 

 目の前のパレットと、下書きだけがしてあるキャンバスから目を背ける。そして、いつものバッグだけを肩にかけ職場へと走った。

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