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死神に飼われた少女  作者: 真紅エレン
7/11

色欲の意味がわかりません

 そこは監獄だった。

 両脇には檻が並び、くすんだ白い天井に吊られた幾つもの黒いランプが琥珀色の光を弱々しく放っている。

 ロザリアは引き寄せられるように歩き進み、一番奥の牢の前でふと足を止める。


――退屈そうに座る男が檻の中に居た。


 男は俯いていた顔を上げてロザリアを認識すると僅かに首を傾げた。


「ああ、呼んだら来た」


「呼んだ……? えっと、どこかでお会いしたことありますか?」


「昨日、見かけた。ギルバートって奴と一緒に居ただろ?」


「あ、はい……え?」


 彼はあの時どこで見ていたのだろう。そう思った時、ふいに手を掴まれる。


「いや、あの」


「ああやっぱり、痣だらけだ。可哀想に……痛かった?」


 そう言いながら空いた手でロザリアの腕の傷をそっと撫でると――強い力で引き寄せた。


「わっ」


 勢い余って床に倒れそうになるのを支えられ、直後に後ろから拘束される。暴れそうになったがふと疑問が浮かんだ。

 開けてもいないのに気がつけば檻の中……私、鉄格子を通り抜けた?


「なあ、ギルバートの死に様見たぁ? あはは……見たよねぇ? 面白かっただろ?」


「っ……」


 明らかに振り解ける力ではない。今はただ出来るだけ相手を刺激しないようにするしかない。大丈夫、こんなこと何度もあったことだ。


「あれ? 意外とおとなしいね。多少は怖がって暴れると思ってたんだけど。ああそうか。そうだよな。知ってるよ、お前のこと」


 片手でロザリアの頭を撫でながら呟く。

 彼は私の何を知ってるの?


「お前の『義理の父親』は毎晩お前をもてあそんだ。だがその分、お前には優しかった。おそらくは恋した女の面影でも見たんだろうな。愛していたけれど結局想いを告げることがないまま死んだ女の面影を」


「え……」


 彼は冗談を言っているのだろうか。だって私はそんな話聞いたこともない。


「まあいいや、そんなことはもうどうでもいい。それよりさ……」


 男の手が首にかかった時、ロザリアは気がつけばこう口走っていた。


「あの! サラって人、知ってますか!?」


「……は……?」


 実は部屋を出て行く前にビスマスから『アスモデウスには昔、好いた女がいる』と聞いていた。何故そんなことを言い出したのかと思ったが彼は特に何の目的もなく、ただ思い出したから話しただけだと言っていた。

 ギルバートの名前を出された時点で彼がアスモデウスなのではないかとは考えはしたが正直、信じたくはない。もしそうだとしたら私は今、非常に危険な状態だということになる。


「……知ってるに決まってる。あの女のことを一時も忘れられるわけがない。でも、悲しいなぁ……人間なんてすぐに死んじまうんだよ」


 拘束がゆるくなったが逃げる気になれない。ここで下手に動いて失敗すれば怒らせるだけになる。


「ああこの話はもういい……ところで熱心に前を見つめているが、逃げる計画でも立ててるのか?」


「私、鉄格子を通り抜けたんですか?」


 咄嗟にあまり重要ではない質問をする。とはいえ半分は気になっていたのは事実だ。


「この檻は『悪魔以外のもの』は通り抜けることが出来る。まあ、万が一襲われてもすぐに逃げられるというわけだ」


「あー。動物園とかに使用したら飼育員の人がズタズタにならずに済みそうですね」


「動物園?」


「あ、ニュースでやってました。ライオンの檻に入った人が大怪我を負ったって」


「へえ。いいストレス発散になったんじゃないか? ただでさえ、無理やりあんな狭いところに入れられて、人間の鑑賞道具にさせられてるんだからさ。まあ、サーカスよりは幾分かマシだけどな」


 ロザリアが必死に会話を繋げようとしているとアスモデウスは唐突に手を離して呟く。


「……外に誰かいるな」


 その直後、部屋の扉が大きな音を立てて開き、少年が転がりこんできた。それを見てロザリアは「あ」と声をもらす。


「トワル?」


「ロザリア! また会ったね……て、その人誰だっけ?」


「アスモデウスだ。何度も会ってるだろ」


 疲れたように返す悪魔はどこか居心地が悪そうだった。


「うん、思い出した。『色欲悪魔』って父さんが言ってたよ?」


「しきよく?」


「あんの蜘蛛野郎ッ!」


 よほど仲が悪いのだろう。ぶつぶつと悪口雑言を吐きはじめたアスモデウスを無視してトワルはロザリアに視線を向けた。


「ところで君はどうして中に? 悪いことした?」


「あ、えっとちょっとした事故で……」


「出られる?」


 ロザリアは立ち上がり、試しに手を伸ばすといとも簡単に檻をすり抜けた。


「なんだ悪魔専用の檻か。でも出られてよかったね」


「うん……えっと、トワルのお父さんってどんな人なの? 『蜘蛛』って言ってたけど」


「ああ、そうだよ! バエルっていうんだ。普段は僕たちみたいに人間に近い姿してるんだけど、いざとなったらもう……とにかくかっこいいんだ!」


 そう嬉しそうに父親のことを話すトワルは人間の子供と変わらないように見えた。


「あ、父さんがね、君に興味あるって。今度会ってみる?」


「え? ええ」


「やめとけ、あんな毒蜘蛛妖怪。絶対ろくなことしないぞ」


「妖怪じゃなくて悪魔! ほんとひどいよね君!」


「お互い様だろ。ま、もっとも俺はあんな奴と関わりたくないけど」


 少々険悪なムードになったと思うとトワルが笑いを堪えながら小声でロザリアに囁く。


「ここだけの話ね、アスモデウスって虫苦手なんだよ。中でも特に蜘蛛」


「え? 悪魔でも虫苦手なの、いるんだ?」


「いるよ?」


「おいッ」


 アスモデウスが檻ごしに掴もうとするが避けられ、それを見たトワルが思い出したように「あ、用事があるの忘れてた。行こう」と、ロザリアの手を引いてその場から連れ出した。



「ねえ、よかったら地獄に来てみない?」


「え!?」


 間違いなく両親を殺した罪だ。まさか突然地獄に堕ちることになるとは想像していなかった。


「あ、亡者としてじゃなくて遊びに、ね? たぶん人間を見たら驚くと思うけどすぐに打ち解けられると思うよ。『外出するな』って言われてる?」


「『好きに出歩いていい』って。あ、でも城の中だけだよ」


「そっか! それなら問題ないよ。『城の中』だもん」


 そう言ってトワルは廊下の壁に手を当てる。すると彼の手の下に人が通れるくらいの大きな穴が現れた。


「え、なにそれ、どうなってるの?」


「入り口。ここから地獄に行けるよ」


 地獄に行ける、だなんて端からすれば物騒な言葉だとロザリアは苦笑いする。先程は冗談抜きで心臓が止まりそうになった。


「やばい! 死神が来る。はやく通って」


「う、うん」


 思わず勢いで穴に飛び込んでしまってから立ち尽くす。赤いカーペットが敷かれていた床は一瞬にしてひび割れた黒い地面へと変わり、離れた場所では炎が噴き出している。

 不安を感じて振り返ったがそこには誰も居らず、遥か向こうに城が見えた。


「トワル? きゃっ」


 突如、何者かに襟首を掴まれ、乱暴に地面へ引き倒される。


「あ? なんだ最近じゃこんなひ弱なガキも大罪をおかすわけか。恐ろしくて笑えてくるぜ」


 座りこんだまま声のするほうを見ると黒いマスクで口元を隠した紫髪の男が嘲るようにこちらを見下ろしていた。

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