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死神に飼われた少女  作者: 真紅エレン
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ベッドは旅行の道具ではありません



「ここは……?」


 目を開けてすぐ目に入ったものは白い天井と絵画。この時点で異変に気づいた。私に与えられた部屋に絵画はない。

 身体を起こして見まわすと右手側に幾つも並べられた木製のベンチや隅の机を覗いてどこもかしこも天井と同じ質素な色をしている。それだけでは場所は特定できず、左を向いてふと上を見上げると小さな窓の下に十字架がかけられていた。

 どうやらここは教会のようだ。しかし何故自分はここにいるのだろうか。確か部屋で眠っていたはずなのに。ベッドで寝たら別の場所に飛ばされる仕掛けでもあったのだろうか。死神の世界にも教会なんてあるんだ、とロザリアが首を傾げた時、十字架の側の扉が開いたかと思うと長身痩躯の若い男が現れ、彼女の方を見て笑う。


「良かった、目が覚めて。医者でも呼ぼうかと思ってたところだよ」


「あの……私、どうやってここへ……?」


「君、教会の前で倒れてたんだよ。調べてみたけどどこも怪我はないみたいだし」


「そうですか……ありがとうございます。ここは、死神の世界ですよね?」


「え、ちょっと待って、死神って?」


 男は明らかに唖然としている。どうやらここは人間界のようだ。そしておそらく私は頭のおかしい子だと思われたに違いない。


「あ、すみません、変なこと言って。ちょっと寝ぼけてました」


「あ、ああ、大丈夫だよ。ところで、君は……」


「ロザリアといいます」


 ここで唐突に男は奥の入り口の方に向かい、扉に鍵をかけた。ロザリアが怪訝そうな表情を浮かべていると男はすぐに戻ってきて「ロザリアか、綺麗な名前だな」とどこか誤魔化すように言った。


「俺はギルバート・ホプキンス。一応この村の神父をやっている」


「え……」


 ロザリアはギルバートをまじまじと見つめ、何とか作り笑顔を浮かべながら尋ねる。


「えっと、“魔女狩り神父”の……?」


「ん? ああ、そう呼ばれてるよ。まあ村人たちが勝手に呼んでるだけだから気にしないで」


「あ、はい……」


 そんなロザリアを見下ろしてギルバートが一言、


「君、魔女だったりする?」


「ええ!? い、いえ違います! 違うと思います!」


 待って、『思う』って私何言ってるの!? そんな誤解されるようなこと……。


「ごめんごめん、冗談だよ」


 彼はパニックになりかけていたロザリアを落ち着かせるように笑って、こう付け足す。


「だって、君からは魔女の気配を感じないから」


「分かるんですか? あ、いえその、調べたりしなくても……」


「分かるよ。残念ながら能力は本物なんでね。本当は目立たずひっそりとやっていくつもりだったのに、面倒くさいことになったよ」


 そういえば、と思い出したような表情で彼は続ける。


「このあいだも一人、魔女を捕らえたんだが途中で逃げられてね。いや、魔女じゃなくてあれは――悪魔だな」


「あ、あく……悪魔捕まえたりも出来るんですか!?」


「いや……流石に悪魔は難しい。逃げられたのも想定内のことだったし。最初は魔女だと思ったんだよ」


 悪魔。その単語を聞いたロザリアの脳裏にアルネが話した内容が思い浮かぶ。

 確か、アスモデウスとかいう悪魔の妹がこの村に偵察に来てて、魔女だと疑われて殺されそうになった。それでアスモデウスはギルバートさんに……。


「あ、あの! ギルバートさん、何か怪我とかしましたか?」


「怪我?」


「えっと、その後悪魔に何かされたりとか……」


「いや? 何もされてないよ。急にどうし」


――ギルバートの身体が異様な速度で祭壇の陰に沈んだ。否、正確には天井から降ってきた何かによって床に縫いつけられたのだ。


「えっと……」


 祭壇の上にいたロザリアは右側と左側のどちらから降りるべきか迷ったが結局左を選んだ。右側にはギルバートが倒れているだろうから本当はそちらを選ぶべきなのかもしれないが、どうしても心の準備なしで直視する勇気が出なかった。

 降りてからすぐに上を見上げるが人の姿はない。もっとも、人でないのは明らかだが。


「ギルバートさん……?」


 少しずつ近づくにつれて足から上までが見えてくる。祭壇側を向いていることは分かった。問題はどういう状態なのか、だ。


「なに、これ……」


――彼の右腕を槍のようなものが貫いていた。


「ぇ……?」


 ギルバートは未だに状況がよく飲み込めておらず、半ば呆然としながら必死に抜こうとしているが、腕を貫いたそれは床にまで到達しており、到底今の彼の力では困難なことだった。

 ロザリアは我に返って槍に手をかけるがビクともせず、混乱して辺りを見渡す。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


 苦しそうな絶叫の直後にブチブチと何かが千切れるような音が聞こえ、そちらに目を向けると身体を起こした彼の右腕から大量の血が噴き出し、祭壇や床を赤く染めていた。


「え!? な、ななにして」


 どうしていいか分からず、咄嗟に千切れた部分を両手でおさえる。血の止め方なんてロザリアは誰からも聞いたことがなかった。

 ギルバートの手がロザリアの肩を掴む。


「おい……」


「え、なに!?」


「もう、平気だ……もう止まった……」


「は!?」


 待って血ってそんな簡単に止まるものじゃないよね!? かすり傷でも治るのに一日はかかるよ!?

 だが疑っている余裕はなく、ロザリアはすぐに手を離した。確かに止まっている。


「悪魔、か……大丈夫……そこ、隠れてろ……」


 荒い呼吸を整えながらギルバートは十字架の下にある扉を指さした。


「ご、ごめんなさいッ!」


 言われた通りに部屋に駆け込むと扉を閉め、奥の物陰に飛び込んだ。自分には何も出来ないのだからいても足手まといになるだけだ。


 扉の外で轟音が響く。何度も何度も。音から判断すると壁が崩壊したのかもしれない。彼は大丈夫だろうか。少しぐらい扉を開けても気づかれないだろう。駄目! 怖くてそんなこと出来ない。もし仮に気づかれたら殺されるかもしれない。

 



 それからどれくらい時間が経っただろうか。しきりに鳴り響いていた音がパタリと止んだ。それでもロザリアはその場から動けずにいた。こちらから扉を開いたらどうなる? 彼の言う悪魔が去ったなら問題はないが、もしもまだそこにいたら?

 物陰で震えているロザリアの耳に誰かの悲鳴が届く。その声にはどこか聞き覚えがあった。


「何とかしてぇ゛ッ!」


 反射的に物陰から飛び出して、なるべく音を立てないよう、僅かに扉を開くとアルネがビスマスに縋り付いているのが見える。そして二人の前の祭壇の上には両手首から先を失ったギルバートの姿が。


「っ……!」


 泣き声をもらしそうになるのを口元をおさえて堪える。親を殺した時は何も感じなかったのに、どうしてここまで苦しくなるのか。


「ちょうどこんな姿だったな……お前の兄が殺された時」


 ビスマスが淡々と呟く。彼がここまで取り乱しているのは死んだ兄と重ねているから?

 もうこれ以上見ていられない。扉を閉めようとしたロザリアはそこでギルバートの声を聞いた。


「ざまあ、みろ……魔女共が……地獄に堕ちたら俺はまた……貴様らを殺してやる……!」


 彼女の目には彼が切断部からすっかり骨の見えた片腕を上げ、自らの腹に突き刺したところまでが映った。

――そこで視界が暗くなる。

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