会議中での解体新書作成はご遠慮願います
「退屈しのぎにはなりそうだから人間が狩られるところ、試しに見てみるか?」
「え?」
「バカやめろ!」
制止する際についつい勢いで殴りかかったアルネの拳をビスマスは平然と片手で受け止める。
「俺は面白いと思うが……」
「お前だけだろッ! 見せ物じゃないしまず子供に見せていいものじゃない」
「“ロザリア”、良ければ特等席用意するが」
「遠慮しておきます……」
何故そんな残念そうな顔をするのか。それよりやっと名前で呼んでくれた。
「ほらな、ていうか何が特等席だよアホか! まったく……それにしてもロザリアって、綺麗な名前だね」
「あ、ありがとうございます」
今まで名前を褒められたことなんてないから素直に嬉しかった。
「そうだろう? 俺がつけたんだからな」
「……え?」
「お前、さらりと嘘をつくな! ごめんね、こいつこういう奴だからさ」
苦笑いしていたロザリアはふとアルネが来る前のビスマスの言葉を思い出す。
彼はアルネになら殺されてもいいと言った。そうまでしてでも本当の名で呼んでほしかったと。今でこそ言い争っているけれどよほど信頼しているのだろう。
「私……」
お父さんとお母さんに、最後まで名前すら呼んでもらえなかったんだ。おかしいでしょ? 何のためにつけたんだろうね。
「ああ、おかしいな」
「え?」
まるでロザリアの心を呼んだかのようにビスマスが呟いた。
否、確実に読まれた。
「? 何がおかしいんだ?」
「いや、アルネって俺の前では素を出してるようで何だかおかしくてな」
「ほとんどがお前のせいだけどな!」
……なんだ私の勘違いか。あまりにも絶妙なタイミングすぎて笑えない。
「あれ、でも……テレビにも出てたのに魔女狩り問題にならなかったのかな」
なにしろあれは途中からしか観ていなかったのでよく分からない。
「いや、さすがにテレビの前では魔女狩りのことは村人全員が黙ってたみたいだよ。ギルバートはただの霊能者扱い」
ロザリアの問いにアルネが答える。考えて見れば当たり前のことで、自分は何を馬鹿なことを質問しているのだと思わず赤面する。
「でも君はあんな村に生まれなくて良かったよ。女の子はほとんどが人権がなくて魔女扱いされるみたいだから」
「ハッ……こいつが住んでた場所でも女はほとんどが人権がなかったな。所詮くだらない人間の集まる場所だ。その面ではあまり変わりがなく見えるが?」
「う……そ、それは……」
嘲笑混じりのビスマスの言葉にアルネが言い淀む。
「まあそんな不快な話は置いといて……アルネ、こいつを部屋に連れていってくれ。客用でいい。俺は忙しいのでな」
「ああ、わかった……って、忙しいとかお前、いつも暇だろ! 会議中もメモ帳に絵描いてるし!? しかも無駄に上手いし腹立つわ! お前は授業さぼってる生徒か!」
私が言うのもあれだけどこの人、見た目の割に子供みたい……。
「絵って?」
「ん? ああこれ」
「ば、馬鹿、見せるな!」
ちゃっかりメモ帳を取り出したビスマスを叩こうとするアルネだったが受け止められたばかりか今度は頭を押さえつけられている。ビスマスのとどめのセリフがこれだ。
「アルネ、お前は子供か」
「そのセリフそっくりそのままお前に返すわ!」
ロザリアは若干呆れながら床に落ちたメモ帳を拾って騒ぎのどさくさに紛れて開くが一、二ページ目ですぐに閉じた。
……あんなにもリアルに動物の解体絵を描くなんて……見るんじゃなかった。
「だから見せるなと言ったんだ! まったく」
「何らかの役に立ちそうじゃないか?」
一通り騒いだ後、気を取り直してアルネはロザリアを部屋まで案内することにした。
*
客室へと続く廊下は先ほどの殺風景なものとは打って変わって広々としており、窓から差し込む光に照らされたクリーム色の壁には時折花や絵画などが飾られていた。
「いろいろと悪かったな。あいつああいう奴だからさ、一応俺の上司なんだけど」
「いえ、大丈夫ですよ。あ、これ」
ここでロザリアはうっかりメモ帳を持ったままだったことを思い出す。動物の解剖図ばっかり描いて、医者にでもなるのだろうか。死神にも医者、はおそらくいるのだろう。
「ああ、後で返しておくよ。それにしても本当食事前じゃなくてよかった」
「アルネさん、あの……ビスマスさんはどんな人なんですか? さっき『大量殺戮命令』って言ってたけど、死神の中の王様みたいな感じだったりするんですか?」
「比喩で言えば正解みたいなものだよ。けどあいつは違う。あれでも俺と同じ階級なんだ。実際はただの首席死神」
さらりと言ってるけど『死神の首席』ってかなりすごいことでは……。
「まあ『ただの』って言っちゃ悪いか。自分で言うのもあれだけど十分自慢出来る位ではある。とは言っても、あいつみたいに支配者面するのは正解ではないが」
アルネの口調からビスマスが他の死神にどう思われているかはだいたい予想出来た。『ビスマスはどれくらい嫌われているのか』とも訊こうと思ったがさすがにそれははばかれる。
「わからない。あいつは何で俺に本名を教えたのか。俺が嫌っていると知っているはずなのに……どうして俺なんだろう」
微かに聞こえるくらいの声でアルネは呟くが直後、木製の扉の前で足を止めて振り返った。
「着いたよ。ここが君の部屋」
中は思っていたよりも広く、ビスマスの仕事部屋と比べると淡い銀色の天蓋付きベッド以外は全体的にほぼ白で統一されている。
「ここのデザイン、フィリーナが考えたんだ。あいつの趣味だと客室があまりに殺風景になるからせめて一つぐらいはこういう部屋があってもいいんじゃないかって」
「とても綺麗……フィリーナ?」
「ああ、えっと……結婚相手、だよ。最初は俺と同じ階級だったんだけど、今は死の神。死神と似てるようで違うんだ」
アルネは若干照れたようにつっかえながら言った。フィリーナという人はおそらくとても優しいのだろう、とロザリアは部屋を見渡して思う。
「と言ってもこの城はビスマスの所有物というわけじゃないんだけどね」
「そうなんですか?」
「ここは基本死神たちの仕事場でもあるんだ。だから数ある部屋の中には変な場所に繋がる所もあるから迂闊に扉を開けたりしないようにね。他の部屋とは明らかに扉の色や素材が違うから」
「あ、はい。ところで、死神はやっぱり四六時中鎌を持ってたりするものですか?」
ロザリアは何気なくアルネの背負った大鎌を指差して尋ねる。
「まあそうだね。ちなみにこれ、消せるんだよ。だいたい必要な時に出す感じかな」
「へえ……まあそうじゃなきゃ重くて大変そう」
「あ、それがね。死神にとってはそうでもないんだよ。試しに持ってみる?」
興味が湧いたので頷き、鎌を受け取るが一秒ももたずに刃先が床に沈んだ。精一杯力を込めても一ミリも持ち上がらない。
「重ッ! え、よくこんなの持ち歩けますね」
「だろ? まあ死神になりたての時は重く感じるけど次第に軽く使いこなせるようになるんだよ」
そう言って動かすだけでも悪戦苦闘したそれをいともたやすく片手で持ち上げてしまう。その直後に床の傷が元どおりに修復し始め、見ていたロザリアを驚かせた。
「死神の仕事って、えっと……死んだ人を連れて行く以外にあるんですか?」
「まあね。例えばリストにのった人間を偵察したり、あまりにも悪人だった場合は犠牲者を増やさないために寿命が尽きてなくても魂を狩る場合もある」
「忙しそう……」
「忙しいよ。特に最近、誰とは言わんが後輩がサボり気味でね。同じサボり仲間の悪魔とつるんでるらしいし、地獄の方も大変そうだよ」
死神や悪魔にも仕事サボる人なんているんだ……。
「一気にたくさんの魂を狩る、なんてこともあるみたいですね」
「そう。あ、ほら明日行く村なんてまさにいい例だよ。このままでは何も知らずに入ってしまった人間も魔女扱いされて殺される。そんなことが起こらないためでもあるんだ」
「ひどい話……」
そんな村なのにどうして誰も出て行こうとは思わなかったのだろう。あるいは出て行けなかった?
「ギルバートって、悪い人なんでしょうか」
「いや……あいつがどうというよりもあいつを信じてる村人たちが厄介なんだ。あいつが頼んでもいないのに魔女だと言って殺したり」
「ギルバートが、その……殺してきた人たちは魔女じゃないよね?」
アルネは少しの間黙り込み、やがて視線を落とすと首を横に振った。
「あいつが……ギルバートが処刑してきた女たちは皆――本物の魔女だよ」
「え!?」
あまりにも予想外の言葉にいろいろと訊きたいことが増えすぎてロザリアは二の句が継げなくなる。アルネはそんな彼女の心情を察したのか、自分から説明し始めた。
「はじめはあいつ個人でやってたことなんだ。調べてみたらギルバートは以前、妻と娘を魔女に殺されて……それからあいつは“全ての魔女”に復讐するために有害か無害かもおかまいなしに見境いなく殺戮を行った」
「だからビスマスさんはあんな命令を……」
「そう、と言いたいところなんだけど……あ、そろそろ仕事だから行くね。ここの好きに使っていいよ。あと仕事以外だったら空いてるから困ったらいつでも話しかけていいから」
「あ、はい」
アルネは何かを誤魔化すかのように話を区切ると足早に去りかけ、扉の前で振り返る。
「それと――もしもビスマスに酷いことされたら言ってね」
扉が閉まり、一人取り残されたロザリアは果たして外を出歩いていいのかどうかわからなかったので意味もなく部屋を歩きまわっていた。