居留守なら窓ではなく扉を壊すのが死神流?
「あなたを殺したい人はいるの?」
「いる。残念ながらこの国のほとんどがそうだ」
絶句するロザリアを面白そうに眺め、ビスマスはふと窓の方に目をやる。外からは黒いカーテンのようにも見えたがこうして見ると鉄製の板が取り付けられているのだと分かる。
「そうだなぁ……この前なんか窓ガラス突き破って斧が飛んできたことがあったな。背中に刺さった」
「え!? 痛……」
「痛くはない。殺せる奴の攻撃しか効かないからな。まぁ……心臓に悪いが」
塞がれた窓からは僅かな光がもれ出している。それを見て少しだけ悲しくなる。
「だが一人だけ……アルネだけは、俺の本当の名を知っている」
「え、それ危なくないの?」
「危ないな。けど、いい。あいつになら……」
殺されてもいい。そう言ったビスマスは何故か笑っていた。
「殺されちゃうかもしれないのに、怖くないの?」
「怖い。それだけの危険をおかしてでもあいつに本当の名で呼んでほしかっただけだった。自分でも呆れている……もう、呼んでくれる奴はあいつしかいなくなってしまった」
「他の死神は……記憶を消したりした?」
そんな能力があってもおかしくはない。だがビスマスの答えはあまりにも簡単なものだった。
「俺が殺した」
「え、殺し……」
「名前のことを聞いた時は俺はまだ子供だった。初めて殺した死神は両親だったよ。当然二人とも名前を知ってるからいつでも俺を殺せる。そう思ってから『食事に毒が入ってるか』と疑うようになって、『寝てる間に殺される』なんて考えるからろくに眠ることも出来なくなって……そんな日が続いたから、疲れてしまった。もう何も考えたくなかった。両親を殺した後は友人も……後はわかるだろう。死にたくないから殺した。それだけだ」
だから、と思わず俯いたロザリアの頭にそっと手を置いて言った。
「“お前も”気に病む必要などない」
「……え?」
顔をあげればすぐに手が離れ、ビスマスは玄関の方を見る。
「あいつ、そろそろ来るな」
「あいつって……?」
「ほら、さっき話してた――」
次の瞬間、扉が派手な音を立てて蹴破られ、一人の男が駆け込んできた。
ロザリアはまず視線を男に向け、その次に自分のすぐ近くまで吹っ飛んできた床の上の扉を見下ろす。それから五秒くらい経ってゆっくりとビスマスの背に隠れた。
「アルネ、お前はノックというものを教わらなかったのか」
「何がノックだノックしても居留守使うだろうが!」
「こいつがさっき言ったアルネだ。俺の後輩なんだよ」
走ってきたのか少し息を切らしてる様子の男は長い銀髪に黒いマスクで口元を隠した姿をしており、ビスマスより背は低いが体つきは細く、どこか中性的な感じだった。
「一応言っておく。これでも男だ」
「今さらりと失礼なことを言ったな……え、え!? お前何してんだ? 何で人間の女の子連れてきてるの!?」
ここでようやくアルネの意識がロザリアへと向けられる。
「人間界で拾ってきた」
「あ、ロザリアといいます。よろしくお願いします」
「え? あ、ああ、よろしく」
「ちなみにペットだ」
「へえ、そうな……ペット!?」
ペットと言われるのは少々心外だったがとりあえずロザリアは再度頭を下げる。
「で? 立派な扉を蹴破るほどの用事とは何だ?」
「あのなあ、言わずともわかるだろ!」
「いや、分からないから訊いてる。『何か言うことは?』だの『何で怒ってると思う?』だの人間じゃないんだからクイズ形式で返答得ようとするな。話進めたいならはじめから主語をつけろ」
「う……あれは何だッ! 大量殺戮命令なんてしてどれだけ死神を敵にまわせば気が済むんだお前はッ!」
大量殺戮命令。あまりにも物騒な内容にいろいろと尋ねたくなるが抑える。私は明らかに部外者なうえに人間だ。興味本位で首を突っ込んではいけない。
「アルネ、殺す対象が死神ならお前の憤りも理解出来るが、相手はただの人間だ。第一あの村は魔女狩りをしていたことで元から目をつけられていた」
「それでも村人皆殺しはないだろ! 罪のない子供だって――」
「お前、本気で言ってるのか? 子供が本気で純真無垢だとでも? “魔女狩り神父”に真っ先に女たちを売ったのはほとんどが子供だ。楽しそうに『悪い魔女を焼き殺そう!』てな。夢を見てるようだが残念ながら俺が調べた限り、全員が同じ顔をしていたよ。あれは悪を懲らしめようとかそんなものじゃない。自分自身に酔っているんだろうな。いかにもよくある話の中の登場人物になれたことに快感を得ている。奴らはいずれ、村の外の人間にまで手を出すだろう。それこそ本当の“罪のない人間”にな」
アルネは俯き、暫しの間一言も喋らなかった。やがて小さく「わかった」と言うと顔をあげてビスマスを見据える。
「だが“魔女狩り神父”は……ギルバートは俺が狩る」
「おいおい大丈夫なのか? 情けをかけて助けるなんてするなよ?」
「死神の仕事は魂を狩ることだ。寿命を延ばすことはない」
「それならいいが。……さて、じゃあこの話は終わりだ。こいつが怯えているしな」
そこでビスマスは話している間ずっと蚊帳の外だったロザリアの方を振り返り見る。
「あ……すまない、その……さっき扉当たらなかった?」
「はい、大丈夫です……」
とはいえ実は結構ギリギリの距離ではあったのだけれど。
その時、アルネの持っていた書類から1枚の紙が滑り落ちてロザリアの靴に当たる。それを拾ったロザリアは思わず二度見して驚愕の声をあげる。
「これ、この人、ギルバート・ホプキンスって、テレビに出てた……」
「そりゃそうだ。出てたのは悪魔祓いの特集だがな。魔女狩りと悪魔祓いは違うというのがどうもわかっていないようだ。まあ、記者特有のくだらない質問に対しての奇怪な言動はありきたりな自称能力者ぽくなくて面白かったが」
それはロザリアも覚えている。番組の後半は記者の質問にもろくに答えず、フラフラとどこかへ行ってしまったりととにかく落ち着きのない人だというのが第一印象だった。
「他人事じゃないぞ。どのみち明日ぐらいにはこいつは……あ!」
「なんだ急に大声出して」
「あ、いや……アスモデウスが」
「あの色欲悪魔か。あいつがどうかしたか?」
「ギルバートに何かヤバイことしたとか言ってたの思い出した。確か、妹に危害加えたからだとか」
「あいつの妹? ああ、レヴィアタンだったか。あの村に視察に行ってたらしいしな。魔女とでも疑われたか」
「まあ……火あぶりになる直前に逃げたみたいだけど、そうじゃなきゃ死んでたから……」
「杞憂だな、まず悪魔はただの火では死なない。じゃあ、ギルバートは殺されたのか?」
「いや、生かしてはいるって……」
「よかった。じゃなきゃ楽しみが減る」
ロザリアはどうしても会話の内容について行けず離れたところの机に置いてある例の花瓶をぼうっと見つめていた。
「あ、そうだ……おい、小ネズミ」
「はい?」
ビスマスの『小ネズミ』呼びにアルネは明らかに引いていたがロザリアはもう突っ込むのも疲れるので特に気にしないことにする。