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死神に飼われた少女  作者: 真紅エレン
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夜は朝よりも優しい

 冷たい風の吹く夜だった。街の所々には街灯が立っており、その一つが時折点滅しては独特の不気味さを醸し出している。

もしも誰かがそれに興味を示して近づき、注意深く目をこらせば今この場所にいるのは自分一人だけではないと気がつくだろう。


 未だ点滅を続ける街灯の背後にある暗い路地裏、その壁に同化するかのように少女が膝を抱えて座り込んでいた。その様子だけで彼女には帰る家がないということがわかる。

これが昼間であったなら道ゆく人は間違いなく彼女に目を留める。しかしそれだけだ。どんなに憐れに思おうが『可哀想』だと呟こうが結局は誰も声をかけようとは思わない。少女には昼も夜も同じようなものだった。


 だがある一点だけ、今が夜であることが少女にとって幸運と思える理由がある。



――彼女の服は血で真っ赤に染まっていた。



 少女は右手に握ったナイフをぼうっと見つめる。自分の感覚が正しければ約一時間前、両親を殺した道具。綺麗に洗ったからナイフには血が一滴もこびりついていない。我ながら馬鹿馬鹿しいと思った。ナイフを洗う暇があるなら返り血を浴びた服を着替えるべきであったのに。


 少女が住んでいたアパートの壁は薄い。今頃は殺される直前の母親の悲鳴を聞いた誰かが駆けつけて通報してしまっただろう。もしここにいるのがバレて捕まればどんな罰を受けるのか、十二歳で刑務所に入る子なんているのだろうか、そんなことを考えていた少女はふと顔をあげた。

――誰もいない。当然だ。足音など聞こえなかったのだから。

 少女は再び視線を落とし、特に意味もなくナイフを眺めていた。落ち着いてからじっくりと見てみれば唯一の武器は小さく、どこか頼りない。両親を殺す時、喉を切って良かったと改めて思う。そうでなければとてもじゃないが殺せなかった。


 なんだか緊張してきた。捕まることに対しての恐怖心だろうか。勿論それもあるかもしれない。向かいの壁にあった変な落書きは消されている。さっき見たばかりなのに。


「なんだお前は」


 誰かが話している。こんな真夜中なのに。散歩でもしているのだろうか。それにしても随分近くで聞こえる。

 

「いたっ」


 思わず声をあげて頭に手をやった。今、何か当たった。いや、叩かれた?


「聞こえないのか、ドブネズミ」


「ちょっと!」


 少女は勢いよく顔をあげ、『目の前の人影』を睨みつけた。


「初対面の人の頭叩いておいて『ドブネズミ』とはなに? あなた失礼だと思わない、の……」


 足音など聞こえなかった。それなのに今、手を伸ばせば届く距離に人が立っている。

よく見ると頭から足まで黒い布のようなものを被っており、辛うじて声で男だということが判別出来た。


「俺は見たままを言っただけなんだが、お気に召さなかったか」


「え、普通は嫌でしょ」


「そうか? 人間よりははるかにマシだと思うがな」


 それに対して少女は溜息を吐きはしたものの、何も言い返さなかった。これまで世間一般で言われるような『良い人間』に会ったことがないので確かにその通りかもしれないと思えてしまう。


 騙したり裏切ったり、虐めたりしない分、泥にまみれるネズミのほうがずっとマシだ。


「あなた警察、じゃないわよね? 一般人に変装してるとか」


「お前は馬鹿か」


 少女は閉口した。本気で喋る気を無くしたのはこれが初めてかもしれない。

 そんなことよりも他に訊きたいことがある。確かに普通に考えれば黒い布を頭から被っている人間だって居ないわけではないが、この男はどこか『不自然』だった。


「あなた、どうしてここに」


「それは俺の台詞だ」


「……」


 流石に『両親を殺して逃げてきた』なんて馬鹿正直に言うほど馬鹿ではない。ナイフは間違いなく見られただろうけれどそんなことは大した問題ではない。少なくともこの男は警察ではないのだから。

 気を取り直して少女は一番訊きたいことを尋ねようとしたが再び黙り込む。はっきりいってこれはかなり失礼な質問だ。この男が人間であるならば。


「えっと、あなたはその……」


「なんだ、はやく言え」


「あなたは人間なの?」


「ハッ……貴様らと一緒にするな」


 嘲笑われた。前言撤回。これでは礼を欠くことを躊躇っていた自分が馬鹿みたいに見える。

 じゃあ誰なの、と内心ムカつきながら訊く前に男が答える。


「俺は――死神だ」



「……」


「……」


「…………」


「なんか言え、ただのドブネズミに戻ったか」


 少女は目を閉じて深く息を吸った。もう挑発には乗らない。


「死神、と言ったわね?」


「言った。耳が遠いのか」


「……その死神が私に何か用?」


「ところでお前はここで何をしている?」


 死神は少女の問いを完全に無視してかかった。ジト目で睨んでいると「なんだ?」と僅かに首を傾げた。


 長いこと見つめた結果どうやらこちらが喋るまでは何も話す気はないのだろうと判断し、少女は意を決して口を開く。


「私はさっき両親を――」


「知ってる。殺したんだろう?」


「は、え?」


 ちょっと待って。知ってるってどういうこと? やっとの思いで勇気を振り絞った意味……


「えっと誰かが通報したんでしょ?それならあなたは――」

 

「通報……ああ、うん、そうか、そうだろうな。ああ面倒くさい」


「は?」


 何やらブツブツと独り言を始めた死神を少女は怪訝そうに見上げる。さっきからこっちの問いを無視してばかりだ。

 視線に気づいたのか死神はふと少女を見返してくる。そして次の一言は少女には到底理解できないものだった。


「お前、気に入った。ちょうど人間を飼ってみたいと思っていたところだ」


「え、ちょっと待ってどういうこと話について行けないんだけど」


「ああ、もう人が来る。犯人探しが始まった」


「え、ええ!?」


 少しは人の話聞いてよ! 少女は思わず頭を抱える。だいたいニュースじゃないのだから事実だけを淡々と述べられても困る。

 ただ分かるのは、ここに残れば間違いなく捕まる。それだけだった。


「あ、あの……死神、さん」


「……ビスマス」


「え?」


「それが俺の名前だ。『死神』呼びじゃ紛らわしい」


 ようやく反応してくれたので少女は思い切って切り出す。


「ビスマスさん、さっき人間を飼――」


「ああそうだ、思い出した。来るか?」


「…………」


 本当に人の話を聞かないにも程がある、と思ったが、これ以上何も突っ込む気力はなかった。どうやらこの死神には会話は不要らしい。

 

 だから少女はただ黙ったまま――頷いた。




 それから約二分後、通報を受けた警察が駆けつけたが路地裏には既に誰もいなかった。

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