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R & B  作者: たむゆら
4/4

第三障 トラウマ

俺は朝7時、いつものように目覚まし時計のアラーム音で目を覚ました。


背中にはべっとりと嫌な汗がつたっている。

心臓が横で鳴っている目覚まし時計の音よりも大きくきこえる。


俺はとっさに自分の首に手を当てた。

頭や胴にも手をめぐらせるがどこにも異常はなさそうだ。


俺は生きていた。

確かに昨日あの暗闇の中、彼女に首を落とされたはずなのに。


服は制服のままだが昨日家に帰った記憶もベッドに入ったことも覚えていない。


だが俺は思い出していた。

右ポケットに入っている鈴のことを、彼女のことを、あの目の前に広がる真っ赤な炎と鮮血を。


血の上に横たわっていたのは霧森 巳小。

俺の首を切り落としたのも霧森 巳小だ。


昨日の女の名前を 甘凪 鈴音 と俺のパートナーAIは言っていた。

だが、俺の記憶にある、炎の前で、血の上で横たわる女、霧森 巳小と、昨日俺の首を落とした 甘凪 鈴音 は同一人物としか思えない。


顔も声も、その身にまとう空気も、まったくおなじだった。



しかし、それでもおかしなことが山ほどある。


なぜ死んだはずの彼女がいま現れたのか。

なぜ俺は憧れていた女の人の死を忘れていたのか。

なぜ彼女は昨日、俺の首を落としたのか。

なぜ俺の首は落とされておらず、いま生きているのか。


全てが長い夢や、俺の妄想だったとすればありうるかもしれない。


でも俺はそんな妄想はしないし、妄想や夢だったとすればあまりにもリアルすぎる。


あの時の炎の熱さ、鼻に通る血の匂い。

そして昨日の首を落とされる感触。


これを俺の頭の中だけで起きたことだとは到底おもえないし、思いたくない。


ますます混乱していく……



ピピピピッピピピピッピピピピピピピピーー……



再び鳴り響く目覚まし音のなか、俺はベッドの上でしばらく考え続けていた。





しばらくしてから、俺はベッドを抜けて風呂場へと向かった。


1人でいくら考えていてもわからないものはわからないし、昨日の制服のまま学校に行くわけにもいかないのでシャワーを浴びることにしたのだ。


部屋を出て脱衣所に向かう。

風呂場の電気はついていたが、きにもとめなかった。(そんな余裕はなかった)


この後俺は、一人暮らしのこの家で、昨日俺は風呂を使っていないはずなのに、風呂場の電気がつきっぱなしだったことに疑問をいだかなかったことを後悔することになる。



まだ抜けきらない焦燥と乾かない汗をはやくながし、気持ちをリセットしようと、脱衣所で服を脱いで洗濯機に放り込み、足早に風呂のドアをあける……


女性がいた。


真っ黒な黒髪を頭の後ろの少し高い位置でまとめ、肌をほのかに桜色に染める女性が。


今まさに浴槽から出ようと足を浴槽の外に出し、驚愕の色を顔に貼り付け、固まっている。


俺も固まっていた。


俺は彼女のうなじから流れる水滴が、白く、張りのあるなめらかな肌にむかって降りていき、その大きいとも小さいとも言えない胸へ水滴が吸い込まれていく…ところを見て固まったのではない。


(半分はそれかもしれない)


いま目の前で固まりながら驚愕の色から羞恥の色に顔を染め上げる女性は、昨日俺の首を落とした……


「き、霧森 巳小!?なんでおまえがここに?」


そう、霧森 巳小だったのだ。


「そ、そんなことはいいからはやく出て行ってください!」


彼女は浴槽に飛び込みながら叫んだ。

慌ててドアを閉める俺。


とっさに従ってしまったが(従うしかなかったが)、今のは俺が悪いのか!?


というかなぜ彼女がここに?


俺に両親はおらず、この家では長いこと一人暮らしをしている。


侵入するのは簡単だろう。


だが、彼女がここに来る理由がわからない。

ましてや風呂に入る理由も。


そんなとき、ドアの向こうからまだ恥じらいが抜けきらない声音がとどいた。


「とらくん、きりもり みお って誰?」


「誰って、あんた霧森 巳小だろ?なんでここにいるんだ?」


「とらくん、わすれたの?わたし、昨日からここでお世話になることになった巳鈴です。霧森ってだれと間違えてるんですか?」


「み、みすず??」


「はい、みすずです。」


だ、だれだそれ?

内心パニックになる。


だが、言われてみればそんな名前のイトコだかハトコだかが昨日から家に住むことになったような気がする。


「とりあえず、俺はリビングにいってるから風呂から上がったらきてくれ。」


そう言って返事も聞かず、その場から逃げるように出て行った。




しばらくして、制服で身を包み、濡れた髪をタオルで拭きながら彼女はリビングへやってきた。


頬は風呂上がりだとしても赤すぎるくらい真っ赤に染めている。


「とりあえず座ってくれ。」


「……うん……。」


俺がうながすと彼女は俺の向かいのソファーに腰を下ろした。


俺は彼女が風呂から出てくるまでの間にある程度考えを整理していた。

そして彼女にまず初めに聞かなければならないことは……


「君の名前は巳鈴?それとも鈴音か?巳小じゃないのか?」


俺は前振りもなくいっきに質問する。


「君は、一年前、車に跳ねられたんじゃなかったのか?昨日、俺の首を切ったのは君じゃなかったのか?」


「……。」


彼女は少しうつむき、何も話さない。

その表情は俺からはみえない。


「俺の記憶がおかしいならそういってくれ。でも、あの事故の日のことも、昨日のことも夢とは思えない。ましてや他人の空似なんて絶対ありえない。君は誰なんだ?」


「……んで。」



「なん…で消えていないの?」


そう言いながら俺のことを見つめる彼女の顔は、先ほどとは真逆に真っ青で、目を見開いていた。


「消える?なにがだ?」


「あなたなにものなの?」


「まて、それは俺が聞いていることだ。先に答えてくれ。」


「……。」


またうつむき、黙り込む。



やがてポツリと彼女ははなした。


「あなた、巳小のわたしも、鈴音のわたしもおぼえているのでしょ?」


「やっぱり夢じゃなかったのか?」


「おかしいわ、そんなはずない、のに。」


またうつむき「わたしの……はちゃんと……それは、確か……なのに…………」とボソボソと口にしている。


「おい、ちゃんと答えてくれ。どういうことなんだ?夢じゃないならなんで俺もお前も生きてるんだ?」


俺の質問には答えず、まだうつむきながらボソボソとなにやら口にしながら考えている。


「おい!聞いているのかっ!?」

俺が声を荒げて叫んだ…その時。


ピリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ……


と、机の上の携帯の着信音がなった。


俺の携帯ではない、とすると…


案の定、目の前の女はその携帯をとり、着信に応じる。


「はい、巳鈴です。……はい……はい……はい………………わかりました……。」


と、電話の向こうの誰かとほんの少し話、通話を切った。


彼女は電話を机の上に戻すと黙って電話が終わるのを待っていた俺の方に向き、姿勢をただした。


「あなたはイレギュラーだと認められ、わたし、私たちの事を知る権利があたえられました。」


急に業務的な口調になり、そうつげた。


「わたしたち?イレギュラー?どういう意味だ?」


急に変わった彼女の雰囲気と突拍子もなくつげられたよくわからない単語にすこしきょとんとする。


「わたしたちは。人の記憶を研究をしている組織です。記憶の中でも過去の恐怖、つまりトラウマに関しての研究をすすめており、そのトラウマをどのように使役すれば良いのか、日々実験と研究をおこなっています。」


「トラウマを使役?意味がわからない。どういうことだ?」


「詳しいことは後ほど説明させていただきます。」


「なら俺がイレギュラーっていうのはどういうことだ?」


「あなたは私の使役したトラウマの能力にかからなかった、それがあなたがイレギュラーと認められた理由です。」


「お前のトラウマの能力?」


「私があなたや、あなたの周りにかけた能力は記憶の改竄かいざんです。あなたの記憶の乱れはその改竄が中途半端にキャンセルされたことで過去の記憶との辻褄があわなくなり、混乱しているのだと思います。」


「なら、俺の記憶は正しかったのか?」


「はい。」


そう言って彼女は俺に向かって自分の右手のひらを上に向け突き出してきた…とおもうと黒い霧のようなものが彼女の手のひらから出てきたかと思うと、それは昨日俺の首を落とした黒い刀にかわっていた。


「これがトラウマです。」


「この刀みたいなのがか?」


「はい。私たちは人の記憶や思想がエネルギーを持ち、それを使役する研究を続けてきました。その結果、人間の恐怖に対する感情が発生したとき、より多くのエネルギーを発散させることがわかり、それを具現化できるようにしました。」


「つまりこれがあんたの恐怖ってわけか?」


「…はい。」


「なら記憶の改竄?はなんなんだ?あれもトラウマの能力とか言ってなかったか?」


「はい。恐怖の具現化に成功した際、副産物として生まれたのがこの能力です。超能力とでもいうのでしょうか…詳しいことは後ほど説明させていただきますが…」


「で、その超能力が俺には効かないと?」


「はい。この能力は今まで効果がなかったことはほとんどなかったのですが…」


いきなりすぎる展開と、どこか漫画の設定のような説明にまだ頭はついていけないが、俺にはまだ聞いていない大切なことが一つある。


「なるほど、もしあんたの言うことを全て信じるなら納得はしよう。だがもう一つまだハッキリしてもらってないことがある。」


「あんたは誰だ?」


「私は霧凪 巳鈴(きりなぎ みすず)今日からあなたのいとこです。」


「は?」


少し間抜けな声が出た。





「よろしくね、とらくん。」






最後の一言だけさっきまでの業務的な声と口調ではなく、どこか悪戯っぽい微笑みと声音で彼女は告げた。


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