第1章 再会
高校一年の梅雨、俺はとても現実とはおもえない夢を見た。
今は高校二年の梅雨。
あの夢からは1年もの月日が経っていた。
「おはようー、とら」
「おはよう、犬」
いつものように俺の幼馴染が朝からハイテンションな挨拶を交わしてくる。
「今日もまた羊は遅刻か?」
「あぁ、また、みたいだねー…」
幼馴染が呆れたように俺の質問に答えたそのとき、
遠くから慌ただしい足音と声が聞こえた。
「ごめーん、まっへー。」
口にイチゴジャムをたっぷり塗った食パンをくわえながら走ってくる女子高校生は、俺の幼馴染すらも呆れるほどの遅刻魔、高咲 羊(たかさき よう)だ。
今日はその中途半端にのびたショートヘアーを片方耳にかけ、左側で結んでいる。
そんな彼女の容姿はととのっているが、俺でも気軽に話せる活発的で誰からも好かれそうな雰囲気がある。
「せ、せーふ。」
息を切らしてパンをくわえたまま膝にてをつき、俺たちの前でそんな一言をこぼした。
「セーフって、おまえこれで何回めだよー、さすがの俺でもあきれるぜー。」
犬がため息まじりに言う。
「だってー、女の子にはー、いろいろー、準備ってものがー、あるんだからー、しかたがない、じゃん。」
息を切らしながらも少し上目遣いで言う。
「誰が女だっ…ぶふっ…」
犬が言い終わる前に羊の右フックが犬のわきばらにめりこんだ。
「ふー。すっきりした!あ。おはよーとら!」
「お。おはよう。」
「何でそんなに怯えてるの?」
「いや。なんでも、ありませんっ。」
「?」
羊は不思議そうに「なんのことかわからなーい♡」の顔をしているが、俺が怯えている理由は明白だ。
ついさっき殴られた犬が2メートルも吹っ飛び、泡をふいてぶっ倒れている。
いつもの光景とはいえ、彼女の腕力には末恐ろしい何かを感じる。
『ってか、犬のやつも毎回同じようなこと言って殴られてんのに懲りねーやつだな。それともMなのか?』
「たぶん、おまえが今考えてること、まちがってるからなー。」
俺が幼馴染の性癖を真剣に心配しているあいだに犬は復活していた。
相変わらず早い回復だ…。
「あ、そろそろいかないとまた遅刻になるぞ。」
「あ、ほんとだ、やべー。」
「犬が余計なこというからー。」
俺が時刻を告げると二人ともにたような反応で焦り出す。
とゆうか表情はまったくおなじだ。
『ほんと、なかいいよな、このふたり。』
「あ、いまなんかへんなこと考えたでしょ、たぶんそれ間違ってるからね。」
こいつら人の心でもよめるのか!?
「ま、まぁまだ急げば間に合う、いこうぜ。」
「そーだなー、俺ととらはともかく、羊はそろそろやばいもんなー。」
「そ、そんなことないもん。ま、まだ大丈夫、なはずよ。」
そんな軽口を交わしながら俺たちは早足で学校へと急いだ。
俺たちの学校は遅刻の時間になると校門が閉まり、すこし離れたところにある事務所をとおって校内に入らなければならない。
ここにいる教官がとても恐ろしく、つよい。
いまの時代ではめずらしく竹刀を容赦なくふるってくるのだ。
だからギリギリもんが閉まる直前に校内へ入れたときはすこし安堵した。
犬が苦笑いまじりに言う。
「あ、あぶねー、またケツをたたかれるはめになるところだったぜー」
「あ、あぁ、あれだけはもうかんべんだな。」
「まー私はもうなれっこだけどねー。」
そんなこんなで俺たちはいま靴箱にいた。
俺たちは3人とも同じクラスなのでいつも3人で(羊が遅刻をしなかったときは)3階の教室まで向かう。
今日も普段通り、靴箱から左側にある階段を登ろうとしたとき、上からだれかが降りてきた。
軽い足音に、ちいさな鈴の音が聞こえる。
見えた足は細く、それでいてしっかりしていて、太ももの半ばまでを黒いソックスが包んでいる。
お腹は綺麗にくびれており、胸は控えめだが、しっかりと女性としてのシルエットを浮かび上がらせていた。
髪は真っ黒で瞳も真っ黒。
髪留めに使われている鈴の金色が余計にその黒を引き立たせていた。
「お、おい、あれだれだよ?」
犬がひそひそ声で聞いてくる。
「わ、私も初めてみたわよ」
羊がそれにならってひそひそ声で返す。
俺は…ただ呆然とながめていた。
胸が高鳴り、顔が熱くなる。
目はもぅ彼女から離せなくなっていた。
これが、一目惚れというやつなのだろうか。
彼女はそのまま階段を下り、階段を上りかけていた俺たちとすれ違う。
すれ違いざま、彼女と目があった、きがした。
しかしそのとき、俺の頭が妙な疼きを引き起こし俺は顔をしかめてしまう。
「おい、とら、大丈夫かよ?」
「え、どうしたの?」
2人が心配してくれる。
「あ、あぁ、大丈夫だ」
疼きは彼女が見えなくなるとすぐに収まり、しかし胸のなかにもやのようなものだけがのこった。
「おまえ、偏頭痛もちだったかー?」
「いや、俺も初めてだ。」
「でも顔色悪いよ?保健室よっていく?」
「大丈夫、それよりそろそろ授業がはじまる、急ごう。」
俺たちは再び階段を登り始めた。
俺は階段を数段あがったところで振り向いてみたが、そこにあの黒い髪をみることはできなかった。