星を見る少女
命の力は星々から降り注ぎ、大地を満たす。
大地は草と木を育み、命の力に命を与える。
風は命の力を運び、命に生と死をもたらす。
死んだ命の命の力は、安息を求め星に還る。
セラトル・シギー著『詩集・命への探求』より
大理石で出来た螺旋階段を、テラという少女が上っていた。それは細く高い塔のてっぺんにある星見台へと続く、長い長い階段だった。四方に開いた縦長の窓からは、紺色の空にちりばめられた星々が垣間見える。
テラの手から下がるガラスの瓶には、白い光を発するホシノキの葉っぱが詰め込まれていた。その光がランプがわりとなって、足元の階段を淡く照らし出している。
やがてテラは、その長い螺旋階段を上り終えた。目の前に現れた木製の扉をそっと押すと、それはギーという音を立てながら奥に開いた。
目の前に、文字通りの満天の空が広がった。星の動きを観測する星見台には巨大な窓がいくつも開いていた。狭い階段を延々と上り続けた後だったから、その開放感は計り知れなかった。テラはその感覚に身を浸しつつ、深く息を吸った。
星見台には、星を観測したり、星の動きを調べるために、いくつもの機材が置かれていた。机の上に乗るような小さな器具から、テラの身長の何倍もある巨大な望遠鏡まで、その種類は様々であった。星見のために照明は最小限に抑えられているので、それらは星空の中に黒くそそり立っていた。
「やあ、テラか。今日は一段と星が明るいようだな」
すでに星見台に来ていた星見師の男性が、振り向いてテラに声をかけた。
「あのう、ベテルさん……『赤星』が見えたって、本当ですか……?」
テラは、男性に歩み寄りながら怖ず怖ずと尋ねた。
「……いや、実はまだ自分でも自信がないんだ。多分見えたような気がするんだが、何しろ『赤星』は出始めの頃は非常に小さいから、あまりはっきりとは見えないんだ」
そう言うとベテルは、一拍置いてからちょっと恥ずかしそうに続けた。
「実を言うと、君に来てもらったのはそのためなんだ。私一人では自信がなくても、もし神童と呼ばれる君が同じ結論を出してくれれば、より確信が得られるからな」
「いえ、そんな……」
テラはすぐさま謙遜した。恥ずかしさで顔が赤くなっていたが、暗いので相手には気付かれなかった。テラはなんとか気を逸らそうと、窓の外の星空に目を向けた。するとふいに、空の一点に不自然な黒い部分があることに気付いた。
「ハトラとケトが、見えない……」
「えっ?……ああ、本当だ。気付かなかったよ。さすが、目敏いね。空影に入っているのだろうか」
ベテルはテラの視線を追って、同じ黒斑を見つけて言った。
空影とは、星見師達の間で長年の謎とされてきた現象である。星空のある一点で、しばらくの間星が見えなくなる。その場所も時間もまちまちで、規則性らしき物すら発見されていない。消えた星はしばらくすると再び出現するから、星が消えるという訳ではないらしい。ただ、見えなくなるのだ。
一説には、空に巨大な岩か何かが浮遊していて、それが星の光を遮っているのではないかとも言われているが、実際に空を飛んで見てくる訳にもいかないから、今のところ実証の見通しは立っていない。
「……それで『赤星』は……?」
テラはしばらく空影を見つめていたが、これといった収穫も得られないうちに、本題の方がテラの好奇心を奪い返した。
「ああ、そうだったな。ちょっと望遠鏡で見てくれないか? 場所はヘルデとヴァヤの間辺りだ」
テラはこくりと頷くと、ベテルが指し示した中型の天体望遠鏡に向かった。
望遠鏡は一度『赤星』の位置に合わせてあったようだが、時間が経って星の位置がずれていた。テラは望遠鏡のダイアルやつまみをいくつかいじって、ベテルの言っていたヘルデとヴァヤの間を望遠鏡に映した。
「どうだ? 『赤星』は見えたか?」
脇からベテルが声を掛けて来る。テラはしばらくの間凝視していたが、目標の『赤星』を見つけることは出来なかった。そしてついに諦めようとしたその時、望遠鏡の中にちらっと赤い光が瞬いたのが見えた。それはほんの一瞬のことで、本当に見えたのかどうか自分でも分からなくなるほどだったが、その妖しげな印象ははっきりとテラの脳裏に焼き付いていた。
テラは望遠鏡から目を離すと、ベテルを振り返ってこくりと頷いた。ベテルは嬉しいような、辛いような、微妙な反応をした。それは、自分の重大な発見を支持して貰えた喜びと、その発見が喜ばしい物ではないという辛さによるものだった。
「そうか……このことはクトルア教授に知らせなければならないな。もしこれが第一発見で、アスタルで正式に認められれば、私達の名は歴史に刻まれる事になるだろうが……できればもっとマシな役回りがよかったと思わずにはいられないな」
ため息混じりに言うベテルの言葉に、テラも俯きがちに頷いた。